フライドポテト

 「おいしい......ねぇ!千春!これ美味しいよ!あぁ、こんな美味しいものが、この世にあったなんて......」


 高校に入って、初めてできた友達の千春と行った、モクドナルズ。人生で初めて食べたフライドポテトに私、木村美沙きむらみさ(15)は涙を流して感動したことを、今でもよく覚えている


 「美沙、言ってたことはほんとうだったのね......」


 千春がキョトンとしているのも、無理はない。『生まれてこのかた、モックのフライドポテトを食べたことがない人』などいないと思っていたからだろう


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 私はシングルマザーのママと、二つ下の妹、亜希あきの3人暮らし。ママは自宅でマクロビオティックと、無添加オイルのアロマテラピーの教室を開いていて、いわゆる『自然派』の界隈では有名な人だった


 家での食事は、質素そのもの。玄米ご飯と野菜がたっぷり入った、無添加のお味噌を使った味噌汁を基本に、あとは、2品ほどの野菜や豆の常備菜と時折、焼き魚がつく程度だ。お肉や卵、乳製品が食卓に並ぶことは滅多になく、おやつにチョコレートやスナック菓子が出た覚えもない。それらが並ぶのは、誕生日やクリスマスといった、イベントごとがある日だけだった



 「ねぇ、ママ。あたし、モックのラッキーセットが食べたいな。おもちゃも、チルっくまと、はじっこずまいだし......ねね、いいでしょ?」


 まだ小学生だったある日、私はそう言って、ママにねだった。すると、ママはにっこり笑った


 「いつもママ言ってるでしょ?ああいうのはね、自然な食べ物じゃないの。身体に悪い保存料や、化学物質が、いっぱい入っているのよ。みさちゃんは病気になったり、おデブちゃんにはなりたくないわよね?ならそんなモノより、“自然のもの”を、“陰陽いんよう”のバランスをとりながら、食べなきゃダメなの」


 その圧に泣いてしまいそうになったが、その時の私は一歩も引かなかった


 「やだやだ!ハンバーガーが食べたい!ポテトも食べたい!」


 するとママはため息をついた


 「......しょうがないわね、今日の晩御飯であげるから。それでいいでしょ?」


 そして、晩御飯に出てきたのは、似ても似つかないバサバサの全粒粉のパンに、おからでできたパテを挟んだものと、素揚げして味のついていない細切りのジャガイモだった。少しも美味しくなかったが、それを言うとママの機嫌を損ねてしまうので、私も妹も黙って胃に詰め込んだ


 学校給食だけは特別に、みんなと同じものを食べられた。いつも家で食べられない料理を、おかわりしてでも食べたいきもちの反面、少食だったので、配膳された給食を残してしまうこともあった。私は学校に行くたびに、給食のことばかり考えていた


 高校生になって、給食がなくなると、あんなに楽しみだった昼食の時間は憂鬱になった。他の人の弁当はカラフルで、美味しそうなおかずが並ぶ反面、ママが作ったお弁当はすごく地味だ。それが恥ずかしくて、隠すように食べていると、少しふくよかな1人の女子が話しかけてきた


 「すっごい丁寧で美味しそうなお弁当......ああ、ごめん!確か、あなたは...木村さんだっけ?私は大河原おおがわら千春ちはる。よかったら一緒に、お弁当食べない?」


 こうして、千春と友達になった


 後に千春が話してくれたのは、食べることが好きな千春は、ぽっちゃりした体型がコンプレックスだった。細身の私が羨ましく、ダイエットの秘訣を聞こうと勇気を持って話しかけたが、そんな目的も忘れてママの作ったお弁当が、目についたのだという

 

 「はぁ......シンプルな味付けで、少し物足りなさはあるけど、その代わり、素材の味や出汁の風味が効いて美味しいわぁ〜」


 交換したひじきと大豆の煮物を頬張りながら、人の気もしれないでうっとりとした表情を浮かべる千春。私は、交換した鶏の唐揚げを頬張る


 「あ......美味しい......!この唐揚げ美味しい!」


 すると千春は、えっへんと胸をはる。千春は食べることも好きだが、料理を作ることも好きで、毎日自分と親の弁当を作っている。この唐揚げは、その中でも自信作だと言う


 「そーいえば木村さん」


 「美沙でいいよ。わたしも千春って呼んでいい?」


 「わかった。じゃあ美沙ちゃん。部活とかはもう何に入るか決めてるの?」


 「うーん......別に。私中学校では美術部だったけど、この学校、美術部去年廃部になっちゃってないし、どうしようかなって思ってたとこ」


 「そうなんだ......じゃあさ、一緒に料理研究部に入らない?」


 千春の提案に、私は二つ返事で乗った。何か美味しいものが食べられるかもしれないという、よこしまな動機で門を叩いたが、私たちと先輩達が2人の僅か4人の小さな部活は、とても楽しかった


 ママに最初、料理研究部に入ったことを話すと、最初はあまりいい返事はしなかったが、マクロビ食のレシピを教えてと言うと、だんだんと協力してくれるようになった


 そして、ある日の放課後。部活動も終わり千春と一緒に帰っていると、千春が寄り道しようと言ってきたのでついていくと、モクドナルズの前に辿り着いた


 「今日からポテトLサイズ200円だから、食べて帰ろうよ!」


 「......私は遠慮しとくよ」


 「えぇ〜いいじゃん!たまには女子高生らしいことしようよ〜これも青春!」


 そして押し切られるまま、人生初めてのモックでポテトを食べた。初めてのポテトは、少ししょっぱかった


 それからというもの、学校帰りや休日に、千春と一緒にいろんなものを食べた。チーズハットク、タピオカミルクティー、松野屋の牛丼、ステバのホイップフローズン、そしてモック。これまで家庭の方針で粗食を強いられてきた私にとっては、何もかもが新鮮で、どれも涙が出るほど美味しかった


 そんな楽しい時間が、ある日ママにバレた


 普段通り、寄り道を終えて帰ってくると、ママがすごい剣幕で私に掴みかかってきた。ダイニングテーブルの上には、捨てたはずのレシートがこれ見よがしに置いてある


 「美沙!あなたはなんでママの料理じゃなくて、こんな体の毒になるようなものばかり食べるの!ダメじゃない!ママいつも言ってるでしょ?陰陽のバランスを考えて、身体にいいものを......」


 「うるさあぁああああああい!!」


 私の中で何かがキレた。手に持っていた鞄をママに投げつけると、ママは信じられないという顔で、目をパチパチまたたいた


 「何が陰陽のバランスよ!何がマクロビ食よ!こんなの老人ジジババ向けの粗食じゃない!!私は他の子みたいに、モックのポテトも!ハンバーガーも!タピオカも!ポテチやチョコレートだって食べたいの!」


 「で、でもママはね......美沙ちゃんのことを思って言っているの、保存料や化学物質はホルモンバランスを......」


 怒りに任せて、ダイニングチェアをママに向かって投げつけると当たりはしなかったが、後ろの窓ガラスが割れた


 「ヒッ......!」


 「そんなの嘘っぱちじゃない!現に私は、こんなにチビでガリガリだし、肌だって常にカサカサ。生理だって、中3になるまで来なかった!」


 涙声になりながらも、ひたすらに感情をぶつけた私は、その晩。スーツケースに私物を詰め込むだけ詰め込んで、置き手紙を書き、母が眠ってる間に家を出ていった


 家出先は家から車で1時間の距離にある、おばあちゃん家。もう終バスも終わってしまったので、財布の中のお金で、乗れる距離だけタクシーに乗った。運転手のおじさんは、もう少しだけサービスするよと言ってくれたが悪いので断った


 「ふぅ.......やば。あとどれくらいで着くんだろう」


 周りは車通りも少なく、街灯がポツポツあるくらい。ただスーツケースをゴロゴロと引く音だけが、夜道に響くだけだ。泣きたくなる気持ちをグッと堪えて、ひたすら歩み続けていると、横にパトカーが止まった


 「こんばんは、県警の上原です。君ちょっといいかな?」

 

 人生で初めてパトカーに乗り、私は保護された。上原と名乗った若い警察官は、私の話をうんうんと聞きながら調書を書いている


 「なるほどね、お母さんと喧嘩して家出したってわけだ。こんな時間に女性1人で歩くなんて、危ないよ。じゃあ家まで送るから......」


 「......帰りたくありません!」


 「困ったなぁ......ヤスさんどうしましょう?」


 ヤスさんと呼ばれたパトカーの運転席に座っていた年配の警察官に、上原は相談する


 「そうだな、じゃあ親御さんに連絡して、今日は交番で保護しよう」


 「わかりました。じゃあこれからあなたを保護します」


 そう言ってパトカーは、最寄りの交番へ向かった。交番に着くと、上原さんはお腹が減ったろうと言って、カレー味のカップ麺を持ってきてくれた


 「これ、俺の夜食なんだけどよかったら食べるかい?」


 「いいんですか!いただきます!カップ麺なんて、初めて食べるんで、どんな味がするか楽しみです!」


 「ええ!?カップ麺を食べたことないって本当!?」


 私は人生初のカップ麺を、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら啜り、目の前にいるお巡りさんに身の上話をした。そして、保護室の寝台ベッドで眠りについた


 翌朝、ママが交番に迎えに来た。すっぴんで、目を泣き腫らしたママと交番の前で仲直りをすることができた。この一件で、ママも反省したのか無理にマクロビ食を勧めることはなくなった


 そして休日なんかは、私が夕飯当番になり、料理研究部で習った料理を家で作った。ママもあきも美味しいって言って、喜んで食べてくれたことは今でも覚えている

 

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 そして今。私、上原美沙(30)は、2人の娘のママだ。6年前に結婚。夫は、社会人になって偶然再会した、あの時の警察官、上原和也(38)だ


 時短勤務で、近くの会社の事務員をする傍ら、子育てをしている。日々大変だけども充実した毎日を過ごしている


 「みほちゃん、りさちゃん。もうすぐお昼だけど、ひさしぶりに、外に食べにいっちゃおうか?何がいい?」


 今日は土曜日。夫は当直でいない


 「ポテト!みほね、モックのポテト食べたい!ラッキーセットのおもちゃはミニモンだって!」

 

 「りーちゃん、ポテト、いる!ポテト、ポテト♪」


 「いいわね!ママもモックのポテト大好き!じゃあ出かけるから、準備してください」


 元気よく返事を返した二つの小さな背中を、私は笑顔で追いかけた


おわり

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