第25話 ズレ(主人公ユークス視点)

 ――ドンドンドンッ!!


「ひぃっ!?」


 扉を激しく叩かれ、僕は布団の中で蹲る。


 きた……遂にきてしまった。


 ――バァンッ!!

 ──ガチャガチャガチャガチャッ!!


 扉が勢いよく開かれ、硬質な足音が近づいてきて布団を引き剥がされてしまう。ベッドの周りを十人以上の守護者に取り囲まれていた。


「ユークス・ベルクロア。神託が降った。我々についてきてもらおうか」

「は、はい……」


 彼らはこの街の守護者の中でも選りすぐりのエリートだ。それが十人以上いる。逆らったところで今の僕に勝ち目はない。だから、僕は大人しく彼らに従った。


 王都にある城へと連行されていく。


 この国は王都を中心として放射状に街が広がり、その周囲にいくつかの村が点在している構造になっている。


 王都を守る六つの街を第一防衛帯ファーストリング、その外側に存在する街や村を第二防衛帯セカンドリング、そして、その外側はサードリングと呼ばれている。


 僕――ゲームの主人公ユークスは、第二防衛帯にある街に住んでいた。


 馬車に半ば閉じ込められ、数日掛けて王都に到着。その足で国王に謁見することに。


 ビクビクしながら謁見の間に通され、王様の前まで進んで跪いた。


「よく来たな。勇者よ。面を上げよ」


 王様の言葉に従って顔を上げる。


 王様はゲームと同じく、五十代くらいのウェーブの掛かった灰色の髪をしている男で、肉体が鍛え上げられているのが分かる。


「勇者……ですか?」

「うむ。娘が神託を受けたのだ。シーリス」

「はいっ、お父様」


 玉座の側に一人の女性が立っていた。


 彼女はシーリス。王様の娘であり、青髪のロングヘアーと青い瞳を持つ、落ち着いた雰囲気の美少女だ。


 玉座の少し後ろに立っていたけど、少し前に出て口を開いた。


「女神様はおっしゃられました。ユークス・ベルクロア、あなたが世界の脅威を取り除き、モンスターが溢れるこの世界を救う勇者である。そして、脅威は北にある、と」


 その声は川のせせらぎのような聞き心地がよく、スッと頭に入ってくる。


 それだけ告げると、シーリスは元いた位置へと下がった。


 主人公とはほとんど接点のないサブキャラでありながら、この物語の始まりを告げる重要な存在だった。


 ビジュアルがきちんと設定されていて、一定数のファンがいるキャラだ。


「行ってくれるな?」

「はっ」


 王様にこんなふうに頼まれたら断れるはずもない。


 ゲームの主人公のなら意気揚々と受けたんだろうけど、できれば断りたかったな。


「旅に必要なものはこちらで用意しておいた。すぐに出発するのだ」

「ははっ」


 僕は必要な物資を受けとるために謁見の間を後にした。


「あれ? そういえばなんで村の壊滅の話が出なかったんだろう」


 ほとんどゲームで見たオープニングと同じだったけど、一つだけ違う部分がある。


 それは村の一つが壊滅し、最近モンスターの動きが活発化して脅威が広がっている、という話に全く触れられなかったこと。


 だからこそ、勇者は旅立ち、モンスターを倒しながら街や村を巡っていくことになるのだから。


 気になった僕は、案内係の人に話しかけた。


「あの、すみません」

「なんだ?」

「辺境の村が壊滅したという連絡はありませんでしたか?」

「いや、そのような報告は受けていない。だが、先日西の方で大規模なモンスターの襲撃があり、それを撃退したという話は聞いている」

「なんだって!?」


 そんな話は聞いたことがない。


 確か、本来なら千体以上のモンスターに襲われて村が壊滅するはずだ。


 辺境の村にそれだけのモンスターを撃退できる戦力はない。なのに、撃退したというのは明らかにおかしい。


「なんだ? どうかしたのか?」

「いえ、何でもありません」


 僕は訝しげな目で見てくる守護者を適当に誤魔化した。


 いったいどうなっているんだ? このまま旅立って大丈夫なのか?


 僕は、疑問と不安が消えないまま旅立つことになった。


「なんでこんなにモンスターがいないんだ?」


 そして、街から旅立った僕はより一層おかしな状況に困惑してしまう。なぜなら、道中にほとんどモンスターがいないから。


「もしかして村がモンスターを撃退したという話と関係があるのか?」


 ゲームと違うのはそこだけだ。それ以外に考えられない。


 その村がモンスターを撃退したことによって国内のモンスターの脅威が少ないままだとか?


 とはいえ、壊滅するはずの村は僕が進む道とは別の方角。寄り道する余裕はない。


 僕はそのまま北上して次の街を目指す。


「勇者様、お話は聞いております。どうぞお通りください」


 そして、そのまま何事もなく街へとついてしまった。


「いやいや、なんでモンスターもボスも出ないの?」


 そう、何事もなくついてしまったんだ。


 それはどう考えてもおかしい。


 本来であれば、ここでモンスターとの戦い方を覚え、その最後にボスモンスターが現れるのが最初のイベントだ。


 それが何一つ起こらなかった。


 神託イベントといい、最初の街までのイベントといい、何から何までおかしい。


 僕としてはモンスターと戦いたくはないので願ったり叶ったりだけど、この先どうなるのかが何も分からなくなって不安が増していく。


 なぜか物語が大きくズレ始めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る