ヒーローになった男

 「...48,49,50!ふぅ〜!よし、こんなもんか」


 俺、吉原よしわらしょう (32) は、準備運動代わりの腕立て伏せを終えると、近くに置いた水筒の水を飲んで、一息ついた


 俺は芸能事務所『ヤツデアクション』に籍を置く、アクション俳優だ。だが、名は全く売れていない、いわゆる“大部屋俳優”だ。そんな役者としての仕事は、Vシネマのセリフなき三下チンピラ、戦隊、仮面バイカーの戦闘員ザコ、時代物で派手に切られる敵兵モブ。TVや映画以外の仕事だと、催事のヒーローショーの中身アクターと言った具合だ


 到底これでは食べていけない。なので、暫く仕事がない時は、幼馴染の俊介しゅんすけが営む『居酒屋 レッドマン』でアルバイトの日々だ。5年前息子のたかしが生まれてからは、むしろこっちの割合の方が、多くなってきた気さえする


 「おう、翔!今日もトレーニングか?精が出るな」

 

「あっ!“フルヤさん”おはようございます!」


 練習スタジオに入ってきたのは、古谷二郎ふるやじろう。この『ヤツデアクション』の現代表者であり、側から見れば、“ただの気のいいおじさん”だ


 だが、その正体は特撮の世界では知らない人はいない、3大特撮 ( 戦隊、仮面バイカー、アルトラマン )を制覇した、伝説のスーツアクター“フルヤさん”だ。普段は、外部講師として東王とうおうアクタースクールで教鞭を振るっているが、時々、この練習スタジオに顔を出して、指導してくれる


 「ああ、そういえば翔。この間受けたオーディションあったろ?あれ、合格だってよ」


 「あのオーディション、受かったんですか!?」


 「ハハハ!オレが嘘つくかよ。ほれ、お前は晴れて、“大部屋俳優”から“アルトラマン”だ。ほれ通知書」


 「え!? あのオーディション、『アルトラシリーズ』のオーディションだったんですか!?」


 恐る恐る受け取った、矩谷くたにプロダクションのロゴが描かれた、封筒の中身の合格通知には、“ アルトラマンx(仮称) _スーツアクター:吉原翔 ”と確かに書いてあった。子供の頃からの夢が、こんな形で叶うとは思っていなかった。思わず涙がこぼれ落ちる


 「ありがとうございます...!オレ、頑張ります!」


 「泣くなよ翔!これからだぜ」



 合格通知を受け取ってから1ヶ月半後、採寸、型取りなどを経て、ようやく撮影用のスーツが出来上がった。連絡を受けたオレは、矩谷プロの美術部にお邪魔し、早速試着する。


 「かっこいい...」


 姿見に映っているのは、過去のアルトラマンの特徴を踏襲した精悍な顔つきと、これまでにない赤と青のラインが、銀色の身体ボディに映える、新しいヒーローの姿だった


 そして今日、いよいよテスト撮影の日だ


 着替えにタオル、妻の有紀ゆきが作ってくれた弁当を鞄に入れ、1時間ほど電車に揺られて、東京某所の撮影スタジオにやってきた。あらかじめ受け取っていた入門証を守衛に見せ、教えられた第3スタジオに向かう


 「おはようございます。『ヤツデアクション』の吉原です」


 これまで、オープンセットでの撮影しか経験のないオレは、初めて見るセット撮影の現場の雰囲気に、度肝を抜かれた。背景幕ホリゾントの青空に、天井にぶら下がる複数の照明器具。そして、精巧に作り込まれたミニチュアの建物がズラリとセット上に並べられ、操演の戦闘機が宙釣りになっている


 既に複数の美術スタッフが、セットの中で最後の仕上げと、ギミックの調整を行っていた。その指揮を取っていた、小太りで黒縁メガネの男がオレに気づいて駆けてきた


 「ああ、あなたが吉原さん?おはようございます。特技監督の川北かわきたと申します」


 俺は監督と挨拶を交わし、その後の朝礼で、スタッフ一同に向かって、自己紹介を済ませる。相手役、つまり怪獣のアクターが、同じ事務所の大ベテラン、大岩さんとわかると、『胸を借りることが出来る』と少し気が楽になった


 和気藹々わきあいあいとした雰囲気で、“場当たり”を済ませたら、早速“着付け”に取り掛かる。身体にフィットするアンダーウエアを上下に着て、頭に汗留めのタオルを巻く。念入りなストレッチの後、衣装スタッフの手を借りながら『アルトラマン』のスーツを着て、ブーツやグローブを付けてもらう


 「やっぱ、アトラクション用とは違うな...」


 ヒーローショーに使うスーツとは違い、芯材が多く電飾や装置ギミックの分だけ、撮影用のスーツは重く、視界も悪い。衣装スタッフの手を借りながら、セットに登る。既に大岩さんも、怪獣の着ぐるみを着た状態で、スタンバイしている。スタンバイ完了し、助監督の長澤が声を張り上げた


 「はい!では、撮影テスト始めます。シーンB-35、『アルトラマン登場』からB-36『対時してチョップ一発』まで。お願いしまーす!」


 「はい、じゃあよーい...はい!」


 監督の声と共に、カチンコが鳴った。音を聞いたオレは、変身後の右手を突き上げたポーズから、腰を少し落とし、身体を半身にして構える。怪獣の周りを右に2〜3歩ジリジリと回りながら間合いを詰め、駆け出してチョップを繰り出した


 「ハイ!カット!確認します、お待ちください」


 モニターを見ながら、監督の川北が渋い顔をしながら唸る


 「もう一回だ。イマイチ迫力が出てない。ちょっとさ、カメラをもう少し右下から、アルトラマンを追いかける様に動かしてみよう」


 同じシーンの撮影は、7テイク目を迎えた。俺は暑さと慣れない環境に、疲れを感じていた。そしてまた、カチンコの音が鳴る。構えて、回りながら間合いを詰めて、チョップ


 「カット!OKです!ミニチュア載せ替えます!」


 ようやくOKが出た。俺はスタッフの手を借りながらセットを降りた。工業用扇風機の前に置かれたパイプ椅子に腰を下ろし、グローブを取ってもらい、スーツのジッパーを背中まで下ろしてもらう


 


「うぁ〜あっちぃ〜!あれだけしか動いてないのに、びちゃびちゃだ」


 スタッフが持って来てくれた飲み物を飲みながら、大きな独り言を言う。しばらく涼んでいると、監督が俺の前にやって来た


 「あ、お疲れ様です、吉原さん。あの、もう少し演技大きく、できませんか?うーん、全体的になんだかね、動きが“等身大”すぎるんだよねぇ。なんというかその、“アルトラマンらしさ“がない感じです」

 

 辛辣しんらつな評価だった。ヒーローショーの仕事で、何度かアルトラマンの中身アクターをやったことがあったし、撮影の前日まで、前作『アルトラマンゼビウス』を観て、研究とイメージトレーニングもして、今回の撮影に臨んだ筈だった


 『”アルトラマンらしさ“を十分に理解したつもりでいたのになぁ』と、自信が無くなってきた



 2カットほどの撮影が終わり、昼休憩。気力も体力も限界に近づいている俺は、なんとか愛妻弁当を胃に詰め込むと、椅子に座って仮眠を取り、回復に勤めていた


 「あの、すみません。今、ご挨拶させてください」


 ハッと顔をあげると、スーツを着た中年男性に連れられた、自分より一回り若い青年が声をかけてきた


 「はじめまして、“モロボシ・アスカ”役の三橋みつはしゆたかです。これから1年間、オレたち2人でアルトラマンですね。よろしくお願いします!」


 差し出された手をガッチリと握り、握手をかわす。三橋はすぐさま去っていったが、彼の“言葉”が、俺の心に刺さって離れなかった




 「はい、今日の撮影は以上です!お疲れ様でした!」


 時計の針は18:30。今日は合計6カット撮影して解散となった。スーツを脱ぎ、着替え終わった俺は、撤収作業をしていた、矩谷プロ美術部、造形係長の芦田あしださんに声をかけた


 「練習用にマスクを、お借りすることできますか?」


 「“練習用”ですか...。まだマスクも一般公開ロールアウトしてないので、難しいかと...うーん...あ!ちょっと待っててください!部長に掛け合ってみます」


 そして待つこと30分。芦田さんが息を切らしてこちらに駆けてくる

 

 「ハァハァ...お待たせしました!これなら大丈夫です。撮影ホンバン用と同じところに目穴を開けてあります」


 それは、造形検討用の試作マスクだった。“マスクのデザインの一部を削りとって、特徴を分からなくすれば問題ない”と許可が下りたそうだ。ありがたいことに、固定用のバンドも取り付けてある


 お礼を言い、俺はスタジオを後にした。次の撮影は一週間後。それまでにはモノにしなければならない。この1週間が勝負だと思い立った俺は、まずバイト先である『居酒屋レッドマン』に向かった


 「はい、いらっしゃい...ってあれ?翔じゃん!どした?今日はシフトじゃないだろ?」


 「ああ、しゅんちゃん、いえ店長!実は...」


 俺は秘匿事項に気をつけながら、今後役者の仕事が忙しくなることを話す。そして来週一週間、その特訓のためバイトを休みたいと相談した


 「...わかったよ、翔。ここはなんとかするから、そっちを頑張れよ!」


 「ありがとう、店長!俺、頑張るよ」


 

 そして次の日、オレは『ヤツデアクション』の練習スタジオに入り、特訓を開始した。サウナスーツを着込み、練習用に借りたマスクを被る。スタジオの鏡が映るようにスマホを三脚に固定し、コンテ本通りの動きを取る


 「うーん、動きは間違ってないとは思うんだけどなぁ、“アルトラマンらしさ”って何だ?」


 撮れた動画を確認しつつ、水分補給をしながら悩んでいると、スタジオのドアが、ガチャリと開いた



 「はいおつかれさん。お?翔、なんだ?特訓か?」


 「古谷さん!明日まで出張じゃなかったんですか?」


 「トークショーだったんだけど、先方が悪天候で、延期になったんだよ。ほれ、差し入れだ。飲め」



 冷えた栄養ドリンクを飲みながら、俺は昨日のテスト撮影でのことを話した。すると古谷さんの目付きが変わった


 「よし、オレも付き合うぞ。ちょっと動きやってみろ」


 古谷さんの視線が、容赦なく俺に突き刺さるなか、一通りの動きを見せる。すると、古谷さんはこう尋ねて来た


「翔、アルトラマンって、どんなやつだ?」


「えっと...その...」


 古谷さんはコンテ本の、設定のページを開き読む


 「設定では身長50m、体重34,000t。つまり、渋谷108の建物ぐらいの図体した、“巨人”だ。今のお前の動きは、そんな、巨人には見えないんだよ」


 すると古谷さんは、俺に一旦座って、『やってみるから、動きを見てろ』と言った。驚くべきことに、古谷さんがやってるのはオレと同じ動きの筈だが、着てるはずのないスーツが見えてくるような、そんな動きをしている


 「いいか?いくら高速度カメラで撮影するからといって、それに頼りすぎちゃあいけない。巨人の動きは、基本的にゆっくりやるよう意識しろ。空の上の飛行機は、ゆっくり飛んでるように見えるけど、実際は高速で動いているだろ?ようは、それと同じだ。次に“見得みえ”だ。戦隊やバイカーとは違い、巨大デカい分、見得をしっかりたっぷり取れ。この2つを意識してやってみろ」


 言われたことを意識して動いてみる。途中、ストップがかかり、容赦ないゲキが飛んでくる。その度に、何度もリテイクした。そんな集中講義は、5時間にも渡った


 ヘトヘトの身体で、もう立ってるのも限界な俺にに、古谷さんは、事務所の自販機で買った冷えたスポーツドリンクを差し出してくれた


 「どうだ?何か掴めたか?」


 「...はい、ありがとうございます... なんとなく、

って感じですけど...」


 「そっか。最後にもう一つだけ、アドバイスだ。必殺技のモーションは毎日練習しろ。それがダメなら全てダメってほどの、大切な動きだからな」


「ハイ、ありがとうございました」


「じゃ、あと戸締りとか、しっかりやってな」


 そう言うと、古谷さんは、練習スタジオから出て行った。俺は、あの伝説のスーツアクター、“フルヤさん”からマンツーマンでご指導してもらった嬉しさと、疲労感で、しばらく、床に大の字になったまま動けなかった



 それから俺は、次の撮影日まで、古谷さんから教えてもらったことを意識しながら自主練を重ねた。行き詰まった時は、前作『アルトラマンゼビウス』を見て、動きを研究しすぐに実践してみた。勿論、必殺技のモーションも毎日練習を怠らなかった


 そして迎えた、一週間後の撮影。俺は自信たっぷりに演技をすることができた。一通り撮り終わり、休憩中に涼んでいると、監督がやってきた


 「吉原さん!みちがえたね!素晴らしい!もう教科書にのせたいぐらいに、アルトラマンの動きだ。この調子で、これからも頼むよ吉原さん。いや、『アルトラマンスパーク』!」


 それからオレは『アルトラマンスパーク』として、制作発表会、雑誌の取材、各種イベントの仕事をした。撮影も好調で、NGもほとんどなく進めることが出来た。もう『アルトラマンスパーク』は、俺の一部になっていた




 そして第一話の放映日の朝を迎えた。俺は息子の隆、妻の有紀と共にリビングのソファーに座り、その時を待っていた


 —— 突如、東京に現れた怪獣『ダルガ』。巨大生物対策課 AHCD ( Anti Huge Creature Department office ) の新米隊員ニューフェース、モロボシ・アスカ隊員は、住民の避難誘導の最中、子どもを庇って瓦礫がれきに身体を挟まれた


瀕死のモロボシ隊員は、薄れゆく意識の中で、光の巨人と邂逅かいこう。共に怪獣と戦う意思を示すと、身体が光に包まれ、光の巨人『アルトラマンスパーク』が街に現れた


 その華麗な体術で、怪獣『ダルガ』を弱らせ、必殺技『スパークショット』を放つと、ダルガは爆発四散。そして、掛け声と共に空の彼方へ飛び去って行った


 奇跡的に生還したモロボシ隊員の腕には、『スパークチェンジャー』が巻かれていた。「オレと戦ってくれるのか?アルトラマン」とモロボシ隊員が話しかけると、それに応えるようにキラリと光った ——


 オープニング曲が流れ、クレジットの中に『アルトラマンスパーク 吉原翔』の文字を見つけた。思わず小さくガッツポーズする俺と、涙ぐむ有紀。そして隆は、TVに釘付けになっていた


 「かっこよかった!パパみたい!」


 放映が終わり、呆然とする俺に向かって、隆は興奮気味にそう言った。その発言に一瞬バレたかと思ってドキッとする。俺は、そんな隆を思い切り抱きしめた


「そうだなぁ、かっこいいよな!アルトラマンスパーク!」


 と言って、嬉し涙を誤魔化した



 そして月曜日の朝。妻も隆もまだ寝ている朝の5:30。今日は早朝からの撮影。俺は、念入りに準備をして、玄関で靴をはく。ふと玄関の姿見をみると、自信に溢れた顔の自分が映る


 「デヤッ!」


 掛け声と共に、右腕を垂直に立て、左腕を水平にクロスさせ、必殺技『スパークショット』のポーズをとった


終わり


 

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