第3話 集合

 怜は待ち合わせの30分くらい前に集合場所の〇〇駅ロータリーに着いた。ロータリーと言っても食料品や衣料品を売る商店が数件、食堂、夜のお店が何軒かあるだけだった。電車から見た限りでは、彼が興味を引くような店は何もなかった。


 駅のロータリーには観光バスみたいなのが三台止まっていた。彼が参加する合宿のバスのようだった。夏休みということもあり、その十代向けの合宿は人気らしかった。


 今回は遅刻魔の彼にしては珍しくし、くじらなかった。予定通りに電車に乗れたことに彼は安堵していた。彼の遅刻癖は筋金入りで、母親が一緒の時でさえ彼は間に合わなかった。病院、習い事、父親や親族に会うとき、葬式、結婚式。母がいつも遅れてしまったことを謝っていた。理由は彼がなかなか準備をしないからだった。所謂グズなのである。急にトイレに行きたくなったり、空腹でたまらない、コンビニに寄りたい、喉が渇いたなどで遅れてしまう。待ち合わせの時間になってようやく家を出ることもあった。家を出ても忘れ物をしていることもあった。


 なぜかわからないが、どうしても時間に間に合わないのだ。こんな風だから小学校の時は母親に学校まで送ってもらっていた。それでも半分は遅刻だった。


 その日は何故間に合ったのかはわからないが、不思議とすぐに起き上がることができた。基本的に彼は旅行が好きだし、家を出て羽を伸ばしたいという願望があったのかもしれない。中学は公立に通っていたから、家から一歩出るだけでも、知っている誰かに会う可能性が高かった。


 彼が不登校になってからは家を見に来る同級生がいたり、大声で「ここの家の子って不登校なんだって」と、道路で話している声が聞こえた。彼の存在はクラスにとって格好のネタだったし、安心感を与える立場であった。出席ゼロ、成績ゼロ、最下位のおちこぼれというわけで、カーストの最底辺だった。

 だから、同じクラスの連中に外で会ったりなどしたら、指をさされて、学校を休んで遊んでると言われるのだ。彼が学校に行っていないのに、義務教育だから卒業できるというのは同級生にとっては納得がいかなかっただろう。ポストにゴミが入っていたこともあったし、嫌がらせの手紙が来たこともあった。


 おかげで彼は引きこもりなのに、家の中にいてさえ緊張していなくてはならなかった。一年中カーテンは閉め切っていて、外出するのは夜遅くか平日学校がやっている時だけだった。


 だから、自分のことを誰もしらない田舎に来るのは嫌ではなかったのだ。


 ―――――――――――――――――――――――――


 電車で一緒だった子たちが駅前のロータリーに集まっていた。髪を染めている子が何人かいた。ホワイト、金髪、茶髪、緑。目立ちたくない彼にとっては、髪を染める理由がわからなかった。ああいう子は大体不良なんだと彼は思っていた。不良というのは飲酒、喫煙、処方薬などのドラッグ依存などである。


 不登校の子たちは彼のイメージでは何種類かに分けられる。不良。陰キャ。起立性調節障害などの病気の子。学校の勉強が簡単すぎて合わない子だ。こういう子が混在している環境は珍しいだろう。しかし、普通の人は多分いないと彼は思っていた。彼の場合は、陰キャでコミュ障で不器用。集団が合わないタイプだった。同世代・同性の友達ができない。昔からそうだった。幼稚園の頃は女のことばかり一緒にいた。女の子は優しいし、彼もその子たちが好きだった。


 自分は男だから、年を取れば取るほど女の子と一緒だと浮くようになった。話も合わなくなる。今まで男の友達がいたことはないが、見回してみると、男は不良以外は見るからにダサい陰キャしかいなかった。自閉症や知的障害がありそうな人もいた。


 こういう環境だと、いじめに遭わないんじゃないかと彼は思った。フリースクールもこんな感じだろう。彼も母親からフリースクールに行かされそうになったが、嫌だからと断った。見学に行ったが合わなかったからだ。今ロータリーにいる面子と似ていた。彼は同世代の男とつるみたくなかった。


 不登校だったらフリースクールに行けばいいと言われるけど、誰でも合うわけではない。


 怜はその場にいる人たちを観察していた。初対面なのに、母親同士が話している。

「○○に参加されるんですか?」

「はい!」

「中学生ですか?」

「はい。よろしくお願いします」


 明らかに初対面なのに、年齢と性別が近い子がいる母親に自分から話しかけて行く。こういう社交性はすごいなと思う。怜の母親もぐいぐい来るタイプだ。多分、その親たちも過干渉なのかもしれない。小学生になったら友達くらい自分で作るのに、いつまでも親が仲介しないといけないと思ってる。


 しかし、中には子ども同士で仲良くなっている子もいる。特に女の子だ。怜は出遅れたと感じていた。自分が知らない間にグループができてしまい、自分が一人だったら辛い。


 彼は周囲を観察していたが、まだ待ち合わせまで20分以上あるからスマホを取り出した。怜は母親に「駅についたよ」と、送った。だが、返事がなかった。寝てるんだろうか。母親はフリーな平日をどう過ごしているんだろうか。誰かに会ってるのか。

 母親は友達がいない。前はいたのかもしれないが、不登校の子どもがいるのが恥ずかしくて人付き合いをしていないのだった。


 もしかして、男か…。


 まさか、あんな性格なのに?父がどうして母と結婚したのかも不思議だった。おせっかいで一方的に喋るタイプの人だ。若い頃、見た目はきれいだったかもしれないけど、年を取って普通のおばさんになってしまった。まさに、きれいだったから、父は騙されたんだと思う。父は離婚してすぐ若い女性と再婚したから、母は年を取ったせいで捨てられてしまったのかもしれない。


 怜は母親の気質が自分に受け継がれている気がしていた。

 コミュ力がないところ。思い付きで行動するところ。内に籠るところ。


 怜は大して見たくもないのに、YouTube動画を見ていた。内容が全く入って来ないのだが、一人で来ている子どもが数人しかおらず、かなり居づらかったのは確かだ。


「中学生?」いきなり隣で声がした。

 怜はびっくりして顔を上げた。

「う、うん」

 見ると、ニキビ面の陰キャが話しかけて来た。眼鏡をかけていて、ジーンズに赤と黒の混じったTシャツを着ていた。小学生が着るような感じのやつだった。全体的に服装が安っぽくダサい。

「何年生?」

「3年」怜は答えた。

「一緒だ」

「あ」思わず頭を下げる。

「よろしく」

「あ、うん」

「どっから来たの?」

「東京」

「俺、埼玉」

 埼玉は彼にとっては田舎だ。何と言っていいかわからなかった。

「〇〇って知ってる?」

 怜は首を振った。聞いたところのない地名だった。埼玉は大宮と秩父くらいしかわからない。


 ただ、そいつが不細工で陰キャで話しやすい感じだってことは救いだった。いつの間にか隣に立って勝手に喋っていた。だからと言って、一方的に話す訳ではなく、フレンドリーで普通な感じだった。怜はただ「うん」と言うだけで何も話していなかったが、彼が部活で吹奏楽をやっていて、楽器はトランペットだということがわかった。


「なんで合宿に来たの?」陰キャがずけずけと尋ねた。

「親が申し込んだから」

「まじで?うちも。うちはシングルマザーだから、あんたしばらくどっか行ってよ、って感じで勝手に申し込んでた」

「うちも」

 怜はその普通な感じのやつがシングルマザー家庭の子どもだと聞いて以外だった。

「勝手に申し込むなよって感じだよな!俺にも予定あるんだからさ」

 口ではそう言いながら、怒っている訳ではないようだ。

「部活?」

「いや、部活は休んでたけど…俺は家でゲームしたかったんだよ!」

「なんのゲーム?」怜は関係ない話を始める。

「〇〇」

「あー」怜は頷いた。

「やってる?」

「うん」

 二人はゲームの話で盛り上がった。最後に家に帰ったらオンラインで対戦しようという話にまでなった。


 彼は意外な展開に夢を見ているんじゃないかと思うくらいだった。やがて時間になると、合宿の担当者がバスから降りて来た。灰色のズボンに白いワイシャツだった。学校の先生っぽい。


「〇〇合宿にご参加のみなさん!こちらで点呼を取りますのでお願いします」


 親とはその場所で別れるみたいだった。小学生の子どもの一部は泣いていた。小学校から高校生まで一斉に集まったから、怜は知り合いができてよかったと思った。高校生と一緒になったら多分いじめられる。彼らは列の真ん中くらいに並んだ。百人くらいいるだろう。


「この辺から、2号車でお願いします」

 そう言って列が分けられた。怜は2号車になった。


 担当者は名簿を見ながら、順番にバスに乗せて行った。怜は埼玉の陰キャの隣に座った。その人は列で待っている間もずっと喋っていたが、煩いと感じないタイプだった。もしかしたら、ゲーム仲間になれるかな。怜はふわふわした気持だった。

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不登校教室 連喜 @toushikibu

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