至福の時間
「お先に失礼します。お疲れ様でした」
私、
「あ、恵理子先輩。今帰りですか〜?」
後ろから話しかけてきたのは、後輩の
「あー、やっと一週間が終わりましたね。先輩、今日ご飯行きません?最近できたイタリアンなんですけど、どうですか?」
「ごめん、京子ちゃん!どうしても外せない用事があって、ごめんね!」
そう言って私は、そそくさと退勤した。“外せない用事”があるとは、全く
「これを乗り切れば......ウフフ」
スキップしながら、我が
そして翌朝、7:00に起きる。ゆで卵とトースト、昨日のカット野菜の残り、そしてコーヒーで簡単に済ますと、身支度を済ませ、駅に向かうバスに乗る。今朝はもう、朝の8:00の時点で暑い
私の今日のお目当ては、街中にある献血ルームだ
「おはようございます。献血カードはお持ちですか?」
受付の若い女の子が、にこやかに対応してくれる。慣れた手つきで献血カードを提示する。刻印された献血回数は31回だ
「今日は、400mlでお願いします。よろしいでしょうか?」
400ml献血。女性の全献血可能回数は4回。年間献血量は800ml以内と決まっているので、400ml献血であれば年2回しかできない。ちなみに成分献血なら、身体の負担が少ないため、年間24回できるそうだが、私は専ら400ml献血だ。二つ返事で私は同意した
「今回もご協力ありがとうございます。登録情報にお変わりはないでしょうか?では、こちらで問診票の記入をお願いします」
いつものように、端末で問診票を記入していく。実はこの問診票が苦手だ。特に、性的接触や薬物、HIVに関する設問の20番
恥ずかしい話、私は今まで男性と、そのような関係になったことない。過去に一度だけ、ホテルまで入った男性がいたが、うっかりメイクまで落としてしまった私の顔を見るなり、『用事を思い出した』と言ってそのまま部屋に戻ってこなかった
まあ、この後の楽しいことを考えると、まだ我慢ができるモヤモヤだ。変なことを考えず、淡々と入力していく。そして診察と、血液検査を終えると、名前を呼ばれたので、飲み放題のカップ式自販機からジュースをとって採血室に向かう
横になると、私より少し歳上の看護師の女性が慣れた手つきで、私の左腕に太い針を刺した。『この人上手いな、全然痛くない』なんて思っているうちに、横の仰々しい機械にセットされたビニールパックに私の赤黒い血液が充填されていく
私が、京子ちゃんの誘いを断ったのは、この瞬間のためである。特に太っているわけでもないかつ、少食な私は普段、栄養バランスなんて考えず食べたいものを食べている。だが献血の一週間前からは、まるでアスリートのように節制している。それは『せっかく献血するのだから、提供する身としては不健康な血液じゃ、ちょっと悪いな』と思い始めたのがきっかけだった。今では一種の儀式として、すっかり私の中で定着してしまった
ジュースで喉を潤しながら、目の前のモニターで、おじさんタレントがぶらり旅する番組をボーッと観ているうちに献血が終わった。またあの看護師が慣れた手つきで、針を抜き止血をする
「終わりました、ありがとうございます。十分に休憩をとってからお帰りくださいね」
私はゆっくりと立ち上がると、スキップしたくなる気持ち抑えて受付に向かう。お疲れ様でしたの言葉と共に、歯磨き粉や台所用スポンジなどのちょっとした粗品と、連絡事項や注意事項が書かれた紙。そして黄色いプラスチックの
そして飲み放題のカップ式自販機で、アイスコーヒーを入れると、1人用ソファーに陣を取り早速食べ始める
「あぁ〜濃いわぁ〜さすがワーゲンダッチ!高いアイスは違うわね〜」
その濃厚な味わいが残るまま、カップ自販機のアイスコーヒーを飲み、口の中でマリアージュさせると、献血ルームの休憩室なのに、高級ホテルのラウンジにでもいるような気分になってくる
一通りアイスクリームを堪能した私は、ゴミ箱にカラの容器を捨てて、次に向かった先はマンガコーナー。ここの献血ルームは、この辺のエリア最大級と謳ってることもあり、休憩室の漫画本が充実している
「あ、これ懐かしい〜『ストロベリー・ラブリー』昔読んでたな〜よし、久しぶりに読むか」
10代の頃ハマってた少女漫画片手に、ウキウキなアラフォー女こと私は、自分の
すると、飲み物コーナーの近くに『お菓子バスケットは廃止しました』と、1ヶ月前の日付がついた張り紙が貼ってあった
「そ......そんな、キノコチョコやら、カントリーマザーのバニラ味を食べまくるはずだったのに......」
トボトボと、お代わり分のアイスコーヒーを片手に陣地に戻る哀れな独身おばさんを慰めてくれる人なんていない。私はソファーに座ると、さっき持ち出した少女漫画を読み始めた
「あ〜面白かった。でも今読むと、ちょっと王子様系と俺系はイケメンでも苦手かも。彼氏ならいいけど、結婚相手じゃパワハラ・モラハラ夫確定じゃん」
結局最終巻まで読んだ私は、大きい独り言を言ったのちスマホをみると、もう12:00を過ぎていた。お腹も空いたことだし、いつもの〆を行うべく、献血ルームを後にした
「お待たせしました。上カルビとネギ牛タン、キムチ盛り合わせと生ビールです。ごゆっくりどうぞ」
私は、牛タンを網の上に乗せ、いい頃合いを見極めると、レモン汁をつけて口の中に放り込む
「んっ〜ッ!キタキタ!美味しい!」
すかさず生ビールを飲む。1週間の我慢と、真昼間からビールを飲む背徳感、それに、献血をしたことによる達成感が炭酸と爽やかな苦味伴って喉を通り、胃に流れ込んでいくのがわかる
「はぁ〜幸せ!デトックスって感じ!......ってああ!カルビ焦げそう!」
私の休日は、まだ始まったばかりだ
終わり
人生ラ・ラ・ラ♪ 稲田亀吉 @Turtle_Inada
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