64 泣かないで(1)
雨が不快だった。
外を歩いている時に鼻をつく、雨の匂いが不快だった。
こういう時は、れおくんの顔見るだけでもかなり違うのに。
黒ずんだ朝。
いつもの席は、空席だった。
亮太はそれほど学校に来るのが早い方ではない。
礼央が亮太よりも遅く来るなど、ほとんどあり得なかった。
少なくとも、今まではない。
亮太が来るより後に礼央が来る事も。
礼央が学校を休んだ事も。
もしかしたら、風邪でも引いて、家で寝てるのかもしれないし。
なんて。
昨日はなんでもなかった礼央を思いながら考える。
こんな言葉にできない不安を。
無理矢理にでも払拭しようと試みる。
けど、その日は礼央が姿を現さないまま、チャイムが鳴った。
「高坂休み、と」
どうやら学校に連絡はあったようで、礼央の欠席が確定する。
なんとなくジメジメとした気分のままで。
そのまま、昼休みに突入した。
天気が悪く、自分の席で、もさもさとパンを食べる。
急いで購買に行く気力なんてなくて。
ただの売れ残りの粒あんが入ったあんぱんと、いつものコーヒー牛乳と。
「心配だよな」
目の前のサクが、低い声で呟く。まるで、亮太の心を代弁したみたいだ。
「うん」
と一言返事をして、また沈黙ばかりになる。
ふとした瞬間に静まり返った教室では、微かに雨の音が聞こえた。
電話、してみる?
家は知らない。
最寄りがどこの駅なのかも知らない。
逆方向だって事はわかるのに、何駅電車に乗っているのか知らない。
けど、今は、スマホで連絡が取れる。
帰ったら……かけてみるか……。
そんな風に溜飲を下げながら、一人、暗い道を帰った。
季節柄、まだ夕方とも言える時間だけれど、空は暗く、まだ雨も降っていた。
雨で靴が泥だらけになるのも嫌で、公園を通ろうという気にもならなかった。
大人しく電車に乗り、そのまま帰途につく。
小さな灯りだけの、住宅街の中を、一人とぼとぼと歩いた。
帰ったら、まずれおくんに連絡してもいいかな。
今日どうしてたとか。体調が悪いのかとか。少しだけ連絡を取って。
一言でも返信が来たら、きっと、俺のこんな妙な気持ちも、落ち着くと思うから。
地面は暗く。
黒く。
重い。
そこでふと、亮太は、道の陰に人影があることに気付く。
横道に入るところで、立ち止まり、スマホか何か見ているようだ。
嫌だな。こんな時に怪しいやつとか。
襲いかかってきたりしませんように。
怪しい、と思ったのは、傘を差していないからだった。
下を向いたまま、警戒しながら早足で通り過ぎようとすると、何か、おかしい気がした。
少し、引き気味の足。
見覚えのある、靴。
途端に、足が視界から消え去る。
……れお、くん…………?
ガバッと、傘を上げる。
パーカーの後ろ姿。
やっぱり、見覚えがある。
なんで……。
なんで逃げるのかわからなかったけれど、亮太はその後ろ姿を、逃すわけにはいかなかった。
◇◇◇◇◇
そんなわけで、物語は後半。れおくん編の始まりです。
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