第31話 叡智

 そして、程なくしてリオさんから依頼されることになった。


「イーデクス様から許可をもらった。他の子供たちの魔力の道も通してやってくれ」

「分かりました」

「ただ、守護者だけにしてくれ」

「パパやママはダメですか?」

「ダメだ」


 言いたいことは分かる。今の支配構造に揺らぎが生まれてしまうからだ。でも、せめて俺たちの家族は例外にしてほしい。


 俺はあざとさを全開にしつつ、瞳を潤ませて上目遣いでリオさんの目を見つめる。


「そ、そんな目で見てもダメなものはダメだぞ!!」


 狼狽えるリオさん。


 リーシャとレイナも加わってさらに続けた。


 ジー、ジー、G、G。


「……くっ、仕方あるまい。派手にやりすぎるなよ」

「ありがとうございます」


 リオさんは俺から目を背けながら許可してくれた。


 よし、完全勝利!! パパンとママンにやってもいいというお墨付きを得た。


 それではやってまいりましょう。


 神殿に預けられている守護者の子供は、一歳~十二歳までと幅広い。


 親が守護者として常に交代で勤務していること。守護者としての教育の効率化と人員の削減。そして、守りやすさなどを考慮した結果、今の状態に落ち着いたようだ。


 十三歳から見習いとして働き始め、十五歳で成人すると同時に正式に守護者になるらしい。中学生の年齢から命がけの戦いに身を投じなければならないというのは、本当に世知辛い世界だ。


 一方で一般人の子供が五歳まで。なぜなら、六歳から家の仕事の手伝いをしなければならないからだ。


 戦国時代に魔物が跋扈しているようなものだろうか。なんにせよ、それはそれで大変な世界だ。


 俺たちは一歳の子供から順に魔脈を開通させていくことに。


 一歳と二歳の子供たちはあっさりと受け入れられたけど、五、六歳の子供たちの魔脈を通す際にはひと悶着あった。


 当然といえば当然だ。魔脈を通すのが三歳の幼児なのだから。


『スリープ』

『zzz』


 どうせ詰まりが解消されていくと、眠りがちになる。


 面倒なのでふかーく眠らせてから施術を行った。おかげでスムーズにことが運んでいく。


 やはり幼ければ幼いほど魔脈の詰まりが柔らかく、歳を重ねるごとに硬く頑固になっているらしい。


 一、二歳の子供たちはすぐに完全開通できそうだけど、五、六歳になるとそうはいかず、それ以上はさらに時間が掛かりそうだ。


 これから徐々に開通させていくことになるだろう。





 しばらく経った頃、リオさんがイーデクス様と一緒に部屋にやってきた。


「イーデクス様、リオさん、おはようございます」

「おはようございます」

「おはようございます」


 俺が挨拶をすると、リーシャとレイナが後に続く。


『おはよう』

 

 イーデクス様とリオさんが俺たちに挨拶し返した。


「何か用ですか?」

「子供たちにやっていることを私にもやってみてくれないか?」


 何事かと思ったけど、そういうことか。子供たちに一定の効果があると分かれば、大人たちは、という話になるのは当然の流れだ。


「私からも頼もう。彼女が眠ってしまった場合、私が君たちを指導する」

「分かりました。やってみます。椅子に座ってください」


 リオさんが眠ってしまったら、俺たちを見てくれる人がいなくなる。その代わりをイーデクス様がしてくれるというのなら何も問題ない。


 俺は早速、臼型の椅子に座ったリオさんに施術を始めた。


 背中に手を当てて魔力を流し込む。


「うーん」


 やっぱり、大人は子供と比べて魔脈が圧倒的に凝り固まっている。


 軽く魔力を通した程度ではうんともすんとも言わない。これは腰を据えてやらなければならないだろう。


「どうだ?」

「通りにくいです」

「そうか。難しいか?」

「んーん、パパやママに比べれば簡単。でも、時間はかかります」


 一般人はほとんど魔脈が閉じていると言ってもいい。辛うじて魔道具を使用できる魔力が体外に漏れ出る程度だ。


 一方で守護者は魔法が使えるくらいには魔脈が通っている。どちらが簡単かは一目瞭然だと言える。


「分かった。続けてくれ」

「分かりました」


 今度は詰まりを溶かすイメージで、さっきよりも強めに魔力を流し込んだ。


「んっ……」


 うん、さっきよりも手ごたえを感じる。少しずつだけど、魔脈の壁にへばりついている詰まりが少しずつ溶けていく。


 強引にやってしまうと、俺みたいに激痛に悩まされることになる。


「はぁ……はぁっ」


 仕方のないことだけど、ゆっくりやっていくしかないだろう。


 少しずつ少しずつ詰まりを押し広げていく。


「あっ……」


 リオさんが体をビクリと震わせた。


「あの~、変な声を出さないでもらえますか?」

「んん、仕方ないだろ。勝手に出てしまうんだ……」


 さっきから気にしないようにしてきたけど、さすがに言わざるを得ない。


 魔力を流し込んでいると、リオさんの呼吸が荒くなり、艶やかな吐息や艶めかしい声が漏れ出ていた。


 正面から見てないから大丈夫だけど、マズい絵面になっている気がする。だって、イーデクス様も目を逸らしているから。


 普段凛としているリオさんが乱れた姿は叡智。叡智が過ぎる。これはマズい、マズいですよ!!


 人前で見せていい姿ではないし、三歳児ゆえにそういう気分にはならないけど、健全な高校生の精神の俺は悶々とした気分になる。


 ママンたちは寝てる時にこっそりやったから気づかなかった。


 他の子供たちも困惑しているし、やり方を変えた方が良さそうだ。


「リオさんは他の部室でやりましょう。後、レイナに変わります。レイナ、頼める?」

「ん。分かった」


 俺は断腸の想いで決断した。


 さらに時が流れたある日、リオさんが真剣な表情で俺に告げた。


「トール、お前に会ってほしい女の子がいる」

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