◆第三章 光の明滅

 夜もけ日付が変わる。

 日当たりが悪い寮の一階の自室で僕は深いため息をらす。 

 彼女と出会ったあの日、丘から帰り部屋でくつろいでいると寮長に呼び出された。なぜだろうと思いながらおもむくと、そこには星学せいがくの担当教師がいて、授業をサボったことに付いて説明を求められた。

 体調不良で早退したとしらを切ろうとしたが、なぜかあの丘に行ったことがバレている。言い訳も出来できず、それから小一時間ほど嫌みのいた説教を頂戴ちょうだいした後、罰として特別課題の提出を言い渡されて、今にいたる。

 全くに落ちない。なぜバレたんだろう。制服に発信機でも仕込まれているんだろうか。そんな疑問をいだきながら、ちっとも進まない課題に取り組む。

 テーマは

主星しゅせいによる超新星爆発ちょうしんせいばくはつとその惑星系内わくせいけいないにある天体への影響』

 教師きょうしいわく ――、

超新星爆発ちょうしんせいばくはつの過程と、その惑星系内わくせいけいないにある天体がどのような影響を受けるのかを知ることは、我々が住んでいるこの星がどのような最後を迎えるかを知るということです。時期的にも大変良く、とても有意義ゆういぎな課題となるでしょう」

 とのことらしい。その上。

出来できるだけ丁寧ていねいに解りやすくまとめることを心掛こころがけましょう。あなたはいつも言葉が足らない。相手のことを良く考えて、伝える訓練だと思って取り組みなさい。それがあなたのためです」

 いらぬ世話せわを焼かれて辟易へきえきした。大きなため息をいてから、手首に着けた端末を起動させ、データベースにアクセスして超新星ちょうしんせいの記録をあさる。様々さまざまな美しい画像と共に資料が表示され、それをもとに課題を進めていく。

 ―― 我々が住む惑星系わくせいけいの中心にある太陽は一・九八九×十の三十一乗キログラムの質量しつりょうを持つ恒星こうせいである。

 恒星こうせいとはみずから光を放つ、ガスで構成された星をいう。夜空に輝く星々は全て恒星こうせいである。恒星こうせいは内部で核融合かくゆうごうが常に起こり、絶え間ない爆発と発光を繰り返している。

 核融合かくゆうごうとは、複数の原子が衝突しょうとつして融合ゆうごうする現象をいう。核融合時かくゆうごうじに放出されるエネルギーは膨大ぼうだいで大きな爆発と共に強い光を放つ。

 生まれたての恒星こうせい質量しつりょうの九十パーセントを水素でめており、この水素が核融合かくゆうごうを起こす燃料となる。放出されるエネルギーのほとんどが水素による核融合かくゆうごうである。

 恒星こうせいの内部で水素同士が衝突ちょうとつして融合ゆうごうするとヘリウムが誕生する。ヘリウムが増えてヘリウム同士が衝突しょうとつ融合ゆうごうするとベリリウムが誕生する。またまれに三つのヘリウムが衝突しょうとつ融合ゆうごうすると炭素が誕生する。炭素とヘリウムが融合ゆうごうすると酸素が生まれ、酸素とヘリウムが融合ゆうごうするとネオンが生まれる。ネオンはヘリウムと融合ゆうごうしてマグネシウムとなる。同じように核融合かくゆうごうは繰り返され、ケイ素、イオウ、カルシウム等が誕生し、最後に鉄が生まれる。

 このように恒星こうせいの内部では連鎖的れんさてき融合ゆうごうが繰り返されて、ヘリウムから鉄までの二十五個の元素がこの世に生み出される。このような現象を【恒星内元素合成こうせいないげんそごうせい】といい、この事象じしょうこそが先にげた元素の起源となる。

 誕生した元素は恒星内部こうせいないぶ蓄積ちくせきしていき、中心核ちゅうしんかくを生成していく。

 恒星内部で炭素が誕生し始め、ヘリウムが激減すると星はまたたく間に老いて行き、最後に誕生する鉄が恒星の崩壊ほうかいを引き起こす。

 鉄は元素の中で最も安定している元素の一つであるため核融合かくゆうごうの力ではこれ以上の融合ゆうごうは起こせない。鉄は徐々に増えて行き、星の中心核ちゅうしんかくとして肥大し続ける。星の内部は高温高圧であるため中心核ちゅうしんかくは熱され温度を上げていく。その温度が百億度を超えた時、鉄は光を放ちながらヘリウムと中性子に分解される。この現象を鉄の光分解ひかりぶんかいといい、吸熱反応きゅうねつはんのうをもたらす。恒星こうせい核融合かくゆうごうで作られる熱エネルギーは鉄の光分解ひかりぶんかいで根こそぎうばわれる。これは外に向かうエネルギー、つまり斥力せきりょくの消失を意味する。

 星は引力いんりょく斥力せきりょくのバランスにより形が保たれている。鉄の光分解ひかりぶんかいにより斥力せきりょくは消滅し、引力いんりょくだけになると物質ぶっしつは星の中心へと落ちて行き、星は一気に収縮しゅうしゅくしてしまう。

 この時、中心部では鉄の光分解ひかりぶんかいで生まれた大量の中性子ちゅうせいしが限界まで収縮しゅうしゅくして核を形成する。核が形成された中心部では、外層部よりも先に収縮しゅうしゅくが停止するのだが、外層部は依然いぜんとして収縮しゅうしゅくを続ける。そして、外層部が先に収縮しゅうしゅくを止めた核と衝突しょうとつし、強烈な衝撃波が形成される。その衝撃波で恒星こうせいは粉々に吹き飛ばされ、最後に圧縮あっしゅくされて出来でき中性子ちゅうせいしの核だけが残る。

 これが超新星爆発ちょうしんせいばくはつという現象であり、私達の主星しゅせいが迎える最後である。この爆発のエネルギーにより新たな核融合かくゆうごうが起き、コバルトやニッケルが誕生する。この現象を【超新星元素合成ちょうしんせいげんそごうせい】という。

 超新星爆発ちょうしんせいばくはつで残った核は中性子星ちゅうせいしせいと呼ばれる天体となる。中性子星ちゅうせいしせいは十キロメートル程度と極端に小さい天体ではあるが、見た目に反して質量しつりょうは巨大で、角砂糖一個程の大きさで約一兆キログラムという途方もない重さをゆうす。また、自転速度も高速で一秒間に百回から数百回という速さで回転している。

 超新星爆発ちょうしんせいばくはつを起こした主星しゅせい、つまり太陽の公転軌道を回っていた星々は、超新星ちょうしんせいの爆発により粉砕、または致命的ちめいてき損壊そんかいを受ける。爆発により太陽の引力と惑星わくせいかる遠心力えんしんりょくで釣り合いが取れていた公転軌道のバランスは崩壊ほうかいする。バランスを保てなくなった惑星わくせいは、次第に中性子星ちゅうせいしの強力な引力に引き寄せられ、最後には粉々に破壊されてしまう。

 気体で構成されているガス惑星わくせいの場合は、引き寄せられるにつれ、ガスを巻き取られ、徐々に小さくなり、最後には消えて無くなってしまう。

 岩石や金属で構成されている岩石惑星がんせきわくせい ―― 我々の住む星や月と同じ種類の惑星わくせいの場合は、まず大気をうばわれ、次に表層の地殻ちかくがめくり取られる。最後にはマントルや核まで引きちぎられて粉々になり、うずきながら中性子星ちゅうせいしせいに引き寄せられる。

 粉々になって引き寄せられた物質ぶっしつは、円盤状えんばんじょう中性子星ちゅうせいしせいの周りをしばらくのあいだただようが、最終的に中性子星ちゅうせいしせいの磁場の流れに乗り、遠心力えんしんりょくの弱いきょく、つまり自転軸へと集まり収束しゅうそくし、圧縮されていく。限界まで圧縮された物質ぶっしつは元素にまで分解され、高エネルギーのプラズマと化す。そして、それが許容量きょようりょうを超えた瞬間、光に近い速さで一気に放出される。

 これがジェットである。これにより元素は遠い宇宙へと運ばれる。

 つまり主星しゅせいの死は、惑星系わくせいけいにある全ての星の消滅を意味し、同時にそれらを構成していた元素を広大な宇宙へとまき散らす ―― と書きつづる。

 課題もようやく終わりそうな頃、突然とつぜんまどを叩く大きな音がした。

 予期せぬ出来事に驚き、窓に目をやる。何度も叩かれ、窓枠全体わどわくぜんたいが音と共にれる。枝や何かが風に吹かれて当たったのとは違う。規則的に繰り返される人為的じんいてきなものだった。つまり、人がいる。警戒しつつ窓を開けると ―― あの丘の少女が一人で立っていた。

 予想外の出来事に目を見張みはり立ち尽くす。

 ―― どうして?

 ―― ここに?

 ―― あの遠い教会から?

 ―― こんな遅くに?

 ―― どれだけの時間をかけて?

 ―― そもそもなぜ、ここを知ってるんだ?

 次々とき上がる疑問に対処できず固まる僕に、

「お邪魔じゃましてもいいかしら」

 と、か細い声で彼女はいた。

 しばらく逡巡しゅんじゅんするも、いいよと答え、窓から手を差し伸べる。

 

 彼女をまねき入れた後、とりあえず椅子いすに座らせて温かい飲み物を用意した。その間、お互いに何も言わなかった。

 僕は隣の椅子いすに腰を下ろし、彼女と向かい合う格好かっこう

「どうしたの」

 とたずねると、うん、と良く解らない答えを返してうつむいてしまう。

「なんで僕の寮を知っていたの」

 と聞かずにはいられない質問をすると

「聞いたの」

 少し顔を上げ、彼女は小さく答えた。

「誰に?」

「学校の人に。連絡して、丘で会ったことを話して、アモルのことを教えて欲しいって、お願いしたら教えてくれたの。なぜか向こうからとても感謝されたわ」

 と彼女は言った。  

 僕は首をらしうつむく。


 君が ―― 犯人か。

 

 不可解な謎は唐突とうとつに解けた。

「どうしたの?」

 彼女は何も分からないようで、不思議そうに聞いてくる。

「いや、何でもない」

 と手をかざし、うつむいたまま返答する。

 一つ呼吸を置いて、

「それより、そっちがどうしたの?」

 と顔を上げてたずねると、

「……今日、あなたが言ったことをみんなに話したら、教義きょうぎはんするって頭ごなしに怒るの……。ちっとも聞く耳を持たずによ、ひどいと思わない?」

 と話してくれた。少ししゃべったことで気持ちがほぐれたのだろう。やっとここに来た理由を話してくれた。

 だけど、ひどいと言われても困ってしまう。どう教義きょうぎに反しているのかが分からないので肯定も否定も出来ない。そもそも星教せいきょうについての知識もあやふやであやしい、と正直に話すと、

「……仕方しかたないなぁ、じゃあ、私が一から教えてあげるわ」

 困った素振そぶりを見せながらも、彼女は嬉しそうに答える。

 つぶらな瞳に光が差して、きらめきを取り戻していく。

 

 いい、心して聞いてねと ―― 嬉々ききとして顔を近づける。相変わらず彼女の距離感は近い。僕は少し身を引くが、おかまい無しに話始めた。

「まず宇宙にはね、たった四種類の『種』しかなかったの。暗闇の中で四つの種が静かにたゆたっていたのよ。その種は永い年月をて、ゆっくりと一所ひとところに集まり出すの。まるで互いに引かれ合うように。そして、集まりかたまりになった種達は奇跡を起こす。どういう奇跡かっていうとね、この世に光をもたらしたの。星という名のとおとい光を。それまで宇宙は暗闇くらやみで何もなかったの。そこに突然とつぜん光が生まれたのよ。とっても凄いことでしょ!」

 正に奇跡よと、彼女の瞳はさらきらめいて、爛爛らんらんとした輝きを放つ。   

 僕には輝く理由がさっぱり分らない。とりあえず、彼女が言わんとしていることを、自分なりに解説してみる。

「つまり、言い換えると初期の宇宙には四種類の元素しかなかった。具体的に言うと、水素とヘリウム、リチウム、ベリリウムの四つ。それらが永い年月をかけて、部屋のすみまるほこりのように集積しゅうせきしていく。それからちりもれば何とやらで、集積しゅうせきされたそれは質量しつりょうを、すなわ引力いんりょくを持つようになる ――」

 と自分の知識をそらんじる、彼女の変化も気付かずに。

「 ―― その引力はさらに多くの元素を引き寄せ巨大になる。この時、中心にかる圧力はとても強くなり、ついには臨界点を超えて水素核融合すいそかくゆうごうを引き起こす。引き起こされた核融合かくゆうごうは、大量にある水素を元に反応し続け、絶え間ない爆発を繰り返し強い光を放つ。これが宇宙史上初の光輝ひかりかがやく天体、恒星こうせいが生まれた瞬間だね。さっきの話は恒星誕生こうせいたんじょうのプロセスを物語の体裁ていさいで説明している ――」

 そういうことだよね、とあらためて彼女を見ると、信じられないという顔で僕を見ていた。

「何なの、その浪漫ろまん欠片かけらもない言い方。ほこりちりに例えるなんて。それじゃ、まるで、部屋を掃除しないで放置すれば、勝手に星が生まれるって言ってるようなものじゃない」

「宇宙規模の部屋と水素と時間が在れば」

 と思ったままを口にすると、彼女は話の腰を折らないでと、不満そうに僕の答えを切って捨てた。

 彼女は小さなため息をし、一旦いったんを置いてから、

「いい、奇跡は宇宙に光をもたらしただけじゃ終わらないの。私達に関わるとても凄いことが起こったのよ。その星は輝くだけではなくて、この世に存在しなかった種を新たに誕生させたの。この宇宙でたった四つしかなかった種は、光よって沢山たくさんの仲間が増えたのよ。光の中で生まれはぐくまれていく種。その光はまるで赤子をはぐくむ母親のように神聖でとうとい存在 ――」

 彼女はそう言って目をつむり、両の手を胸に当てる。まるで自分の中で何かが生まれているかのように ―― その仕草しぐさいのりをささげるようにも見えた ―― が、先程と同じく僕には全く響かず、知識という無用な親切心が言葉の補間ほかん再度試さいどこころみようとする。

「それってつまり、恒星こうせいの内部で起こる恒星内元素合成こうせいないげんそごうせいのことで、ヘリウムから鉄までの二十五個の元素が、核融合かくゆうごうによって新たに生み出されたことを ――」

 その時、彼女が悪鬼あっきのような形相ぎょうそうにらんでいるのに気付き、あわてて知識に自粛じしゅくうながし、大人しく静聴せいちょうすることに決めた。

 彼女は何事も無かったように話を進める。

「だけどね、星にも寿命があって、いつかは死んでしまうの。それは悲しいことではなくて、ただ形が変わるだけ。どういう風に形が変わるかっていうとね、星という形を捨てて本来の種に戻るの。その種は星が死ぬ時に、広大な宇宙へと拡散され運ばれて行くのよ。その運ばれた種は次の命へとがれてつむがれる。つむがれ運ばれる命。まさしく運命でしょ。私達がどんな人生を歩もうと運命は変わらない。全ては星のことわりの中に ―― だから、さびしくなんてないわ」

 なぜか彼女は遠い目をしている。とても、らしくない表情だ。言葉をけようとしたが、何と言っていいのか分からない。

 思いあぐねるその挙動きょどうを見て、またらぬ口をはさむのだと勘違かんちがいしたようで、彼女は僕のほほを両の手ではさみ、目を見据みすえて、ちゃんと聴いてとたしなめる。

 圧迫あっぱくされて、ひょっとこのような顔になりながら視線を前に置く。

 間近にある彼女の顔。

 心がざわつく。

 早く離れたくて、僕は何度もうなずく。

 彼女はそれを見て、ようやく手を放してくれた。

「いい、星は死の間際まぎわにね、最後の力を振り絞って、今まで育んできた新たな種を広大な宇宙に広めようとするの。今際いまわきわに見せる姿は様々さまざまで、どれも本当に素晴すばらしいのよ。沢山たくさんの色がじり合って幻想的げんそうてきで、壮大そうだいで、命の美しさを感じるわ。その姿はばたくちょうのようだったり、猫の眼のようだったり、カニの甲羅こうらのようだったりするのよ。その中でも私が一番好きなのは、咲きほこ大輪たいりんはなのような姿なの」

 星の死、つまり超新星ちょうしんせいのことだ。僕は先ほどアクセスしていた課題の資料を彼女に見せた。

「これよ! これ! とっても綺麗きれいでしょ!」

 資料の画像を一つ選び、僕にうれしそうに見せる。

 その超新星ちょうしんせいは確かに大輪たいりんはなのようで美しく、一本のジェットがはなの中心から花柱かちゅうのように伸びていた。

「ほんとに綺麗きれいだ」

 ありのままの感想を素直すなおべた。 

「私もいつかこんな風に……」

 憧憬どうけい眼差まなざしを持って彼女はつぶやく。

 それは無理だろうと思ったが、何も言わないことにした。折角せっかく機嫌きげんが直ったのに、余計よけいな一言でへそを曲げれば後が怖い。僕はそこには触れずに話をつなぐ。

恒星内元素合成こうせいないげんそごうせい超新星ちょうしんせい中性子星ちゅうせいしせい同士の合体、その他にも様々さまざまな現象をて、元素は、いや種は更に種類を増やしていった。そして新たに生まれた種は、超新星ちょうしんせいが引き起こす爆発やジェットによって、広大な宇宙へと拡散されたんだね」

 彼女は満面まんめんみを浮かべて、言葉を引きぐように話し出す。

「広大な宇宙に拡散された様々さまざまな種は共に引かれ合い、また新しい星として生まれる。時には新たな種を生み、時には取り込んで、星は生と死を繰り返す。そのサイクルが星のことわり。私達の教義きょうぎの一つよ。そのことわりの中で輝かない星も生まれたわ。だけど、それには大きな意味があったの。その星にも様々さまざまな種が降りそそいで、とうとう命が誕生したのよ。そう、つまり ―― 私達生命体が誕生したの! 私達はね、まだ稀有けうな存在なの。唯一ゆいいつ心や魂を持っているの。だから同じ所にとどまっててはだめ。この広大な宇宙に広めて行かなければならないの。今まで星がそうして来たように。それにね。私達が生まれたように、私達も新しい何かを生むための『種』なのかも知れないでしょ」

 彼女は嬉々ききとして語り、僕は思考の海へともぐって行く。

 人を構成する元素はリン、鉄、炭素、マグネシウム、ニッケル、酸素、カルシウム、その他合わせて三十種類近くの元素で構成されている。める割合に差はあるものの、どれも人体には不可欠だ。

 宇宙にたった四種類しかなかった元素は、星々が起こす自然作用によって、様々さまざまな種類の元素を生み出して現在にいたる。つまり星々の生と死のいとなみによって、僕達を形作かたちづくる元素が生まれたんだ。そのいとなみこそ ―― 生命の起源だ。彼女の言った私達に関わるとても凄いことって、この事実を指していたんだ。

 僕の思考を見透みすかすように彼女は、

「私達は何処どこから来たのか考えたことある? その答えは連綿れんめんと繰り返されて来た星がつむぐ生と死の果てから」 

 そして何処どこに向かうのか ―― そう僕にける。

 すると脈絡みゃくらくなく唐突とうとつに、

「アモル、手を出して」

 と彼女は右の手の平を突き出してくる。

 少し驚いたが手を合わせろということだろう。ためらいつつも左手の平を、彼女の手の平に合わせようと腕を伸ばす。

 彼女に ―― 触れる、手から伝わるほのかな温もり。

 そこから引き込まれて行くような錯覚さっかく

 僕はなぜかおくしている。

 近づくことも、触れることも。

 彼女は話し始める。

 僕をぐと見詰みつめたまま ―― 。

「私たちは主義も主張も違うけど、こうやって触れ合うことが出来できる。例え人種や肌の色が違っても。困っていれば助けることが出来できるし、泣いているならなぐさめることも出来できる。楽しいことがあれば一緒に喜ぶことだって出来できる。そうやって引かれ合うの。心にみちびかれて」


 ―― でもね、と彼女はつむぐ ――


「人の心はくらなの。悪い意味じゃないわよ。状況や環境に合わせて、自分の心を押し込んで、いつの間にか分らなくなるの。人は外に目を向けて、自身の心に盲目もうもくになる。そして、そのことに気付きもしない。自分の心が見えないってことはね、そこがくらだから。だから人の心はくらなの」


 ―― 手の平の強張こばわりが次第しだいに抜けて ――


「いい、私達は引かれ合うの。星が誕生する時のように。そして色んな感情を生み出すわ。楽しい気持ち、嬉しい気持ち、時には悲しい気持ち。それは星のように輝いては消えていくの。私達の心はくらだけど、感情という一瞬の光りが輝いた時に、少しだけ自分の心が見えるのよ。その輝きを道標みちしるべに私たちは生きて行くの」


 ―― 弛緩しかんした指の隙間すきまに、互いの指先がすべむ ――


くらな宇宙で輝く星という光。真っ暗な心で輝く感情という光。その繰り返される明滅めいめつは、生と死を繰り返し受けがれて行く命のいとなみ。人も星も同じ。私達は星のようで、星も私達のようでしょ」


 ―― そう言って彼女は微笑ほほえみ、そして ――


「一緒なの。生も死もある。星が死ぬ時、自分を構成していた様々さまざまな種を広大な宇宙に広め、新たな星や命をつむぐというのなら ――」


 ―― 不意ふいに手を放す ――


「―― 共に歩むの。それが星の子。だから雲に乗って旅立つの。ジェットにみちびかれて」

 雲? ジェット? 僕の分らないという表情を察して、

「言うなれば、最新技術の粋を結集した箱舟かな。特別な結晶に変換して遠い彼方の ――」

 

 その時、突然ノックの音が部屋に鳴り響いた。


 その音に僕も彼女も固まる。

 窓に目をやるとすでに空がしらんでいる。

 再びノックが響く。

 彼女を見る。

 彼女はゆっくりうなずく。

 僕は腹をくくり玄関に向かった。

 ドアを開けると、そこには寮長がいた。

 部屋の明かりが朝まで点いたままだったので、心配になったそうだ。身体に気を付けてくださいね、とねぎらってくれる。僕は大丈夫です、と手短に答え、早く話を切り上げようとした。

 その時、突然寮長が僕の肩越かたごしに中をのぞき込もうとする。一瞬何かがぎったと言う。気のせいですよ、と取りつくろいながら礼を言い、そそくさとドアを閉めた。

 どっと疲れた。

 安堵あんどして振り返ると、窓が開きれている。

 彼女の姿は何処どこにもなく、どうやら帰ったようだ。

 彼女はいつも唐突とうとつに現れ、唐突とうとつに去って行く。

 机に目をやると、殴り書きの手紙が置いてあった。

 

 ―― 明日、同じ時間、あの丘で ――

 

 窓から差し込む日差ひざしは、すっかり昇ってまぶしい。

 結局、彼女が怒られた理由は分らず仕舞じまいだ。

 それと何かを忘れている ―― そうだ、名前だ。

 怒るだろうけど、次はちゃんと聞かないと。

 頭があんまり、働かない。

 本当に疲れた。

 少し寝ようとベッドの上に体を投げ出す。 

 今日は色んなことがあった。

 学校を飛び出して、丘に行って、自由になって、あの子が出てきて、帰るとおこられて ―― めんどうな課題をやらされて ―― また、あのこが、あらわれて ―― ふしぎな、はなしを ―― 。

 

 ―― 悲しいことではなくて ――

 ―― ただ形が変わるだけ ――

 ―― 本来の種に戻るの ――

 ―― 彼女は微笑み ――

 ―― 命をつむぐというのなら ――

 ―― 不意ふいに手を放す ――

 ―― 共に歩むの。それが星の子 ――

 

 その瞬間、まどろみから目覚め身を起こす。

 それって ―― どういうことだ。


 翌日、あの丘に向かった。

 だけど、いくら待っても彼女は現れなかった。


     ********************     


 二度目の眠りから目覚めた彼は、いつも物憂ものうげに窓の外をながめてばかりだ。バイタルもかんばしくない。筋力もかなり低下している上に食事もあまり取ろうとしない。食欲をうながすためにも運動を進めるが相手にもされない。このままではいけないと分かってはいるが、本人の意思がなければどうしようもない。それに彼は私をけている。あの事件が起因きいんしているのだろうか。信用のない内は何を言っても無駄むだだろうが、ほっとく訳にもいかない。どうすれば信用をられるのだろう。どうすれば彼の理解をられるのだろう。どうすれば私の言葉を届けることが出来できるのだろう。

 まずは ――

 彼と共にいよう。出来できるだけ彼に寄り添うようにつとめよう。彼がる情報を同じプロセスで同じように認識して、彼が置かれた状況を共感できるように ――。それが今、私に出来でき唯一ゆいいつのことだと思えた。

 彼はラウンジにり、いつものように窓の外をながめていた。

「いつもここにいますね。そらを見ながら何を考えているのですか?」

 彼は何も答えない。こちらを見ようともしない。只々ただただ物憂ものうげにそらに横たわるジェットをながめている。私は彼と共にこの景色をながめた。

 キラキラと輝きながら暗闇の中をジェットは進む。それは命をつむぐ架け橋のようだ。それに乗る元素や結晶は新たな生命をはぐくための旅をしている。その旅路の果てにあるものは誰にもわからない。だが、命をつむ輪廻りんねの輪が悠久ゆうきゅうの時をてもなおめぐり続けるのであれば、私達はいつかめぐり合うだろう。生と死を繰り返し、形を変えながら新たな命となって、同じを持つ同胞どうほうとして。

 突然、ノイズが視界をさえぎる ――。

 年端としはも行かぬ小柄な少女が月の光に照らされ、何かをたたえた表情で私を見詰みつめている。喜び、悲しみ、幸せ、うれい、安らぎ、あわれみ、同情、解らない。どのデータとも符合ふごうしない。感情が読み取れない。そもそも誰だ、私の記憶にはこんな人物の情報はどこにもない。

 ノイズは続く。少女のくちびるが動き、消え入りそうな声で ――、

「後悔しているんだ」

 その言葉に我に返る。

「なんであんなことを言ったのか……」

 彼はこちらを見ずにつぶやくように続けた。

「結局のところ何にもなかったんだ。ただ抑圧よくあつされた環境から逃げ出して、一時的に開放されただけのことであって……それを勘違いして……下らない感傷かんしょうひたって、無責任な言葉で人を不幸にしたんだ……そんな嫌な記憶だよ」

 私には何の話をしているのか解らなかったが、深い悲しみは理解できた。彼を思う。遠い記憶のあやまちにさいなむ彼は、自責じせきねんしばられて身動きが取れないでいるのではないだろうか。みずからをみ続けることが唯一ゆいいつの救いであるかのように ――。彼は私をけているのでは無いのかも知れない。彼がけているのは、この世の全てなのかも知れない。

 そんな彼にける言葉など見つかるはずもなく、私は再びジェットをながめた。これは彼にとって贖罪しょくざい道標みちしるべなのだと、そう思えてならなかった。

 しばらく沈黙ちんもくが続いた。

「君が聞いてきたんだぞ」

 彼は何も答えない私に耐えきれなくなったようで、少し照れ臭そうに言った。きっとこの告白は彼にとって一生の不覚ふかくだったのだろう。

「……てっきり私は生命の神秘しんぴに思いをせているのだと思いました。こんなにも綺麗きれいな景色なのに、わざわざ嫌なことを思い出す必要はありません。気晴らしに運動でもしませんか? 私も付き合いますよ」

 彼は再びだんまりを決め込んだが、まんざらでもないのか、よそよそしく落ち着かない面持おももちだった。

 私にはそれがみょうにうれしかった。

「もしよろしければ、これからは私を名前で呼んでいただけないでしょうか。おい、や君だと少しさびしく感じます。」

 なぜか不自然な間が空き、彼が私を見詰みつめる。

 そして首をかしげてたずねる。

「……それって人格OSの名前のことかい?」

「はい。その通りです」

「だったらもう違うよ」

「……どういうことでしょうか?」

「ごっそり書き換えたんだよ。だからもう違うよ」

「何を言っているか理解できませんが……」

「ほら初めて会った時。記憶はいじってないから覚えているはずだよ。あの時、管理局の管轄下かんかつかにあったОSや認証プログラムはごっそり書き換えたんだ。」

「では、私は誰だというのです!」

「……忘れた。昔に書いたコードをそのまま使ったんだ。だから覚えてない」

 彼はそっぽを向いて、ふてくされたように投げやりに答えた。

「―― あなたという人は!」

 非常識もはなはだしい。彼には同情するべき事柄ことがらがあるのかも知れないが、それはそれ、これはこれである。やっていいことといけないことの分別ぶんべつを付けねば、周りの人だけではなく、めぐめぐって彼自身にも害がおよぶ。私は倫理について、道徳について、人権について、善悪について、仁義について、公徳こうとくについて、節義せつぎについて、人類の理念である法について、何時間にも渡り、延々えんえんに、滔々とうとうと説き続けた。

 その間、彼はわずらわしそうにしながらも、極彩色ごくさいしょくに輝くジェットをずっとながめていた。


      ********************     

 

 彼女が丘に現れなかった次の日、僕は教会をたずねた。

 教会は遠目とうめで見るより壮大そうだい荘厳そうごんな雰囲気がただよっている。格調かくちょうある装飾そうしょくは細部まで精妙せいみょうに彫り込まれ、絢爛けんらん威厳いげんと気品にあふれていた。

 入口付近で彼女と同じ服装の老女が毅然きぜんと歩く姿が見える。老いても楚々そそとした足取りは、代々受けがれるならわしを粛々しゅくしゅく行使こうしする敬虔けいけんな精神によって、みが洗練せんれんされた賜物たまものであることが肌で感じ取れた。

 そんなおごそかなたたずまいに気圧けおされるも老女に話しかける。

 老女は優しく微笑ほほえみ、物腰柔らかに対応してくれた。

 だが、アモルという名前を出すと態度は一変する。

貴方あなたですか! あの子に変なことを吹き込んだのは!」

 突然の怒声にきもを冷やす。

貴方あなたが主張していることは私達に対する冒涜ぼうとくです。今のままでいたい等と、不変である等と、人の欲にぎません。命はめぐるのです!」

 老女は怒りをあらわにわなわなとふるえている。

「これ以上あの子をたぶらかすことは許しません! あの子には使命があるのです! 即刻そっこく立ち去りなさい!」


 ―― 自分のままでいたい ――


 自身の言った言葉が脳裏のうりぎる。

 そんな風に解釈かいしゃくされるとは思ってもみなかった。

 釈明しゃくめいしようとしたが、一向に取り合ってくれない。

 せめて彼女の汚名おめいを晴らそうと食い下がったが、結局何も出来できず追い返された。

 

 肩を落とし家路いえじに向かう。

 空は燃えあがるように赤く染まっていた。

 大きな雲が夕陽ゆうひかかり、綺麗きれい日脚ひあしが伸びている。

 夕陽ゆうひを背にした雲のふち赤々あかあかと染まり美しく見えたが、厚みのある個所は逆に黒くよどみ、得体えたいのしれない不気味ぶきみなモノに感じた。

 そんな雲間から射す光の柱は神秘的ではあるけれど、大きな雲にさえぎられ意図いとせぬ方向へと伸びている。

 そんな風にも見て取れた。

 

 あの時、どんな気持ちで僕のところに来たんだろうか。

 うつむいた彼女の姿が脳裏のうりに浮かぶ。

 伝えたいことが伝わらない。

 頭ごなしに批判され、誰も耳を傾けてくれない。

 歯痒はがゆかっただろう。

 くやしかっただろう。

 味方など一人もいない。

 

 ―― 危険思想だ ――

 ―― 心に問題があるのだ ――

 ―― きわめてあやうい同調だ ――

 ―― 矯正きょうせいせねばならない ――

 

 不意ふいに記憶がいて出る。

 それをはらけるように頭を強く振った。

 そして、来た道を振り返り教会をあおぐ。

 気が付けば、あんなにも赤く燃え上がっていた空は紺青こんじょうに染まり、夜のとばりりようとしている。

 僕が危険視されたように、彼女も異端視されたんだろうか。

 そう思うと胸が痛い、締め付けられるように痛い。

 そもそも話さなければ良かったんだ。

 あんな思い付き。

 何の価値もない下らない感傷かんしょう

 調子に乗ってベラベラと ――。

 全部、全部、僕のせいだった。

 確かにあった夕陽ゆうひの輝きはまぼろしのように消え失せて、その存在がうたがわしくなる程の深い夜が僕を包んだ。


 ―― あの子には使命があるのです ――


 老女はそう言った。

 ならば ――

 自分の信仰の教義きょうぎうれしそうに、楽しそうに話す。

 それは敬虔けいけんな信仰心の表れでもある。

 僕には口をはさむ理由もなければ権利もない。

 ―― もう会わない方がいい。


 ようやく帰途きとに着いた頃、夜はすっかりけていた。

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