65 泣かないで(2)
なん……で……!
細い脚。
いつもの黒いパーカー。
疎かになった傘を、なんとか手を離さずに、そのまま礼央に向かって走った。
礼央は幸いそれほど足が速くはない。
濡れるのも構わず、走れば、見失う事はなかった。
「れおくん……っ」
ガシッと掴んだ腕は、振りほどかれる事はなかった。
諦めたように振り向いた礼央は、暗い顔で俯いていた。
「やっぱり……れおくん…………」
ビショビショになった礼央の顔を覗こうとするけれど、顔はよく見ることが出来なかった。
暗い道の上。
その黒い髪も、頬に張り付いていた。
なんだ、これ。
なんだこれ。
嫌な予感しかしなかった。
何かあったに違いなかった。
この腕は、離しちゃいけない気がした。
ふと気がついて、傘を差してやる。
「ありがとう」
雨の中で聞こえた礼央の声は、思ったよりも普通だった。
「ちょっと、顔見ていこうかと思ってさ、でも、結構雨、強くなっちゃって。帰るところだったんだ」
「そっか……」
明るい声。
おかしな違和感。
学校休んだのに、こんなところまで来るとか。
傘も差さないで、雨の中で立ってるとか。
何言ってんだ。
こんなの、変だろ……。
雨が強くなったってなんだよ。
今日は朝から、傘ないとつらいくらいの雨だ。
「駅の方?送っていくよ。傘、ないよね」
ここで、離れないようにしないと。
「あ……」
躊躇した礼央は、それでも、断る事もなく、
「うん」
と答えた。
断る方が億劫だったとでもいうような返事。
なんとか礼央の隣を確保する。
礼央は、黙って駅へ向かって歩き出す。
亮太は、その近付き難い雰囲気に気圧されながらも、礼央の隣に並ぶ。
駅まで、10分くらいか。
何か、話をしないと。
このまま離れてしまうのは、なんだか危なっかしい気がした。
「今日は、学校どうしたの」
尋ねるけれど、
「ちょっと用事で」
と愛想笑いのような返事が返ってくるばかりだ。
その元気のいい声は、この姿じゃなければ、何かの勘違いだとしか思えない元気さを持っている。
ビショビショな格好のまま、立ち尽くしてたくせに。
まるで、逃げてきた犬みたいに。
「じゃあ、体調悪いとかじゃなかったんだね」
「うん。明日は学校行くよ」
「そ……っか……」
そうは言っても、どうしたらいいのか、わからなかった。
駅のそばの明かりは、次第に近付いてくる。
大丈夫なんだろうか。
本人はこうして家に帰ると言っているし。
明日は学校に行くと言っているし。
もし、話があるなら。
困っていることがあるなら、明日でいいんじゃないか。
そんな風に、日和って。
駅の明かりの下に出た礼央を見た瞬間、そんな風に一瞬でも思った自分を後悔した。
え…………。
振り返りもせずに改札へ向かおうとする礼央の腕を、すかさず掴んだ。
勢いで、礼央がこちらを向く。
ビショビショの服。
パーカーから、水が滴り落ちる。
寒いのか、少し青ざめた顔に、真っ黒な細い髪が張り付く。
頬には、誰かに殴られたらしい痕が、くっきりと赤く残っていた。
◇◇◇◇◇
続く!
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