63 授業中

 文化祭が終わって、日常が戻ってきた。

 秋の終わりの空は、寒いけれどよく晴れている。


 グループ活動になった教室で、亮太の場所からは礼央の様子がよく見えた。

 興味なさそうな割に、相変わらずにこにことした笑顔。


 そういえば、ケントもサクも、昼は部活行くとか言ってたな。

 れおくんと二人になるから、まず購買誘って……。

 けど、購買はすぐに行かないとパンが売り切れるかもしれないから……。


 ふむ、と亮太は思う。


 今、その事を伝えられないだろうか。


 先生に見えない隙に、礼央に手でひらひらと合図を送る。

 礼央は、亮太の方に視線を向けると、にっこりと笑顔を見せた。


 よし。順調。


 次、どうするかだけど。


『このあと二人で』……。


『このあと』……。『このあと』は思いつかないからいいか。

 まず、『二人で』だな。


 手でちょいちょい、と自分を示し、礼央を示す。


 何か合図しているのが伝わったのだろう。

 礼央が興味深げにじっとこちらを見る。


 両手で、二人の人間が、並んで歩くジェスチャーをする。


 礼央が、うんうんと頷いたので、これもなかなかよく伝わったらしい。


 次は、『お昼』だな。


『お昼』といえば、太陽。

 そこで亮太は、真っ直ぐにした腕の上を、指で作った丸い太陽を昇らせて、真上で止めた。


 礼央がにこにこと笑ったので、これもなかなかよかったんじゃないかと思う。


『すぐに購買に』。

 えーと。

『すぐに』か。


 これは簡単だ。

 さっきの二人を、また両手で作り、素早く動かした。


 礼央はくすくすと笑い出す。

 どころか、その隣の男子までこちらに目をやって笑い出した。


『購買』。

 これは難しいぞ。

 手話なら、文字ひとつひとつにまで手話があるって聞いたことあるけど。

 そういうのを知ってるわけじゃないからな。


『こ』…………。


 いや、無理かもしれない。

 とは思いつつ、カタカナで書いた『コウバイ』という文字を鏡文字で表してみることにする。


 一文字ずつ書いてみる。

『コ』『ウ』『バ』『イ』。


 すかさず、建物の形を指で作り、先程の両手の人間達をその場所へ飛び込ませる。


 それが、驚くほどウケ、礼央が声を上げて笑いそうになる。

 周りもくすくすと笑ってしまっている。


 流石にちょっとやりすぎたらしく、先生も気付き、

「みかみくん……」

 と苦笑の顔を寄越した。




 授業終わり。


「みかみくん」

 また笑ってしまっている顔で、礼央が近寄ってきた。

「どこか行くんでしょ?」

 と、すかさず聞いてくれる。


「そうそう。やっぱ伝わってんじゃん」

 嬉しくなる。


「うん。それで、どこに?」

 礼央が、キョトンとした顔をした。

 どうやら、肝心なところが伝わってなかったらしい。


「購買」

 言うなり、礼央が「ぶふっ」と吹き出す。

 腹を抱えて笑い出したものだから、亮太は少したじろいだ。


「え、嘘だろ。そんなに伝わってなかった?」


「う、ううん……っ。伝わって……た……っ」


 言いながらも、めちゃくちゃ笑っちゃってんじゃんか。


「ほら、行くぞ」

「う、うん……っ」



◇◇◇◇◇



そんなほのぼのな二人の日常。

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