76 敵情視察(1)
「律さん!」
声をかけられて、律は顔を上げた。
「今日はありがとう」
にっこりと挨拶する。
相手は、おおらかな笑顔が頼りになる島崎陽子さんだ。
ママ友として出会い、気が合ってもうそろそろ10年になる。
お互い仕事はしているものの、平日に少し融通がきく仕事なこともあって、時々お茶をする仲だ。
けれど、今日の様子は少し違う。
お互い動きやすいように、ズボンにスニーカーという出で立ち。
喫茶店の外には、何があってもいいように、車や自転車を準備してある。
喫茶店の店主にも、おおまかにだけれど、知らない人と会うことは言ってある。
隣の席には、同じく息子が小学生の頃からのママ友を4人配置した。
合言葉も決めた。
『ウインナーコーヒー、ウインナー増し増し』が、『ヘルプ!注意してくれ』という意味。
『ミックスジュース、オレンジ抜き』が、『至急、警察!』という意味だ。
覚悟は決めた。
「ごめんね、こんなことに付き合わせて」
「ううん。私もおかしいと思う。理由も……、殴られたってことも」
「そうなの……。私が手当てしたんだけど……。……歯が折れてなかったのが奇跡だって思えるくらい。きっと……グーで殴られたのね」
「……!」
陽子さんが、悲痛な表情を作る。
息子の亮太が連れて来る友達は、いつだって礼儀正しい。
義理ではあっても、まさか息子をそこまで思いっきり殴る親がいるなんて。
そこまでされる様な事をする子には見えなかった。
礼央くんの表情を見る限り、殴られることはなくても、あまり温かい扱いを受けていない可能性があった。
様子を見るだけでもいい。
どうしても、口を挟まないわけにはいかなかった。
なのでこうして、共通の友人であるケントくんのママである陽子さんと相談して、こういう場を設けることにしたのだ。
呼び出したのは、礼央くんのママ。
けど、問い詰めるつもりはない。
ただ、泊める事への挨拶をするのに電話をして、そのついでにお茶に誘っただけだ。
ただ今日は、どんな人なのか見るだけ。
電話口に出た礼央くんのママは、とても硬い声をしていて、正直、お茶の誘いに乗ってくるとは思わなかったけれど。
出て来るのなら、こっちのものだ。
杞憂ならいい。
ただ少し、礼央くんの話をするだけ。
「こっちに座って貰えばいいわよね。奥側に」
「ええ。私が向かい合って話すわ」
ただ心配なのは……。
「ゴリラみたいな人だったらどうしよう?」
律は、真剣な顔を陽子さんの方へ向ける。
「私は戦えないわよ」
陽子さんも、真剣な顔で返事をした。
その時、カランカラン……、と店の扉が開く音が聞こえた。
律や陽子さんと同じくらいの年代の女性が入って来る。
キョロキョロと何かを探しているらしい。
もしかして、あれが……?
◇◇◇◇◇
今回は珍しくママ回!
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