67 ぽちゃん(1)

「ただいま」

 二人でビショビショになりながら、玄関のドアをくぐった。


「ん?お兄おかえ…………ぎゃっ!」

 妹が凄まじい悲鳴をあげ、母親を呼びに行く。

 そして、玄関に顔を出した母も、

「どうしたの?騒がし……ぎゃっ!」

 と、おぞましい悲鳴を上げた。


「その子……、礼央くん!?……舞!お風呂入れてきて!亮太は早く連れて行って!」


 ぐったりしてしまった礼央をなんとか風呂場まで連れて行く。


「お兄!早く!」


 じゃばじゃばと湯船にお湯が入る音がする。

 湯気が立つ。


 礼央を風呂場の床に転がし、さて、脱がそうかと腕を振り上げたところだった。


 …………え、これどうすれば!?


 いや……あの。


 傍から見れば変態では?


 とはいえ、礼央の青ざめた顔を見て、思い直す。


 他意はない。


 これは、緊急だからしょうがない。


 パーカーに手をかけ、引き上げる。

 雨ですっかり身体に張り付いたパーカーは、なかなか身体から離れなかった。


 仕方なく、思いっきりパーカーの裾を引く。

 すると、その下に着ていたらしきTシャツまで剥いでしまい、

「うわあああああ」

 と亮太が叫ぶと、それで正気を取り戻した礼央が、

「ちょっ!みかみく……っ!自分で脱げる!脱げるから!!」

 と騒ぎ出す。

「パ、パーカーのポケットに、眼鏡入れてるから」

「え、あ、そっか」

 そういえば、眼鏡をしてなかった。

 雨で見づらくなって外したんだろう。

 大人しく、床に座り服を脱ぎ出した礼央の事を見守る。


 けれど、なんとなく視線をどこに持っていけばいいのかわからなくなり、目を逸らす。


 脱ぎ捨てられたぐしょぐしょのパーカーと。

 白いTシャツが張り付いた細い背中と。


 いや、変な気持ちになるわけじゃない。


 でもほら、こいつは俺の事好きなわけだし?


 このまま見てていいわけない……。


「そだ、このままじゃ」

 慌てた亮太がシャワーを出すと、亮太と礼央は二人でずぶ濡れになった。

「うわわわわわ」


「みかみくん、何やって……」

「ちょっとま……っ」


 手が滑り、シャワーが飛んで行き、床でシャワーが暴れ出す。

 風呂場はすっかり白い湯気で覆われた。

 亮太がシャワーを追いかけ、より一層びしょ濡れになりながら足を滑らせると、辛うじて礼央を避けながら床に這いつくばった。


 何かのゲームかってくらいすったもんだした挙句、

「お兄……何やってんの……」

 という妹の声で落ち着きを取り戻す。


 心臓がバクバクする。


 いや、これはちょっと焦っちゃっただけ。


 他意はない。


 うん。


「ひ、一人で大丈夫かな。あの、服は、洗濯機放り込んどいてくれたらいいから」

 出来るだけ平静を装い、声を掛けると、

「あ……うん」

 とさっきよりは元気そうな声が返ってきた。


 とはいえ、心配過ぎて。

 さっきの話も心配過ぎて。


 放っておく事が出来ずに、簡単な部屋着に着替えた後、風呂場の前に座り込む。


 じっと、床を見つめた。



◇◇◇◇◇



二人っきりで居れば、まあずっと暗いわけないので……。

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