第36話 現実の洗礼(ユークス視点)
僕は一路北を目指して歩いていた。
「はぁ……はぁ……街が遠すぎる……」
そして今、ゲームと現実の違いの洗礼を受けている。
実際に街の中で生活してその違いは理解したつもりだった。でも、甘かったことを実感している。
まず、時間と距離。
僕は北に現れた脅威を目指して旅をしている。
最初の街まで近くてあまり気にならなかったけど、その次から街から街までの距離が凄く遠くなった。その次の街はもっとだ。
国の辺境に行けば行くほど、その間隔は広くなっていった。
ゲームでは、街から街までの移動にかかる時間を気にすることはない。
朝から夜になることで一日の時間の経過を体感することはあるけど、街から街までどのくらいの時間が掛かったなんて誰も気しない。
ゲーム内でも言及されることはないし、ゲーム内の時間が現実の時間の何十倍も早く過ぎているから当たり前だよね。
でも、ゲームではほんの数十分だった距離も実際に歩くと何日もかかる。
しかも、ゲームに登場する街と街の間にも集落は存在していて、ゲームに登場する街から街までは平気で数週間かかることもあった。
僕はこの世界に転生してから旅をしたことがなく、その事実を全然知らなかった。
そして当然だけど、主人公は国から国を跨いで旅をしていく。
その間、歩いて移動するのには平気で数か月単位で時間がかかるはず。正直、北の脅威、つまりラスボスまでどのくらい時間が掛かるのかは想像もできない。
ゲームの主人公は、それほど時間が掛からずに世界をモンスターの手から取り戻しているように見える。でも、実際には数年、下手をしたら十年以上かかっていたかもしれない。
それに、人としての生命活動が違い過ぎる。
まず、ゲームの内の主人公は何日経っても空腹にならない。
でも、現実ではお腹がすく。
食料は大事だけど、その量も限られてくるし、この世界の保存食はとてもマズい。正直、食べられたものじゃない。慣れるのに本当に苦労した。
幸い、水に関しては魔道具があるので本当に助かっている。たまに、保存食を食べたくなくて水でお腹を満たすこともあるくらいだ。
それに、主人公は疲れたり、眠くなったりもしない。当然野営したり、休憩したりする必要もない。
実際には休憩や野営をしないと人間は壊れてしまう。でも、休憩ならまだしも、モンスターがいる世界で一人で野営とか絶対に無理。
いつモンスター襲ってくるか分からない中で悠長に寝てなんていられない。もし完全に寝入ってしまったらモンスターの餌食になること間違いなしだ。
なぜか出現するモンスターがとても少ないため、今のところどうにかなっている。でも、ゲームと同じくらいモンスターが出現していたら、今頃死んでいたと思う。
それから、排せつや汚れの問題。
主人公は排泄しないし、ずっと同じ服を着ていたとしても汚れることはない。
でも、実際は食べたり、飲んだりすれば下から出るし、汗を水で拭いたり、水浴びしなければ臭うことになる。当然だけど、服の洗濯も必要だ。
単純に移動だけに時間を掛けられるゲームとは違い、現実には移動の他にもやらなければならないことが沢山ある。
だから、想像以上に街から街への移動には時間が掛かった。
でも、実際にゲームをクリアするまでに十年以上の時間が経っていたかもしれない、という推測から考えると、ゲーム内の主人公は年も取らない。
というよりは、周りの時間は経過しているのに、主人公だけは時間が止まっている、と言ってもいいのかもしれない。
でも、僕の体は確実に時を刻んでいる。
そして、荷物の問題もある。
ゲーム内ではインベントリのような便利な機能があったけど、現実にはそんなものはない。大きなリュックを背負って移動することになる。
もちろん幼少から鍛えている守護者の僕にとって重さはそれほど重要じゃない。
だけど、この世界ではモンスターと戦うこともあるし、容量の限界もあるため、持っていける量には限りがある。
ゲームと現実の違いを上げていけばキリがない。この違いが物語のズレ以上に今の僕を悩ませている。
何日間も碌に眠れず、食べれず、休めず、意識が朦朧としていた。
ゲームがどれだけプレイヤーに都合よく作られていたかよく分かる。
モンスターの影に怯えることなくゆっくり寝たいし、気兼ねなくご飯を食べたいし、周りを気にしながら水浴びしたり、トイレに行ったりしたくない。
そんな思いがずっとグルグルと頭の中を巡っていた。
とにかく早く次の街に着きたい。
今はその一心で歩いている。
一人でもいいから信頼できる旅の仲間を迎えるのは急務だ。このままじゃいつ体を壊してもおかしくない。
次の街には勇者であるユークスの仲間になるキャラクターがいるはずだ。そのキャラクターさえ仲間になれば、旅がグッと楽になる。
見張りの交代ができるし、荷物も仲間が増える分持てる量も増える。それに、これまで一人きりで孤独だった。仲間がいれば会話もできる。
いいこと尽くめだ。
「あぁ、やっと……やっと着いた……」
そして、遂に前方に街の影を捉えた。
僕はガタガタになった体を引きずりながら必死に街へと歩く。
その街に着いた頃には、慣れない旅ということもあり、かなりの時間が経過していた。
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