ずっと友達
『久しぶり!来月23日土曜日に、クラス会やるんだけどどう?』
俺、
「ただいまー」
玄関の扉を開けるも、誰の返事も帰ってこない。だが、遠く風呂場の方から賑やかな声が、微かに聞こえるので、どうやら妻は、子どもたちとお風呂タイムのようだ。俺はジャケットを脱ぎ捨て、ソファーに寝転ぶと、そのままうたた寝をしてしまった
「.......おい、起きろよ!まさやん!次、移動教室だぜ」
俺は、この声の主を知っている、彰だ。坊主頭に、日に焼けた黒い肌の彼は、ニッと白い歯を見せて笑った。野球で推薦入学した彼は、成績はそこそこだが、案外、真面目に授業を受けていたのを思い出す。どうやら俺は、高校時代の夢を見ているようだ
「ん......うーん、彰、今何限目?」
「何寝ぼけてんだよ、さっき2限目の数学、全部寝てたじゃん、ほら次、3限目の物理、理科室に行くぞ」
手を引っ張られたその時、ハッと夢から覚めた
「......あなた、おかえり。ほら起きて、ご飯食べて」
目が覚めるとそこは、我が家のリビング。時計を見る限り、30分は寝ていたみたいだ。妻の
「パパおかえりー!あのね、ぼく、国語のテストで100点だったんだよ!」
「パパ、おかえり。みーちゃん今日ね、保育園でゆりちゃんとおままごとしたの」
俺は起き上がり、笑顔で子どもたちを抱きしめた。それからおやすみと言って、2階の子供部屋まで送ると、ご飯を食べに下に降りていく。美咲が既に冷めたおかずを温め、ご飯と味噌汁を用意して待っていた
「あなた、さっき寝てた時、すごく楽しそうな顔してたけどなんかいい夢でも見てたの?」
「ああ、高校時代の懐かしい夢だったよ。あ、そうだ。来月の23日、クラス会があるから行ってくるよ」
「わかった、楽しんできてね。そういえば何年振りだっけ?クラス会」
「うーん、そうだなぁ......前が、成人式の時だったから15年ぶりぐらいかな」
そして、クラス会当日。俺は今、車で1時間距離にある地元にいる。実家に遊びに行くついでに、クラス会に参加する魂胆なので、妻と子どもたちも一緒だ。学も澪も、久しぶりに祖母の家にお泊まりするいうこともあり、大はしゃぎしていた
妻に車で送ってもらい、集合場所である、街中のチェーンの居酒屋の前で待っていると、次々に懐かしい顔ぶれが増えていく。ある程度の人数になったので、店内に入って、人数が揃うのを待つことにした
「へぇー!よっしーは、結局、実家の酒屋継いだんだ」
「まあ、3年前に、親父が死んでからコンビニに業務転換したんだけど......これがなかなかきつくって......」
「あれ?白崎さんって、結婚してなかったっけ?」
「実は2年前別れて、今バツイチのシンママなの。もう息子も今年、中学生だし、色々大変よ〜」
「そういえば、知ってる?サッカー部の相楽くん。2月に亡くなったって。自殺だったみたいよ」
久しぶりに会って近況を聞いていると、皆いろんな人生を歩んでいるなぁと、しみじみ思う。だが、見た目や生活環境が大きく変わっても、心の中は高校3年生だったあの頃の、あの教室のようだと感じた
「いらっしゃいませ〜」
居酒屋の店員が、元気の良い挨拶をすると、こんなチェーンの居酒屋の雰囲気に、似つかわしくない派手な格好の男が入ってきた
夜なのにサングラスをかけ、横や後ろを刈り上げた、ツーブロックのヘアスタイルの色黒で小太りの男。胸元はシャツのボタンを外して着崩し、ちらりと見える大きな
「よぉ!お待たせ!みんな久しぶり!」
そんな反社会的な
「もしかして、その声は彰!?随分と、変わったなぁ」
「まさやん!久しぶりだなー!そうかい?そうでもねぇよ、それより早く乾杯しようぜ!乾杯!」
変わり果てたかつての親友の姿に驚きを隠せぬまま、ひとまず乾杯をした。最初はなんだか気まずい雰囲気だったものの、ある程度お酒が入ってから話してみると、彰はあの頃と何にも変わっていなかった
なんだ、『
余り気味の唐揚げをつまみながらビールを飲み、他の同級生と話していると、トイレから戻ってきた彰が隣に座った
「そういえば、まさやん、お前なんの仕事してんだっけ?」
「俺の仕事?ああ、今、ミツワ自動車の田原工場で、品質管理をやってる」
すると彰は、少し馬鹿にしたような表情を浮かべた
「はぁ......なっさけねぇなぁ〜。大学まで行ったまさやんが、底辺職の工場勤務とはねぇ......」
俺は少しムッとする
「工場で働いてるからって、そんな決めつけはよくないんじゃないか?工場でも、大卒なんて当たり前にいるぞ」
だが彰は聞く耳持たずに、はぁ......とため息をつく。そしておもむろに、高級バッグの中から名刺入れを取り出して、中から1枚、俺に渡す
『株式会社 コンチネンタルハピネス 代表取締役社長 田所彰』
「どうだ、まさやん。そんな底辺職なんてとっとと辞めて、俺と一緒に働かないか?」
彰は会社の社長になっていたのだった。驚く俺を、“そうだろう”という表情を浮かべた彰が、聞いてもいないのに話を続ける
「俺の会社は、LANEやTiKTAKで、融資証券を扱う会社......つまり株を転がして儲けている会社だ。まだ非上場だけど、そのうちな。でも今めっちゃ、儲かってるんだぜ。その証拠にほら!」
スマホで何枚かの写真を、俺に見せる彰。事務所だという、高層ビル内の綺麗なオフィス、高級スポーツカーや、高級ホテルの一室。そして、クラブの席で派手な容姿の女性たちを侍らせ、高級シャンパンの瓶を両手に持ち、机の上に札束を置いて、ふざけている写真だ
いかにもというほど、下品な成金の姿に、尊敬ではなく、呆れ返った俺は、彰に尋ねる
「へぇ〜......すごいんじゃない?ところで、彰。お前は結婚しているのか?」
すると、彰は鼻で笑った
「馬鹿だな〜、結婚?ないない。俺は、結婚なんかしない。金があれば、常に若くて股の緩いかわいい女と、セックスできんだからな。まさやん、お前もこっち側の人間になろうや」
「いや、遠慮しとくよ。俺は奥さんを愛してるし、可愛い子どもたちだっている。贅沢な生活とは行かないけど、それはそれで、幸せなんだ」
「じゃあ愛人ってのは?奥さんなんて、どんどんババアになってくだけだぜ。俺と一緒にやれば、いつでも好きな時に、若い女抱き放題だぞ?それに金があれば、その奥さんに、ルイーズ・ビドンだのハルメースの、ハイブラのバッグを買ってやって、黙らせることだってできるんだぞ?」
身勝手で傲慢。そして平凡な俺を馬鹿にしたような彰の態度に、次第に腹が立ってきたが、そんなこともお構いなしに彰は続ける
「まあ、金と女のことはさておき、どうだ。俺と一緒に働こうぜ。友達として、まさやんと一緒に『夢』が見たいんだ」
「......まぁ、考えておくよ」
彰の表情が明るくなり、ガハハと笑って肩を組んだ。俺は、モヤモヤした気分だったが、ただ流されるまま、愛想笑いで誤魔化した。その後、俺は彰に二次会に誘われたが、とてもそんな気が起きなかったので断って、タクシーを呼んだ
「いい返事、期待してるぜ。俺たち友達だろ?」
別れ際に彰は俺とハグし、耳元でそう囁いた
「ただいまー」
スマホの時計は、22時を過ぎていた。玄関の引き戸を開け、リビングに入るとお袋が1人晩酌していた
「おかえりー。あら、正也早かったのね。てっきり朝帰りかと思ってたのに」
「ああ、ちょっとね。あれ?美咲と子どもたちは?」
「もうとっくに寝ちゃったよ。それにしても、まーくんもみーちゃんも、しばらく見ないうちに大きくなったねぇ」
俺は、冷蔵庫の中のビールを貰い、お袋と水要らず他愛もない話をした。そしてすっかり変わってしまった親友の話をすると、お袋は真剣に聞いてくれた
「まぁ......生きていれば、色々あるわよ。友達だと思ってた人がある日、そうではなくなったりね。でもね、お母さんいつも言ってるけど、『金の切れ目が、縁の切れ目』よ。そういうお金儲けの話は、ろくなことにならないんだから」
儲け話を鵜呑みにして借金を作り、蒸発した親父に代わり、女で一つ俺たち3兄弟を育てあげ、借金を全て返済しただけのこともあり、お袋のその言葉が、今の俺の心に強く響いた
クラス会から2週間が過ぎたある日、俺は、午前中の仕事を終え、社食のカレーライスを食べていると、BGM代わりのテレビが、お昼のニュースを伝える
『次のニュースです。SNS上で嘘の投資話を持ちかけ、およそ30万円を騙し取ったとして、詐欺グループのリーダーの男が逮捕されました』
『逮捕されたのは、職業不詳の、田所彰容疑者(35)で、今年3月、架空の会社の経営者を名乗り、SNS上で、“絶対に儲かる”などという謳い文句で、嘘の投資話を持ちかけ、30代男性から、現金50万円を騙し取った疑いが持たれています。警察によりますと詐欺の被害者は、少なくとも80人で、被害金額は4,200万円に上ると見られています』
その名前に、ハッとした俺はスプーンを止めてTVを見ると、フードを目深に被った知ってる顔の男が、項垂れてパトカーに載せられていた
確かに、俺のことを『友達』だと彰は言った。だが、大人になった今はそうではなかったらしい。あの話に乗っかってたら、詐欺の片棒を担がされたあげく、今パトカーに乗せられているのが自分だったかもしれないと思うと、俺はゾッとした
俺は、彰の連絡先をスマホから消去し、かつて友人だった男と、縁を切ることに決めた
終わり
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