23 君の声が聞きたい(3)

 池の水面に、鴨が泳ぐのが見えた。


 亮太は左側に礼央が落ち着いた気配を感じ取ると、話を始めた。




 亮太が小学生の頃のことだ。


 子供の頃、亮太は歌を歌うのが好きだった。


 3年生の時には、親にギターを買ってもらった。

 子供向けの少し小さなアコースティックギターだ。


 それで、ちょっと調子に乗ってしまったのだと思う。


 歌手になるんだと言って、友達数人の前で歌を歌った。

 自分の部屋で。

 ベッドの上が舞台だった。

 観客は4人。


 弾けもしないギターを手に。


 ジャーン!とかき鳴らし、流行りの歌を歌い始める。


 実はもう、何を歌ったのか覚えていない。


 ただ、思い出せるのは。


 そこにいた一人の友人の言葉。


『何、りょーくん、すっげ下手じゃん』


 それは、意味のない言葉だった。

 頭ではわかる。

 小学生の男子なんて、そんなもんだ。


 ちょっと気に入らないと、思ってもいない事を言い出す。

 配慮をするなんて事も、相手が傷つくんじゃないかなんて事も、考えたりしない。

 その時に使える全力の悪口をただ口から吐いただけだ。


 それも、実際には下手なんかじゃない事を、下手だって言ってみたりする。


 ただ、仲のいい女の子が、一言亮太を褒めていたとか、そんなつまんない事で。


 けど、その瞬間、亮太の心には、冷たいものが落ちた。


 頭ではわかっている。


 そんな言葉、意味なんてないってこと。


 それでも、翌日。


 その悪口を言った友人が、その友人と仲のいい女の子に、

『りょーくん、ギター弾けないくせに、ジャカジャカやってさぁ、すっげカッコ悪いの』

 なんて大声で言ったものだから。


 亮太は恥ずかしさに下を向いた。




「なんかもう、そこからダメになっちゃってさ。歌手になるって、夢だったのに。なんか、もう……」


 本当につまらない話だ。


 きっとその友人は、その女の子が好きだったんだろう。

 その女の子が、一言でも亮太を褒めたのが嫌だった。

 それだけだ。


 歌唱力なんて関係なくて。

 下手だったかもしれないけど、そんなの関係なくて。


「今は別に、シンガーソングライターになりたいとかないんだけど」


 はは、って乾いた笑いを出した。

 横を向いた時、礼央はじっと池の水面を見ていた。

 真面目な顔で。


「…………ケントも一緒にいたから、俺が人前に出るの好きだったの知ってたからさ。歌よりマシかって、放送誘ってくれたんだけど、最初の活動以降行けなくなっちゃって」


 沈黙した時、礼央がこちらを向いた。


「そいつ、ぶっ飛ばして来ようか?」


 その本気の目に、亮太は思わず、「ふはっ」と吹き出した。


「そゆのはいいよ。小3なんてそんなもんだって、わかるから。俺が深刻に受け止めすぎちゃっただけ。気にしなくてよかったのに」


「そんなの。けど、言う方が悪いよ」


 真剣に受け止めてくれたことに。

 そのなかなか過激な性格に。

 少しだけ救われた気がした。


「どっちかっていうと問題は、ケントが人手が足りないって、誘ってきた方。まだ俺、人前でどうしても緊張しちゃうんだよね」



◇◇◇◇◇



ケントは体育祭なんかでマイク持ってわーって騒ぎたいタイプです。

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