ヒーローになった男
「...48,49,50!ふぅ〜!よし、こんなもんか」
俺、
俺は芸能事務所『ヤツデアクション』に籍を置く、アクション俳優だ。だが、名は全く売れていない、いわゆる“大部屋俳優”だ。そんな役者としての仕事は、Vシネマのセリフなき
到底これでは食べていけない。なので、暫く仕事がない時は、幼馴染の
「おう、翔!今日もトレーニングか?精が出るな」
「あっ!“フルヤさん”おはようございます!」
練習スタジオに入ってきたのは、
だが、その正体は特撮の世界では知らない人はいない、3大特撮 ( 戦隊、仮面バイカー、アルトラマン )を制覇した、伝説のスーツアクター“フルヤさん”だ。普段は、外部講師として
「ああ、そういえば翔。この間受けたオーディションあったろ?あれ、合格だってよ」
「あのオーディション、受かったんですか!?」
「ハハハ!オレが嘘つくかよ。ほれ、お前は晴れて、“大部屋俳優”から“アルトラマン”だ。ほれ通知書」
「え!? あのオーディション、『アルトラシリーズ』のオーディションだったんですか!?」
恐る恐る受け取った、
「ありがとうございます...!オレ、頑張ります!」
「泣くなよ翔!これからだぜ」
合格通知を受け取ってから1ヶ月半後、採寸、型取りなどを経て、ようやく撮影用のスーツが出来上がった。連絡を受けたオレは、矩谷プロの美術部にお邪魔し、早速試着する。
「かっこいい...」
姿見に映っているのは、過去のアルトラマンの特徴を踏襲した精悍な顔つきと、これまでにない赤と青の
そして今日、いよいよテスト撮影の日だ
着替えにタオル、妻の
「おはようございます。『ヤツデアクション』の吉原です」
これまで、オープンセットでの撮影しか経験のないオレは、初めて見るセット撮影の現場の雰囲気に、度肝を抜かれた。
既に複数の美術スタッフが、セットの中で最後の仕上げと、ギミックの調整を行っていた。その指揮を取っていた、小太りで黒縁メガネの男がオレに気づいて駆けてきた
「ああ、あなたが吉原さん?おはようございます。特技監督の
俺は監督と挨拶を交わし、その後の朝礼で、スタッフ一同に向かって、自己紹介を済ませる。相手役、つまり怪獣のアクターが、同じ事務所の大ベテラン、大岩さんとわかると、『胸を借りることが出来る』と少し気が楽になった
「やっぱ、アトラクション用とは違うな...」
ヒーローショーに使うスーツとは違い、芯材が多く電飾や
「はい!では、撮影テスト始めます。シーンB-35、『アルトラマン登場』からB-36『対時してチョップ一発』まで。お願いしまーす!」
「はい、じゃあよーい...はい!」
監督の声と共に、カチンコが鳴った。音を聞いたオレは、変身後の右手を突き上げたポーズから、腰を少し落とし、身体を半身にして構える。怪獣の周りを右に2〜3歩ジリジリと回りながら間合いを詰め、駆け出してチョップを繰り出した
「ハイ!カット!確認します、お待ちください」
モニターを見ながら、監督の川北が渋い顔をしながら唸る
「もう一回だ。イマイチ迫力が出てない。ちょっとさ、カメラをもう少し右下から、アルトラマンを追いかける様に動かしてみよう」
同じシーンの撮影は、7テイク目を迎えた。俺は暑さと慣れない環境に、疲れを感じていた。そしてまた、カチンコの音が鳴る。構えて、回りながら間合いを詰めて、チョップ
「カット!OKです!ミニチュア載せ替えます!」
ようやくOKが出た。俺はスタッフの手を借りながらセットを降りた。工業用扇風機の前に置かれたパイプ椅子に腰を下ろし、グローブを取ってもらい、スーツのジッパーを背中まで下ろしてもらう
「うぁ〜あっちぃ〜!あれだけしか動いてないのに、びちゃびちゃだ」
スタッフが持って来てくれた飲み物を飲みながら、大きな独り言を言う。しばらく涼んでいると、監督が俺の前にやって来た
「あ、お疲れ様です、吉原さん。あの、もう少し演技大きく、できませんか?うーん、全体的になんだかね、動きが“等身大”すぎるんだよねぇ。なんというかその、“アルトラマンらしさ“がない感じです」
『”アルトラマンらしさ“を十分に理解したつもりでいたのになぁ』と、自信が無くなってきた
2カットほどの撮影が終わり、昼休憩。気力も体力も限界に近づいている俺は、なんとか愛妻弁当を胃に詰め込むと、椅子に座って仮眠を取り、回復に勤めていた
「あの、すみません。今、ご挨拶させてください」
ハッと顔をあげると、スーツを着た中年男性に連れられた、自分より一回り若い青年が声をかけてきた
「はじめまして、“モロボシ・アスカ”役の
差し出された手をガッチリと握り、握手をかわす。三橋はすぐさま去っていったが、彼の“言葉”が、俺の心に刺さって離れなかった
「はい、今日の撮影は以上です!お疲れ様でした!」
時計の針は18:30。今日は合計6カット撮影して解散となった。スーツを脱ぎ、着替え終わった俺は、撤収作業をしていた、矩谷プロ美術部、造形係長の
「練習用にマスクを、お借りすることできますか?」
「“練習用”ですか...。まだマスクも
そして待つこと30分。芦田さんが息を切らしてこちらに駆けてくる
「ハァハァ...お待たせしました!これなら大丈夫です。
それは、造形検討用の試作マスクだった。“マスクのデザインの一部を削りとって、特徴を分からなくすれば問題ない”と許可が下りたそうだ。ありがたいことに、固定用のバンドも取り付けてある
お礼を言い、俺はスタジオを後にした。次の撮影は一週間後。それまでにはモノにしなければならない。この1週間が勝負だと思い立った俺は、まずバイト先である『居酒屋レッドマン』に向かった
「はい、いらっしゃい...ってあれ?翔じゃん!どした?今日はシフトじゃないだろ?」
「ああ、
俺は秘匿事項に気をつけながら、今後役者の仕事が忙しくなることを話す。そして来週一週間、その特訓のためバイトを休みたいと相談した
「...わかったよ、翔。ここはなんとかするから、そっちを頑張れよ!」
「ありがとう、店長!俺、頑張るよ」
そして次の日、オレは『ヤツデアクション』の練習スタジオに入り、特訓を開始した。サウナスーツを着込み、練習用に借りたマスクを被る。スタジオの鏡が映るようにスマホを三脚に固定し、コンテ本通りの動きを取る
「うーん、動きは間違ってないとは思うんだけどなぁ、“アルトラマンらしさ”って何だ?」
撮れた動画を確認しつつ、水分補給をしながら悩んでいると、スタジオのドアが、ガチャリと開いた
「はいおつかれさん。お?翔、なんだ?特訓か?」
「古谷さん!明日まで出張じゃなかったんですか?」
「トークショーだったんだけど、先方が悪天候で、延期になったんだよ。ほれ、差し入れだ。飲め」
冷えた栄養ドリンクを飲みながら、俺は昨日のテスト撮影でのことを話した。すると古谷さんの目付きが変わった
「よし、オレも付き合うぞ。ちょっと動きやってみろ」
古谷さんの視線が、容赦なく俺に突き刺さるなか、一通りの動きを見せる。すると、古谷さんはこう尋ねて来た
「翔、アルトラマンって、どんなやつだ?」
「えっと...その...」
古谷さんはコンテ本の、設定のページを開き読む
「設定では身長50m、体重34,000t。つまり、渋谷108の建物ぐらいの図体した、“巨人”だ。今のお前の動きは、そんな、巨人には見えないんだよ」
すると古谷さんは、俺に一旦座って、『やってみるから、動きを見てろ』と言った。驚くべきことに、古谷さんがやってるのはオレと同じ動きの筈だが、着てるはずのないスーツが見えてくるような、そんな動きをしている
「いいか?いくら高速度カメラで撮影するからといって、それに頼りすぎちゃあいけない。巨人の動きは、基本的にゆっくりやるよう意識しろ。空の上の飛行機は、ゆっくり飛んでるように見えるけど、実際は高速で動いているだろ?ようは、それと同じだ。次に“
言われたことを意識して動いてみる。途中、ストップがかかり、容赦ない
ヘトヘトの身体で、もう立ってるのも限界な俺にに、古谷さんは、事務所の自販機で買った冷えたスポーツドリンクを差し出してくれた
「どうだ?何か掴めたか?」
「...はい、ありがとうございます... なんとなく、
って感じですけど...」
「そっか。最後にもう一つだけ、アドバイスだ。必殺技のモーションは毎日練習しろ。それがダメなら全てダメってほどの、大切な動きだからな」
「ハイ、ありがとうございました」
「じゃ、あと戸締りとか、しっかりやってな」
そう言うと、古谷さんは、練習スタジオから出て行った。俺は、あの伝説のスーツアクター、“フルヤさん”からマンツーマンでご指導してもらった嬉しさと、疲労感で、しばらく、床に大の字になったまま動けなかった
それから俺は、次の撮影日まで、古谷さんから教えてもらったことを意識しながら自主練を重ねた。行き詰まった時は、前作『アルトラマンゼビウス』を見て、動きを研究しすぐに実践してみた。勿論、必殺技のモーションも毎日練習を怠らなかった
そして迎えた、一週間後の撮影。俺は自信たっぷりに演技をすることができた。一通り撮り終わり、休憩中に涼んでいると、監督がやってきた
「吉原さん!みちがえたね!素晴らしい!もう教科書にのせたいぐらいに、アルトラマンの動きだ。この調子で、これからも頼むよ吉原さん。いや、『アルトラマンスパーク』!」
それからオレは『アルトラマンスパーク』として、制作発表会、雑誌の取材、各種イベントの仕事をした。撮影も好調で、NGもほとんどなく進めることが出来た。もう『アルトラマンスパーク』は、俺の一部になっていた
そして第一話の放映日の朝を迎えた。俺は息子の隆、妻の有紀と共にリビングのソファーに座り、その時を待っていた
—— 突如、東京に現れた怪獣『ダルガ』。巨大生物対策課 AHCD ( Anti Huge Creature Department office ) の
瀕死のモロボシ隊員は、薄れゆく意識の中で、光の巨人と
その華麗な体術で、怪獣『ダルガ』を弱らせ、必殺技『スパークショット』を放つと、ダルガは爆発四散。そして、掛け声と共に空の彼方へ飛び去って行った
奇跡的に生還したモロボシ隊員の腕には、『スパークチェンジャー』が巻かれていた。「オレと戦ってくれるのか?アルトラマン」とモロボシ隊員が話しかけると、それに応えるようにキラリと光った ——
オープニング曲が流れ、クレジットの中に『アルトラマンスパーク 吉原翔』の文字を見つけた。思わず小さくガッツポーズする俺と、涙ぐむ有紀。そして隆は、TVに釘付けになっていた
「かっこよかった!パパみたい!」
放映が終わり、呆然とする俺に向かって、隆は興奮気味にそう言った。その発言に一瞬バレたかと思ってドキッとする。俺は、そんな隆を思い切り抱きしめた
「そうだなぁ、かっこいいよな!アルトラマンスパーク!」
と言って、嬉し涙を誤魔化した
そして月曜日の朝。妻も隆もまだ寝ている朝の5:30。今日は早朝からの撮影。俺は、念入りに準備をして、玄関で靴をはく。ふと玄関の姿見をみると、自信に溢れた顔の自分が映る
「デヤッ!」
掛け声と共に、右腕を垂直に立て、左腕を水平にクロスさせ、必殺技『スパークショット』のポーズをとった
終わり
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