第30話 可能性(イーデクス視点)
イーデクスは、執務室でリオからの報告を受けていた。
「なんと……そのようなことが」
「はい。トールは物心ついたころから自分の魔力を認識し、遊んでいる内に魔力の通り道を開通させて魔法が使えるようになったようです。そして、他人の魔力の通り道の詰まりも解消できると。二人の幼馴染もトールの力によって魔法が使えるようになったものと思われます」
「守護者でもない子供が魔法を使ってモンスターを倒すなど、普通の子供ではないと思っていたが、まさかここまでとは……」
リオから齎されたのは、俄かには信じがたい内容だった。
トールは、自力で魔法を使えるようになるのみならず、他人の体に干渉し、魔法を使えるようにすることさえできるという。
これまで生きてきて一度たりとも聞いたことのない話だ。
トールが歳の割にしっかりしていて、一般人なのに、モンスターを倒してしまうほどの魔法を使えることは知っていた。
しかし、ここまでの力があるのは想定外だ。
「現在、同クラスの子供たちがトールの施術を受け、魔力量の劇的な向上、身体強化のスムーズな習得、体調の安定化など多数の効果が認められています」
しかも、通り道の詰まりを完全に解消することで様々な効果が認められるという。
「デメリットはないのか?」
ただ、これだけいいこと尽くめ。大きな副作用があってもおかしくない。いや、むしろあるのが当然と言える。
「強いてあげれば、施術を受けてすぐは魔力枯渇による倦怠感や眠気に襲われ、ほとんど寝てばかりになることでしょうか。しかし、それもしばらく経てば、魔力量が増加して自然と解消されるようです。それ以外は今のところ何も感じないと」
「そうか……」
しかし、信じたくはないが、現状目に見えるデメリットは存在しない。むしろ、その状態こそが本来あるべき姿のような気さえしてくる。
なぜ今まで気づけなかったのか……。
元々魔法を使える守護者たちにはなかなか気づけない盲点だった。もしもっと早く気付けていたのなら、これまでに死んでいった同胞もあるいは……。
イーデクスの脳裏にかつてともに暮らしていた者たちの姿が思い浮かぶ。
不甲斐なさに後悔を感じずにはいられない。しかし、今更後悔したところで無意味。死んでいった彼らは二度と戻ってはこない。
大事なのはこれからだ。
「他クラスの守護者の子供たちにも試してみたいのですが、よろしいでしょうか」
デメリットがないのであれば試さないという選択肢はない。
ただし、トールの話は現在の守護者たちの力を飛躍的に向上させることができるだけでなく、全人類の魔法の使用を可能としてしまう。
下手をすれば世界をひっくり返しかねない。取り扱いには注意が必要だ。
「いいだろう。守護者の子供への使用は許可する。ただし、一般人の子供に関しては保留だ。影響が大きすぎる。トールへも重々注意するように言っておいてくれ」
「承知しました」
それと、まだ確認するべき点はある。
「施術を行えるのはトールだけか? リオ、お前は?」
一般的な守護者にも可能なのであれば、一気に子供たちの力を高めることができる。それがかなえば、生存率が飛躍的に高まるはずだ。
「リーシャとレイナも可能です。しかし、私は家族に試してみましたが、不可能でした。相当に微細な魔力操作能力と、他人の魔力の通り道を正確に把握できる感知能力が必要となります。現状では三人以外には難しいかと」
「そうか。リーシャとレイナにも釘を刺しておけ」
徐々に広められることを喜ぶべきか、すぐに村全体に広められないことを悔やむべきか分からないが、少なくとも今よりも悪くなることはない。
それで良しとするべきだろう。
「承知しました。二人はトールの指示に従っているので問題ないかと思いますが、念のため注意しておきます」
「よろしく頼む。後は大人への効果か……」
子供たちにこれだけ効果があるのなら、当然大人にも似た効果があると考えられる。
子供とは違い、大人は即戦力。魔法能力の向上は、戦闘力の向上、引いては村の安全率へと直結する。
できれば、早急に実施したいところだ。しかし、現状まだ大人に試したことはない。本格的に始める前に実験は必要になるだろう。
「一ついいでしょうか?」
「なんだ?」
「施術を受けたいのですが、よろしいでしょうか?」
「いいのか?」
現状、トールの話を正確に把握しているのはリオとイーデクスだけだ。不確実である以上詳しい話はこれ以上広めないほうが好ましい。
立候補してくれるのならそれが一番だ。
しかし、子供には安全だからと言って、大人も絶対に大丈夫だとは言えない。ないだろうが、死ぬこともあるかもしれない。
「はい。ただ、子供たち同様にしばらくは私自身が使い物にならなくなる可能性があります。その間の替わりは必要になるかと」
子供たちは施術を受けた直後、魔力枯渇で寝てばかりいたという。
それはつまり、リオも同じ状態になる可能性があるということだ。確かに彼女の言う通り、魔力量が増加するまで子供たちを見ている人間が必要になるだろう。
「分かった。しばらくは私が指導しよう」
「よろしいのですか?」
現状村の人員はいっぱいいっぱい。むしろ慢性的に人手が足りない。
様々な業務があるとはいえ、おそらく一番手が空いているのはイーデクスだ。
他の人間にこれ以上負担を掛けるわけにはいかない。
「現状はそれがいいだろう」
「分かりました。それともし……いえ、何でもありません」
リオが珍しく何かを言いかけて口を噤む。
「どうした? 言ってみろ」
「……もし可能であれば、あの子をトールに診てもらってもいいでしょうか?」
リオは意を決した表情で口を開いた。そこでイーデクスはリオの事情に思い当たる。
「だが、トールは魔法を使えるとはいえ、三歳の子供だぞ? 治療は難しいのではないか?」
魔法と治療は別問題だ。
魔法が使えると言っても、知識も何もない子供が病気を治療できるとは思えない。
「このまま手をこまねいていては死を待つのみ。診せたからと言って死が早まるわけでもありません。トールには何かある。私の勘がそう告げています。一縷の望みに賭けたいのです」
確かにトールならなんとかしてしまいそうな気もする。
それにリオが言った通り、何もできなかったとしても今より悪くないことはない。
禁止する必要はないだろう。
「……そうか、分かった。好きにするがいい」
「ありがとうございます!!」
返事を聞いた途端、リオの顔が灯りが点ったように明るくなった。
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