ドランカーサバイバル
「お客さん、終点ですよ。お客さん、降りてください!お客さん!」
駅員さんの声で、「ハッ!」と目を覚ました俺、
数時間前、自分の歓迎会が都内の居酒屋で行われていた。転職して先月、不動産会社『リカオンハウジング』に営業職として中途入社。今の時代でも相変わらず体育会系のノリで、ガンガン飲まされた。上司や先輩たちを見送り、おぼつかない足取りで改札をくぐった俺は、終電にギリギリで乗り込んだ。金曜日の最終列車はやはり混んでいるが、2〜3駅乗れば大きな駅で大半が降りるので、住んでるアパートの最寄り駅までの後の4駅分は座れる。あとは最寄り駅で降りて、タクシーで家まで帰れば任務は完了、布団と楽しい土日が待っている
そうして、今に至る。つまり、自分の降りる駅から、実に8駅ほど乗り過ごしたことになる。千鳥脚のまま、力無くフラフラと電車を降りる。まわりには俺同様、哀れにも、乗り過ごしたサラリーマンや、学生たちが途方にくれている。中には、駅員に向かって絡んでる人、線路に向かって吐いてる人、ベンチに座って寝てしまった人など、
「駅前なのに何もない...だと?」
初めて来る街に、俺は戸惑う。田んぼや畑だらけの場所でないだけ、幸いかもしれないと思うが、ここはネカフェはおろか、目立つところにコンビニの影すらない
とりあえずスマホを確認する。現在深夜0:12。バッテリーは残り23%だ。さっき改札をくぐったあとに見た、上り電車の始発は5:03。つまり俺は、この知らない街であと、5時間ほど過ごさなくてはならないのだ
ガックリと肩を落とし、スマホを『省電力モード』に切り替え、土地勘もない道を、フラフラ歩き始める。車通りもない、ただポツポツと街灯が寂しく光ってる。しばらく歩くと喉が渇いた。目の前に自販機らしき光が見えたので、喜び勇んでそこを目指す。だが、そこに待ち構えていたのは、自販機に集るカナブンや小さな羽虫、そしてこれまでの人生で見たことないくらい大きな
「こんなことなら、駅の自販機で買っときゃよかった...」
立ち止まって、もう一度スマホで時間を確認する。画面の表示は0:22。まだ駅を出てから10分しか経ってない現実が、俺の心を容赦なく折りにきた
「はぁ...もう帰りたい...」
なんだか惨めで情けなくて、涙が出てくる。トボトボと歩いていくうちに、俺は少し広めの公園にたどり着いた。ブランコと滑り台、動物が形取られたスプリング遊具。そして砂場とベンチがあるようなどこにでもあるような公園だ。半ばヤケクソ気味な俺は、ベンチの上にリュックを置くと、遊具で遊び始める
滑り台を逆走して、そこから滑る。無意味に砂場を掘って山を作る。パンダのスプリング遊具に跨りながら、G1ジョッキーの気分を味わう。昼間の公園で同じことをしたのであれば、通報されかねない。だが、ここは知らない街の深夜の公園だ。大人の理性を保ちながらも、俺の好きなように、子供心全開遊ぶ
疲れたのでブランコに腰掛ける。気持ちのいい夜風が、隣の無人のブランコを揺らし、キイキイと音を立てる。俺は少し地面を蹴って、ゆっくりブランコを漕いでみる。月明かりに照らされて、ゆらゆら揺れているだけなのに、次第に気持ちが落ち着いてくる
「はぁ、なんだか
ゆらゆらと振り子運動を続けるブランコに身体を預けて、直上の空を見上げると綺麗な星空が広がる。普段星なんか見ない俺だが、不思議とロマンチックな気持ちになってくる。そうしているうちにウトウトし始めたので、ベンチに移動。横になりリュックを抱き抱えるような姿勢で目を瞑った...
「これ、あんちゃん!起きなさい!これ!」
今度はしゃがれたお爺さんの声で、ハッと目が覚めた。外はすっかり明るくなり、目の前には2〜3人の老人がこっちの顔を覗き込んでいる
「はあ、よかった生きてた。こんなとこで寝てっと、風邪引くべな!ほいこれ、麦茶飲め」
お婆さんが持っていた水筒から、付属のコップに注がれた冷たい麦茶を受け取り、一息に飲んでむせこむと、老人たちはシワだらけの顔をクシャッとして笑う。数時間ぶりの水分は、何物にも代え難い有り難さだった
公園の時計は6:45。それは、俺がこの知らない街でのサバイバルに成功した事を意味していた。老人たちから駅までの道を教えてもらい、無事に改札を通過。自販機で水を買ってから上り電車に乗り込んだ
「あばよ、
二日酔いの頭痛と、腰や肩のいたみを堪え、精一杯格好つけて、流れていく景色を見送った
終わり
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