第33話 生か死か
「治せるのか!?」
リオさんが信じられないとばかりに俺の両肩を掴んだ。
「はい。でも、もしかしたら逆に死んでしまうかも」
「どういうことだ?」
リオさんは"死"というワードを聞いて佇まいを正す。
魔力感知は、体から漏れ出ている魔力を感知している。
だから、魔力が体外に漏れていないシャルロットは、魔法が使えない魔力無しの子供だと思われていた。
しかし、シャルロットにも魔力はある。
シャルロットは、丹田から伸びる魔脈の出入り口が完全に閉じていて、外に漏れ出ていないだけだ。
魔力を流すことでその状態がよく分かった。
そして、守護者として生まれ持った大きな魔力が、丹田の中に完全に閉じ込められたままになっている。
そのせいで行き場のなくなった魔力が丹田を膨張させ、体に負担を掛けて続けていた。
それがシャルロットの体が弱かった原因だ。
「この子が体が弱いのは魔力の道が完全に閉じていて、体の中で大きく膨らんでいるせいだと思います」
「それと死ぬことと何が関係がある?」
そして、五歳になって必ず死ぬのは、体がその膨張に耐え切れずに破裂してしまうからだろう。
悲惨な最期、というのは多分そういうことだ。一人で隔離されているのもそういう事情があるのかもしれない。
今の彼女の体は破裂寸前の風船、もしくはカウントダウンの始まった爆弾と言ってもいい。
おそらく魔脈を通して魔力を外に出せば助かるはず。しかし、今まで溜まりに溜まった魔力が開放された場合、どうなるか分からない。
だから、迂闊なことはできない。
「魔力の道を通した後、その膨らんだ魔力が外に出る時にこの子の体が耐えられるかどうか分かりません」
「そういうことか……」
リオさんも俺の言うことが理解できたらしい。
通せば助かるかもしれないけど、死ぬ可能性もある。
これはそういう選択だ。
室内を沈黙が支配する。
「トール……君……」
そんな中、突然声を掛けられて驚いた。
シャルロットが目を覚ましたらしい。
弱弱しい視線を俺に向ける。
「何?」
「やって……ほしい……」
「え?」
シャルロットの言葉に耳を疑った。
だってそれはあり得ない言葉だったから。
「シャロ、お前まさか……起きていたのか!?」
リオさんがシャルロットの傍に駆け寄ってその手を握る。
シャルロットは頭も動かせないまま、ポロポロと涙をこぼした。
「うん……もうみんなに……めいわくを……かけるのはいや……」
「迷惑だなんてそんなこと……!!」
リオさんの顔が悲痛に歪み、目の端から涙が流れ出していた。
シャルロットはいつからか分からないけど、俺たちの話を聞いていたらしい。そうじゃなければ、さっきの言葉は出てくるはずがない。
話を聞いた上で生きる可能性に掛けたいと言ってるんだ。
俺もどうにかして彼女を助けたい。
しかし、自分の手でシャルロットを殺してしまうかもしれないと思うと、足が竦んでしまう。
当たり前だけど、人は死んだらもう二度と帰ってはこない。それは日本でもこの世界でも同じ自然の摂理だ。
俺にはこの子の命を背負う覚悟が足りていなかった。
「わたしがいや……皆みたいに……走り回りたい……お友達とお話したい……一緒に訓練したい……どうせ死ぬなら……やってほしい……」
シャルロットは息も絶え絶えと言った様子で俺に懇願する。
そうか、そうだよな。子供ならいろんな願望があるはずだ。
普通の子供ができることができず、周りに自分の世話ばかりさせて迷惑をかけ、さぞ辛かっただろう、心苦しかっただろう。
シャルロットの気持ちが痛いほど伝わってくる。
一応思いついた策があるにはある、策と呼ぶには簡単なことだけど。しかし、正直今までやったことがないので上手くいくか分からない。
俺の不安を感じ取ったように、リーシャとレイナが俺の手を握る。
「シャロちゃんをたすけてあげて。トールならだいじょうぶ!!」
「トールならできる」
ふぅ……ここまで覚悟を見せられて励まされておいて、俺が覚悟を見せなきゃ、男が廃るよな。
こうなったら、イチかバチか……いや、必ず助けて見せる!!
俺は両頬を叩いて気合を入れ、決意した。
「分かりました。やってみましょう」
「そうか!! よろしく頼む!!」
リオさんはパァッと花開くような笑みを見せた後、深々と頭を下げた。
俺はベッドのそばに椅子を持って来て座り、シャルロットの手を握る。
「それじゃあ、始めるよ。眠っている間に終わると思うから安心して」
「トール……君……ありがとう」
シャルロットは力のない笑みを浮かべた。
「お礼はまだ早いよ。おやすみ。スリープ」
魔法を掛けると、すぐにシャルロットは深い眠りへと落ちる。
そして、俺は治療を始めた。
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