ずっと友達

 『久しぶり!来月23日土曜日に、クラス会やるんだけどどう?』


 俺、桜井さくらい正也まさや(35)は、仕事を終え、帰宅途中のバスの中。思考停止の頭でスマホをいじっていると、そんなメッセージが飛び込んできた。メッセージの主は、高校の頃の親友、田所彰たどころあきら。懐かしい親友からきた、メッセージに、二つ返事で『オッケー!絶対行く!』承諾のメッセージを返した


 「ただいまー」


 玄関の扉を開けるも、誰の返事も帰ってこない。だが、遠く風呂場の方から賑やかな声が、微かに聞こえるので、どうやら妻は、子どもたちとお風呂タイムのようだ。俺はジャケットを脱ぎ捨て、ソファーに寝転ぶと、そのままうたた寝をしてしまった


 「.......おい、起きろよ!まさやん!次、移動教室だぜ」

 

 俺は、この声の主を知っている、彰だ。坊主頭に、日に焼けた黒い肌の彼は、ニッと白い歯を見せて笑った。野球で推薦入学した彼は、成績はそこそこだが、案外、真面目に授業を受けていたのを思い出す。どうやら俺は、高校時代の夢を見ているようだ


 「ん......うーん、彰、今何限目?」


 「何寝ぼけてんだよ、さっき2限目の数学、全部寝てたじゃん、ほら次、3限目の物理、理科室に行くぞ」


 手を引っ張られたその時、ハッと夢から覚めた



 「......あなた、おかえり。ほら起きて、ご飯食べて」


 目が覚めるとそこは、我が家のリビング。時計を見る限り、30分は寝ていたみたいだ。妻の美咲みさき(31)と長男のまなぶ(8)、そして長女のみお(5)が、俺の顔を覗き込んでいた


 「パパおかえりー!あのね、ぼく、国語のテストで100点だったんだよ!」


 「パパ、おかえり。みーちゃん今日ね、保育園でゆりちゃんとおままごとしたの」


 俺は起き上がり、笑顔で子どもたちを抱きしめた。それからおやすみと言って、2階の子供部屋まで送ると、ご飯を食べに下に降りていく。美咲が既に冷めたおかずを温め、ご飯と味噌汁を用意して待っていた


 「あなた、さっき寝てた時、すごく楽しそうな顔してたけどなんかいい夢でも見てたの?」


 「ああ、高校時代の懐かしい夢だったよ。あ、そうだ。来月の23日、クラス会があるから行ってくるよ」


 「わかった、楽しんできてね。そういえば何年振りだっけ?クラス会」


 「うーん、そうだなぁ......前が、成人式の時だったから15年ぶりぐらいかな」



 そして、クラス会当日。俺は今、車で1時間距離にある地元にいる。実家に遊びに行くついでに、クラス会に参加する魂胆なので、妻と子どもたちも一緒だ。学も澪も、久しぶりに祖母の家にお泊まりするいうこともあり、大はしゃぎしていた


 妻に車で送ってもらい、集合場所である、街中のチェーンの居酒屋の前で待っていると、次々に懐かしい顔ぶれが増えていく。ある程度の人数になったので、店内に入って、人数が揃うのを待つことにした


 「へぇー!よっしーは、結局、実家の酒屋継いだんだ」


 「まあ、3年前に、親父が死んでからコンビニに業務転換したんだけど......これがなかなかきつくって......」


 「あれ?白崎さんって、結婚してなかったっけ?」


 「実は2年前別れて、今バツイチのシンママなの。もう息子も今年、中学生だし、色々大変よ〜」


 「そういえば、知ってる?サッカー部の相楽くん。2月に亡くなったって。自殺だったみたいよ」


 久しぶりに会って近況を聞いていると、皆いろんな人生を歩んでいるなぁと、しみじみ思う。だが、見た目や生活環境が大きく変わっても、心の中は高校3年生だったあの頃の、あの教室のようだと感じた


 「いらっしゃいませ〜」


 居酒屋の店員が、元気の良い挨拶をすると、こんなチェーンの居酒屋の雰囲気に、似つかわしくない派手な格好の男が入ってきた


 夜なのにサングラスをかけ、横や後ろを刈り上げた、ツーブロックのヘアスタイルの色黒で小太りの男。胸元はシャツのボタンを外して着崩し、ちらりと見える大きな錦鯉いれずみを、金色のチェーンネックレスが強調させている。腕には高そうな時計を2本、これ見よがしに巻き、そして誰もが知る、市松模様モノグラムの高級ブランドのセカンドバッグを掲げている


 「よぉ!お待たせ!みんな久しぶり!」


 そんな反社会的なナリの男は、こっちに向かってそう話しかけてきた

 

 「もしかして、その声は彰!?随分と、変わったなぁ」


 「まさやん!久しぶりだなー!そうかい?そうでもねぇよ、それより早く乾杯しようぜ!乾杯!」


 変わり果てたかつての親友の姿に驚きを隠せぬまま、ひとまず乾杯をした。最初はなんだか気まずい雰囲気だったものの、ある程度お酒が入ってから話してみると、彰はあの頃と何にも変わっていなかった


 なんだ、『杞憂きゆう』だったかと、俺は安心した


 余り気味の唐揚げをつまみながらビールを飲み、他の同級生と話していると、トイレから戻ってきた彰が隣に座った


 「そういえば、まさやん、お前なんの仕事してんだっけ?」


 「俺の仕事?ああ、今、ミツワ自動車の田原工場で、品質管理をやってる」


 すると彰は、少し馬鹿にしたような表情を浮かべた


 「はぁ......なっさけねぇなぁ〜。大学まで行ったまさやんが、底辺職の工場勤務とはねぇ......」


 俺は少しムッとする


 「工場で働いてるからって、そんな決めつけはよくないんじゃないか?工場でも、大卒なんて当たり前にいるぞ」


 だが彰は聞く耳持たずに、はぁ......とため息をつく。そしておもむろに、高級バッグの中から名刺入れを取り出して、中から1枚、俺に渡す


 『株式会社 コンチネンタルハピネス 代表取締役社長 田所彰』


 「どうだ、まさやん。そんな底辺職なんてとっとと辞めて、俺と一緒に働かないか?」


 彰は会社の社長になっていたのだった。驚く俺を、“そうだろう”という表情を浮かべた彰が、聞いてもいないのに話を続ける


 「俺の会社は、LANEやTiKTAKで、融資証券を扱う会社......つまり株を転がして儲けている会社だ。まだ非上場だけど、そのうちな。でも今めっちゃ、儲かってるんだぜ。その証拠にほら!」


 スマホで何枚かの写真を、俺に見せる彰。事務所だという、高層ビル内の綺麗なオフィス、高級スポーツカーや、高級ホテルの一室。そして、クラブの席で派手な容姿の女性たちを侍らせ、高級シャンパンの瓶を両手に持ち、机の上に札束を置いて、ふざけている写真だ


 いかにもというほど、下品な成金の姿に、尊敬ではなく、呆れ返った俺は、彰に尋ねる


 「へぇ〜......すごいんじゃない?ところで、彰。お前は結婚しているのか?」


 すると、彰は鼻で笑った


 「馬鹿だな〜、結婚?ないない。俺は、結婚なんかしない。金があれば、常に若くて股の緩いかわいい女と、セックスできんだからな。まさやん、お前もこっち側の人間になろうや」


 「いや、遠慮しとくよ。俺は奥さんを愛してるし、可愛い子どもたちだっている。贅沢な生活とは行かないけど、それはそれで、幸せなんだ」


 「じゃあ愛人ってのは?奥さんなんて、どんどんババアになってくだけだぜ。俺と一緒にやれば、いつでも好きな時に、若い女抱き放題だぞ?それに金があれば、その奥さんに、ルイーズ・ビドンだのハルメースの、ハイブラのバッグを買ってやって、黙らせることだってできるんだぞ?」


 身勝手で傲慢。そして平凡な俺を馬鹿にしたような彰の態度に、次第に腹が立ってきたが、そんなこともお構いなしに彰は続ける


 「まあ、金と女のことはさておき、どうだ。俺と一緒に働こうぜ。として、まさやんと一緒に『夢』が見たいんだ」


 「......まぁ、考えておくよ」


 彰の表情が明るくなり、ガハハと笑って肩を組んだ。俺は、モヤモヤした気分だったが、ただ流されるまま、愛想笑いで誤魔化した。その後、俺は彰に二次会に誘われたが、とてもそんな気が起きなかったので断って、タクシーを呼んだ


「いい返事、期待してるぜ。俺たち友達だろ?」


 別れ際に彰は俺とハグし、耳元でそう囁いた


 


 「ただいまー」


 スマホの時計は、22時を過ぎていた。玄関の引き戸を開け、リビングに入るとお袋が1人晩酌していた


 「おかえりー。あら、正也早かったのね。てっきり朝帰りかと思ってたのに」


 「ああ、ちょっとね。あれ?美咲と子どもたちは?」


 「もうとっくに寝ちゃったよ。それにしても、まーくんもみーちゃんも、しばらく見ないうちに大きくなったねぇ」


 俺は、冷蔵庫の中のビールを貰い、お袋と水要らず他愛もない話をした。そしてすっかり変わってしまった親友の話をすると、お袋は真剣に聞いてくれた


 「まぁ......生きていれば、色々あるわよ。友達だと思ってた人がある日、そうではなくなったりね。でもね、お母さんいつも言ってるけど、『金の切れ目が、縁の切れ目』よ。そういうお金儲けの話は、ろくなことにならないんだから」


 儲け話を鵜呑みにして借金を作り、蒸発した親父に代わり、女で一つ俺たち3兄弟を育てあげ、借金を全て返済しただけのこともあり、お袋のその言葉が、今の俺の心に強く響いた



 

 クラス会から2週間が過ぎたある日、俺は、午前中の仕事を終え、社食のカレーライスを食べていると、BGM代わりのテレビが、お昼のニュースを伝える


 『次のニュースです。SNS上で嘘の投資話を持ちかけ、およそ30万円を騙し取ったとして、詐欺グループのリーダーの男が逮捕されました』


『逮捕されたのは、職業不詳の、田所彰容疑者(35)で、今年3月、架空の会社の経営者を名乗り、SNS上で、“絶対に儲かる”などという謳い文句で、嘘の投資話を持ちかけ、30代男性から、現金50万円を騙し取った疑いが持たれています。警察によりますと詐欺の被害者は、少なくとも80人で、被害金額は4,200万円に上ると見られています』


 その名前に、ハッとした俺はスプーンを止めてTVを見ると、フードを目深に被った知ってる顔の男が、項垂れてパトカーに載せられていた


 確かに、俺のことを『友達』だと彰は言った。だが、大人になった今はそうではなかったらしい。あの話に乗っかってたら、詐欺の片棒を担がされたあげく、今パトカーに乗せられているのが自分だったかもしれないと思うと、俺はゾッとした


 俺は、彰の連絡先をスマホから消去し、かつて友人だった男と、縁を切ることに決めた


 終わり

 

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