68 ぽちゃん(2)

 ぽちゃん。

 水滴が、水面に落ちる。


 湯船の中でうずくまり、礼央はじっとそれを見ていた。

 眼鏡をかけ、じっとしている。


 ……こんな迷惑かけるつもりじゃなかったのに。


 そうは思うものの、流石にこんな所まで押しかけてきて、そんな言い訳は無理があるだろうか。


 けど、見つかるとは思っていなかった。

 ちょっと、存在を確認するだけで。

 それだけで、満足するつもりだったのに。


 少し嫌な事があっただけで、こんな風になってしまうなんて。

 まったく、自分が嫌になる。


 けど、あったかい。


 お湯の温かさを噛み締める。


「はぁ……」


 迷惑をかけてしまってなんだけれど、これほどゆっくりとお湯に浸かったのは何年振りだろうかと思う。

 いつだって、他人のお風呂を借りているような気持ちで。

 いつまでも、占有できないという気持ちで。

 なんとなくシャワーを浴びて終わってしまっていたから。


 手で掬ったお湯は、また水面へと潜り込むように落ちる。


 そこへ突然、

「れおくん」

 と声が掛かった。


「へっ!?えっ、あ、えっ……ええっ!?」


 ザブン、とお湯が跳ねた。


 てっきり一人だと思っていたので、声をかけられた事に動揺する。

 流石に、何も着てない時に声を掛けられるとびっくりするから!

 びっくりするから!!


「な、……みかみくん?」


「ごめん。ちょっと、一人にできなくて」


 そこまで、心配を掛けてしまったんだ……。

「大丈夫だよ」

 と、声を掛ける。


 言っておいてなんだけれど、何が大丈夫で何が大丈夫じゃないんだろうと、少しだけそう思う。


 けど、心配なんて必要ないから。


 心配なんて、してもらうほどの人間じゃないから。


 こんな、弱っているからって……、好きな人に頼るみたいな。……そんな、下心丸出しの人間なんて。


「れおくん、カレー食べられる?」


「え、うん」

 けど、言ってから思い直す。

 ここまでしてもらって、流石に食事まで食べさせてもらうわけにはいかない。

「けど、食事まではいいよ。もう、帰るし」


「あ……けど、母さん、すごい喜んでてさ。れおくんちは、泊まり、ダメな方?」


「え、泊ま……?」


「俺も、帰すの、嫌だから。出来れば」


 みかみくんちに泊まれるんじゃないか、なんて、そこで舞い上がってしまったから。


 何か、僕は自分の事を一瞬だけ、忘れてしまったんだと思う。




「もしもし?母さん……?」

「………………」


 返事は、沈黙だった。


 宿泊の事を言うだけ。

 ただ、それだけの事だ。

 それだけの事で、なんでこんな風に、嫌な思い、しないといけないんだ。


 仕方なく、一方的に、用件だけを口にする。


「……クラスメイトの……みかみくんちにさ、泊まらせてもらおうと、思うんだけど……いいかな」


 そして、言い終わってからの沈黙。

 聞こえる息遣い。

 遠くのテレビの音。

 聞いているだろうに。

 聞こえているだろうに。


 返事らしい返事はなく。


 ただ、何もないまま。

 プツッ……。

 通話は切られてしまった。


『いいかな』なんて、わざわざ返事を望むような言葉を口にした自分が、気持ち悪く思えた。


「………………」


「家の人、なんて?」


「…………何も」


 息が詰まる。




◇◇◇◇◇



お風呂で鉢合わせイベントとかどこに行ったんですか……。

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