第3話

 合否判定の日に、俺と白羽さんは近場のファミレスで待ち合わせをしていた。

 普段から着ているスポーツメーカーのジャージにスニーカーと、本当にいつも通りの格好で来てしまったが、俺の一張羅なんて面接にも着ていったスーツくらいしかない。それに面接の合否判定の日だからと、あまりにもきちんとした格好をしていったら萎縮するんじゃないかと思ってだったんだけれど。

 既にファミレスの前で待ちぼうけをしていた白羽さんを見て、俺はきょとんとしてしまった。彼女が着ていたのはリクルートスーツに革靴と、前に会ったときとそっくりそのまんまの格好だったのだ。

 俺が「白羽さん」と声をかけると、こちらにぱっと顔を上げる。


「こ、こんにちは! 今日ですね、合否判定」


 そう言ってぺこりと頭を下げる白羽さんに、俺も「こんにちは」と頭を下げる。


「すみません、今日は合否判定とはいえど、電話だけだと思って気の抜けた格好をしていて」

「い、いえ! 謝らないでください! 私も、そのう……」

「ええっと……白羽さん?」


 白羽さんは顔を真っ赤にして、視線を膝に落としてしまった。


「……社寮を追い出されたときに、あんまり手持ちの服を持っていけなかったんですよ。ですから、リクルートスーツ以外だったらもっとルームウェアみたいな気の抜けた服しかなくって、ファミレスに行けるような服がこれしかなくって……」

「あ、ああ……」


 あんまり大荷物でネットカフェを転々とするなんて、そりゃ無理だろう。

 でもなにかフォローをすべきなのか、余計なことを言わないほうがいいのか。ぐるぐると考えた結果、俺は全然的外れなことを口にしていた。


「ここのファミレスのドリンクバー、飲み放題な割には意外とレベルが高いんですよ。そこで待っていましょう」

「え? は、はい……!」


 あまりにもちぐはぐな格好のふたり連れが来たせいか、店員はこちらをうろん気な顔で見ていたものの、すぐに席に案内してくれた。

 こうして俺と白羽さんはひたすらドリンクバーで飲み物をおかわりしながら、スマホの着信を待つ。待っている間なにかできないかと、念のためノートを持ってきたものの、どうにもペンが進まなかった。

 俺の正面で烏龍茶を飲んでいる白羽さんは、きょとんとした顔でこちらを見ていた。


「前に黒林さん、小説を書いているとおっしゃっていましたけど……小説って、ノートで書くんですか?」

「あー……違うんですよ。小説を書くにはまずは企画書を出して、それで編集会議でゴーサインが出なかったら書けないんです。企画書自体はパソコンで書きますけど、まずはネタ出しからですね」

「はあ……まるで会社の企画会議と同じことするんですねえ」


 白羽さんの意外そうな感想に、そりゃそうだよなあと今更ながら思った。出版業界に足を踏み入れた人間じゃなかったら、どうやって本をつくっているかなんて、そもそも知らないもんなあ。

 俺は思い付きで白羽さんの感想だけメモ書きして、ノートを閉じた。

 おかわりしたコーヒーを飲んでいたところで、俺のスマホに前に登録した日名大の事務所からの着信が入った。


「はい、黒林です」

『こちら日名川大学事務所です。先日の面接の件ですが』

「あ、はい」

『合格になります。つきましては、仕事と入寮の打ち合わせについて』

「はい……はい」


 俺は手持ちのメモでさらさらと書いて、白羽さんにもそのメモを見せた。ずっと烏龍茶を飲んでいた彼女の顔が、ぱぁーっと綻ぶ。

 次に事務所に向かう打ち合わせをしてから、着信が終わる。俺は向かいに座る白羽さんに口を開く。


「ありがとうございます、無事に管理人合格です! ついては来週中には入寮で、管理人生活ですけど……!」

「ほ、本当に……ありがとうございます、ありがとうございます……!」


 白羽さんは目尻に涙を溜める。これは初めて会ったときの、不安に駆られるものではなくて、嬉しさであるといい。

 俺は力いっぱい頷く。


「貯金して、俺が次の企画を進めて本が刊行できたら、白羽さんは次の就職先が決められたら、夫婦は解散しましょう……それで、大丈夫ですか?」

「……はい、むしろここまでよくしてもらえると思っていなくって……ありがとうございます、ありがとうございます……!」


 何度も何度も腰低く謝られて、こちらもくすぐったくなる。

 偽夫婦なんて、まさかこっちもなるなんて思ってもみなかった。でも、住居の確保は俺からしても白羽さんからしても重要なことだった。

 大学生の世話っていうのは、どういうことなのかは未だにピンと来ないけれど、そこまで大事にはならないだろう。俺はそう高を括っていた。

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