第35話 安否

「すー、すー」


 息はある。呼吸は安定している。体もどこか爆発して欠損した様子もない。五体満足。魔力もきちんと全身を巡っている。


 ひとまず命の危険はもうなさそうだ。


「大丈夫そうです」

「本当か!?」

「はい。でも、起きてからじゃないとはっきりしたことは分かりません」

「それもそうか。ははっ……でも、シャロは助かったんだな……」


 リオさんの声が小さくなっていく。


 顔を起こすと、周りは悲惨な状況になっていた。空が見えていて壁が崩れて廊下側が大きく露出している。


 もうほとんど部屋として機能していない。


 リオさんがへたり込んでいた。


 そうだ、リオさんもリーシャもレイナも、シャルロットの吹き荒れる魔力の嵐に吹き飛ばされていた。


「皆は大丈夫ですか?」

「あ、あぁ……私は問題ないぞ」


 リオさんは力の抜けた顔で答える。


「わたしもだいじょうぶ!!」

「だいじょぶ」

「それならよかった……」


 リーシャとレイナも服が少し汚れているものの元気な様子。


 俺はホッとため息を吐いた。


「あっ……」


 その時、急にめまいがしてよろめく。


『トール!!』


 リーシャとレイナが不安そうな顔で駆け寄ってきた。


 俺はその場に座り込む。


 はぁ……最後まで立ってられないなんてかっこ悪いな……。


 正直、俺の体はボロボロ。慣れない作業をいくつもこなし、荒れ狂う魔力を取り込んだせいで魔脈がズタズタだ。精神的にも肉体的にも限界だった。


 二人が不安そうに俺の顔を覗き込んでくる。


「ははっ……大丈夫だよ、二人とも」

「ほんと?」

「どこも痛くない?」


 これだけ心配しているのは、多分俺がこれまで弱った姿を見せたことないないからかな。


 リーシャとレイナの前では鬼教官として振る舞ってきたからな。


「うん、疲れただけ」


 俺は二人を安心させるように、できるだけ笑顔を作って答えた。


「そっか。よかった……」

「ほっ」


 二人はあからさまに安心した様子を見せる。


 ただ、ひとつだけ問題が残っている。


「リオさん、お願いがあるんですが……」

「なんだ?」

「できれは、ここで見たことは内緒にしてください」


 そう。


 緊急事態だったので、リオさんの前で魔装を使ってしまった。


 ただでさえ異端な三歳児が、その上誰も知らない技術を使用していたら、その正体を怪しむ人たちが現れるかもしれない。


 技術自体を教えるのは構わないんだけど、その出所や、今の年齢で使えるようになった理由などを聞かれると答えづらい。


 魔力の通り道の開通とはわけが違う。流石になんかやっていたらできた、で済ませるのは無理があるような気がする。


「……そうだな。私は何も見ていないし、聞いていない」


 リオさんは少し目を瞑り、首を横に振りながら答えた。


「ありがとうございます」


 あとはシャルロットが目を覚ましてくれれば一安心だ。


「ん……んん……ここは……お空の上?」


 ちょうどいいタイミングでシャルロットが目を覚ました。


「シャロ!! 無事か?」

「あれ? リオお姉ちゃんが……いる。リオお姉ちゃんも……死んじゃったの?」


 リオさんが即座に駆け寄ると、シャルロットは不思議そうな顔をする。さっきよりも流暢な言葉遣い。意識もはっきりしているように見える。


「お前は死んでないぞ。ちゃんと生きてる」

「そっか……そうなんだ……」


 リオさんが手を握ると、シャルロットはぼんやりと空を見つめた。


「痛いところはないか? おかしな感じがするところはないか?」

「うん……すっごく体が軽いの……羽が生えたみたい」


 シャルロットは体を起こして動かして見せる。


「おいおい、無理はするなよ」

「大丈夫だよ……全然辛くないから」

「それならいいんだが」


 体操のような動きをするシャルロットを、リオさんが不安そうに見つめている。


「トール君が……助けてくれたんだんだよね?」


 突然シャルロットの顔が俺に向いた。


 俺はどうにか心を奮い立たせ、立ち上がる。


「ん? そうだけど、覚えてるの?」


 相当意識が朦朧としていたはずだ。


「ちゃんと覚えてるよ……トール君……こっちにきて」

「何?」


 俺は言われるがままに、シャルロットの側に近づく。


「ここに座って」


 シャルロットがベッドの上をポンポンと叩く。


「え、なんで?」

「いいから」


 今度はベッドの上の飛び乗って座った。


「それで、何?」


 ――チュッ


 シャルロットの方を向こうとした瞬間、突然ほっぺに柔らかい感触を感じた。


「助けてくれて……ありがと」

「え?」


 それってもしかして……。


『あぁ~!?』


 リーシャとレイナが駆け寄ってきた。


「ちょっとなにしてるの!!」

「ちゅー、だめ!!」


 二人がプリプリと怒っている。


 やっぱりそういうことか。


 治療前には受け取らなかったお礼を意外な形で受け取ることになった。


「ねぇ、きいてるの!!」

「ちゃんときく」

「はいはい」


 どうにかシャルロットを助けることができた。なんとかなって本当に良かった。


 これでやっとまた日常に戻れそうだ。


 ――ガチャガチャガチャガチャッ


 そう思った矢先、複数の足音が聞こえてきた。


 俺はすぐにベッドから飛び下りる。


「どうした!! 何があった!!」


 甲冑を着た守護者たちが部屋に怒鳴り込んできた。


 まぁ、これだけ派手に爆発すれば当然か。


 案の定、俺たちは根掘り葉掘り事情を聞かれることになった。





 そして、しばらく経った頃。


「シャルロットです。シャロって呼んでね」


 元気になったシャルロットが俺たちのクラスにやってきた。




―――

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