97 そんな二人の毎日を

 ガチャリ。


「ただいまぁ」

「ただいま」


 バタバタと、玄関の扉を開けて、二人は部屋に入った。

 二人とも両手にいっぱいの荷物。

 小さな廊下を歩いた先の、ダイニングルームにとりあえず山と積む。


 亮太がフラフラと床に這いつくばったので、礼央は笑いながら、

「コーヒーでも淹れようか」

 と提案した。


「ありがと、れおくん」


 テレビに、ソファ。

 キッチンには冷蔵庫。そして、ささやかながら食器や調味料を入れた。

 ダイニングテーブルの上には、マグカップが2つ、温かな湯気を揺らがせる。


 基本的に閑散としてはいるけれど、なかなか生活できそうな部屋になり、眺めるだけで満足できる。


 礼央の目の前には、亮太が居る。


 ほっとした顔で、コーヒーを啜る。


 これが日常になるというだけで、もう礼央の夢は叶ったようなものだった。


「これで引越しもだいぶ進んだかな」

 亮太が部屋を眺めた。

「うん、今日の夜にはなんとかなりそうだね」

 礼央が笑顔を返す。


「結局、大学同じとこになって良かった。入学式、同じ日だし、通学も一緒だし」

「うん。ここから通えるなら何処でもいいって言ってくれたけど、僕も、第一希望が同じところでやっぱり嬉しいな」


 進学するにあたって、礼央が母から提案されたのは、家を出ないかと言うことだった。

 そういうことなら、と、気付けば、亮太に誘われて、一緒に住む事になっていた。

 風呂トイレ別の、3DK。

 なかなか住み心地の良さそうな部屋だ。


 とはいえ、同棲、というほどロマンチックなものではない。


 付き合って2年。

 別に仲が悪いわけではない。

 一緒に居て楽しい。

 二人で居ることも多い。


 けど、キスはない。


 それ以上も。


 手が触れる事はあっても、手を繋ぐこともない。


 恋愛らしき、何かは無い。


 だからって……、これを不満に思うのはちょっと違う気もした。


 礼央は、亮太の顔を眺める。


 僕達は、男同士だから。

 みかみくんが、普通の恋愛として好きじゃなくても、それは仕方がない。

 男のみかみくんに、男を好きになれと強要するつもりはない。

 付き合っている事を誇示するつもりもない。


 ただ、このみかみくんに一番近いこの場所が、僕の場所であればいい。


 一緒に住む相手に、僕を選んでくれた。

 ケントでもサクでもない。

 僕を。


 これで満足しないといけない。


 色素の薄い髪に、あの頬に、唇に、触れたくはあるけれど。


「はぁ〜……」

 目の前で、亮太がテーブルに突っ伏する。

 テーブルに投げ出された亮太の手が、礼央の手に触れそうになる。


 とはいえ、毎日二人っきりでこんな無防備にされるの、心臓に悪いな……。


 心臓をドキドキさせながら、亮太のサラサラの髪を眺める。


「みかみくん、まだ買い物行かないと」

「……なんの?」

 テーブルに転がったまま返事をする。かわいい。

「……布団の。まだ一つしか買えてないから」

「…………。一つでよくない?」


 布団が一つ?

 流石にそれは、心臓に悪いどころじゃない。

 今日1日だって、まともに睡眠が取れる気がしない。


 毎日この調子じゃ、本当にヤバいかも……。


 と、思ったその瞬間だった。


 礼央の指の背に、亮太の指の背が触れた。


 ぴくりとしてしまう。


 ふと、逃げるように少しだけ離す。


 けれど、亮太の指は、追うように礼央の指に触れた。


 こんな風に触れることすら、今までなかったのに……。


 一緒に住む事を軽く考え過ぎていただろうか。

 これから……、一緒にやっていけないかもしれない。


 亮太が起き上がる。


「やっと落ち着いた」


 少し上目遣いの瞳に、心臓が掴まれそうになる。


 亮太が、礼央の指を掴んだ。


「………………?」


 え?

 みかみくん、ふざけてる?


 あまり触れることすらなかった指が、中指を撫でる。


 礼央の喉が、ゴクリと鳴った。


 亮太が、礼央の手を撫でていく。

 人差し指、薬指、小指。

 亮太の指が、指の間に入り込んでくる。


 え………?

 な…………ん…………?


 混乱するうちに、引き寄せられた手に、亮太の頬が触れた。

「ごめん、いきなり」

 言いながらも、亮太は礼央の手に鼻を押し付ける。


「あ……ううん。けど、今まで……何も…………」


 そう言う礼央の顔を、亮太がじっと見つめる。視線に射抜かれそうになる。


 亮太が、困ったような顔で笑った。

「うん」

 礼央の手を掴んだまま立ち上がり、そのまま礼央を追い立てるように礼央の座る椅子のそばに立つ。

「けどやっと、二人きりになれたから」


 亮太が礼央の肩に手を回す。頭に顔を近付けた。


「………………キス、も……したことない」


 言いながらも、礼央はされるがままだった。


「うん、やり方とか、わかんなかったし」


 亮太の顔が、礼央のそばにあった。

 けれど、触れることはない寸前で、何か様子を探るように、止まる。


 やり方?

 キスの???


「俺の家は、いつも妹いるし」


 亮太の膝が、礼央の足の間に置かれた。


「礼央くんの家に行くわけにもいかなかったし」


 少し高い位置の亮太と目が合う。


 近……い…………。

 こんなに近いことあったかな…………。


 見惚れる間にも、会話は続いた。


「高校生で、…………に行くわけにもいかなかったし」


 ??????

 行くって……何処に??????


 眼鏡越しの礼央の瞳の奥を探る視線から、緊張と熱が伝わってくる。


 のしかかるように亮太の唇が礼央の唇に押し付けられた。


 一度タガが外れてしまえば、止まる理由はなく、二度、三度。


「み……かみくん……?」


 亮太の手が、礼央の腕を撫でるように下がり、腰に差し入れられる。

 礼央の頬に、亮太の頬が触れる。


 ……みかみくんの匂いだ。


「ダメだったら、言って」

 囁くような声。

「……ダメって言ったら、どうするの」


 言うと、亮太が少し拗ねるような顔をした。


「ダメな理由、今すぐ解消してなんとかする」


「ははっ」

 礼央が赤面した顔のまま、笑う。


「ここで止めるとかは、無理だから」


「あー………………うん」


 予感がした。

 ここから続いていく。

 これからずっと、僕らの毎日が続いていくんだ。



◇◇◇◇◇



そんなわけで、ここで最終話とさせていただきます。

読んでくれてどうもありがとう!!

あとは、番外編2話と、あとがきの予定です。

ちなみにみかみくんは別に衝動的なわけではなくて、ちゃんと出掛ける前に色々と準備済みだったりします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る