第32話 死を待つ幼子
ある日、お昼にリオさんが神妙な顔で話しかけてきた。
「トール、お前に会って欲しい女の子がいる」
と。
「このクラスには本来もう一人がいるって言ったのは覚えてるか?」
「はい」
初めて守護者のクラスに入った日に説明されたのを覚えている。確か病弱で出てこられない女の子がいるとか。
しかし、それ以来話題に上がらなかったので、記憶の片隅に追いやられていた。
「その子は、私の姉の娘だ。両親は二人とも数年前にモンスターに殺されてしまってな。普通なら私が面倒を見るところなのだが、この子はある病気にかかっていて神殿の診療区に預けられているんだ」
「どんな病気なんですか?」
「生まれつき魔法が使えず、魔力も持たないんだ。ごく稀に守護者の間にはそういう子供が生まれてくることがある」
「そんなことってあるんですか?」
一般人の子供は、魔脈の閉じていて外に魔力が漏れ出ていないせいで小さい時は魔力がないとされている。
しかし、守護者の子供は早いうちから魔脈が開き、魔道具が使えるほどには魔力が漏れていたはずだ。
でも、魔力がないだけなら一般人と変わらないだけ。ここまで切羽詰まった表情にはならないだろう。他にも何かあるはずだ。
「あるんだ、なぜかな。原因は分からない。ただ、そういう守護者の子供は生まれつき体が弱くてな。そして、五歳には必ず死に至る」
「え?」
思いがけない言葉を聞いて、俺は間抜けな声を出してしまった。
「その子はもうすぐ五歳になる。猶予がないんだ。これまでそういう子供たちを治療師たちがどうにかしようとしてきたが、一向にどうにもできずじまいだ。だから、これまでずっと悲惨な最後を遂げてきた。誰も何もできなかった。でも、お前なら……」
リオさんは懇願するような潤んだ瞳で俺を見つめる。
話は分かった。綺麗なお姉さんが困っているのなら、一人の男としてどうにかしたい。
「俺に病気は治せませんよ?」
しかし、俺にできるのは、せいぜい怪我を治したり、魔脈を開通させたりすることくらいだ。期待させるようなことは言えない。
「分かっている。だが、お前は特別だ。一般人にもかかわらず魔法を使い、その歳でモンスターを倒してしまうなんて前代未聞だ。それに魔力の通り道を他人がどうこうできるなんてことも聞いたことがない。だから、お前をあの子に会わせたら、何かが変わるんじゃないか、もしかしたら、治せるんじゃないかって希望を持たずにはいられないんだ」
リオさんは唇を噛み、手から血が出そうな勢いで握りしめている。
その顔には何もできない自分の不甲斐なさと無力感に苛まれてきた苦しみが滲み出ていた。
さっきも言った通り、綺麗な女性にこんな顔をさせておいて放ってなんておけない。
何もできない可能性が高いけど、それでリオさんの気が済むなら、会うだけ会ってみよう。
「分かりました。会ってみます」
「本当か?」
「はい。綺麗なお姉さんの頼みは断れませんからね」
「ふっ、おませさんめ」
おどけてみせると、リオさんの表情が緩む。
その笑顔、守りたい。
「私も行くからね!!」
「私も」
リオさんと見つめ合っていると、隣で聞いていたリーシャとレイナが割り込んできた。
もしかして嫉妬かぁ? ヨシヨシ、安心しろ、二人とも可愛いぞ?
「ふふっ、好きにしろ。それじゃあ、ついてきてくれ」
「分かりました」
スオルたちに鍛錬を怠らないように指示し、リオさんの後に続いて部屋の外に出る。
今まで足を踏み入れたことのない区画を進んでいく。これまでの場所と違い、病院みたいな雰囲気と匂いが漂っていた。
神殿には、避難所、教育だけではなく、医療区まであるらしい。その辺りはまとまっていた方が効率がいいんだろうな。
しばらく進んでいくと、とある部屋の前でリオさんが足を止めた。
――コンコンッ
「入るぞ」
リオさんが扉をノックをし、返事も聞かずに入っていく。俺たちも慌てて中に入った。
中はいかにも病室らしく、シンプルでベッドが置かれている以外、ほとんど何も置かれていなかった。
「この子が私の姪のシャルロットだ」
そのベッドには小さな女の子が寝かされていて、悪夢でも見ているかのように苦しそうな表情でうなされている。
そして、薄っすら目を開いた。
「だれ……?」
か細い声で呟く。
「私だ」
「リオ……お姉ちゃん?」
「そうだ。今日はお前に友達を連れてきたぞ」
リオさんの後ろにいた俺たちが前に出た。
「こんにちは。俺はトール、よろしく」
「私はリーシャだよ。よろしくね」
「レイナ。よろしく」
「私は……シャルロット……ゴホッゴホッ……よろしくね」
挨拶をすると、シャルロットが力のない笑みを浮かべて返事をする。
顔に血の気がなく、頬がこけていて本当に具合が悪そうだ。
俺にでも分かる。これが死相っていうんだな。そう思った。
「無理はするな。元気になったら、また会わせてやるからな」
「分かった」
リオさんが優しげな顔でシャルロットの頭を撫でると、シャルロットはまた苦しげな表情のまま意識を失ってしまう。
状態がかなり悪そうだ。
「トール、何か分かるか」
「ちょっと待ってください」
俺はシャルロットに近づいてその手に触り、病気の原因を探る。
「そういうことか」
その瞬間、この子の状態を理解した。
道理で体調が悪くなり、最後は死ぬわけだ。
「どうした!? 何か分かったのか!?」
リオさんが悲痛な顔で俺に詰め寄ってくる。
「はい。もしかしたらこの病気、治せるかもしれません」
「本当か!?」
リオさんは大きく目を見開いた。
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