ウェンズデイ

ぼくる

水曜日のねごと

ある水曜日の早朝に、ウェンズデイは目を覚ました。頭を働かせる間も無く、機械的な習慣に則って起き上がろうとすると、彼女は毎朝性懲りも無くやってくる重力を感じた。それは彼女にとって、母親のように優しげな重さだった。私はこのベッドと布団に、土曜日にお昼寝をする赤ちゃんみたいに守られているし、それに、これは私だけのベッドと布団で、唯一横になれる場所だから。


 しかし、ウェンズデイがじっとマットレスに頬を押し付けていようと思うと、ベッドの下から何か、自分を吠え立てて退かそうとしているらしい、微かな声に気がつく。声の主は、彼女が「ボク」と名付けた芝犬だった。彼は一瞬にしてベッドの脇に、人間のように後ろ足だけで立ち上がると、戯けたがりのコメディアンが皮肉な態度を披露する時にやる様に、ありもしないシルクハットを脱ぐかの様にして、胸の前に掲げた右手をくるくると二、三回まわし、最後にその肉球のはめ込まれた手の平(前足の裏)を見せながら恭しく彼女に頭を下げた。左手は腰の後ろに添えられ、彼の面上にシニカルな微笑が閃いた様に見えた。


 ウェンズデイは仕方ないとでも言った風に、寝床から気怠そうに身をもたげた(彼女は、まさにその彼女の飼い犬がベッドの上に横たわっていたのであり、彼女が飼い犬を追い立てたのかも知れないなどとは、露ほどにも思っていない)。自分が保護されているはずの場所でもこんな訪問者がやって来るものだから、その居場所を信頼していたウェンズデイは尚更、ひどく落胆せずにはいられなかった。彼女は憂いの込もった、溜息らしい歌詞の付けられた大きな欠伸を唄い、窓辺に視線を向けた。愛犬はしれっと四足歩行に戻り、ベッドに跳び上がって、お座りの姿勢で彼女と同じ様に窓の外を見つめていた。


 この時、朝の陽射しがアスファルトを遠慮がちに染めるのとそっくりの身のこなしで、とある確信が、ウェンズデイを淡く染め上げようとしていた。それはつまり、自分のこんな就寝と起床そのものが、それに纏わる一連の動作が、また、この途上でひっそりと声を出す時計の針の音や、気紛れに部屋を穿つ陽だまり、暗闇の中に朧げな輪郭を描いて、自分の顔を照らす携帯電話のブルーライト、枕や布団の乱れ具合、目やに、よだれ――これらがまさに自分の生き甲斐であるという、暫定的な羽休めに近い確信だった。




 また別の日の朝。ウェンズデイは、腹部の鈍痛に目を覚ました。頭を心持ち起こし、痛みを感じる所に寝惚け眼を向けると、仰向けになっている自分の体のちょうど腹の辺りで、「ボク」が右側を下にして寝転んでいるのが見えた。彼女はそれで力尽きたと言わんばかりに、もたげた頭を枕に投げ出し、深く息をついた。

「この前に考えたことのせいだ」と彼女は思わず独り言ちた。そして頭の中で言葉を次々と膨らませた。それは、彼女がもうすっかりとその色に馴染み始めていた、前の水曜日に得た確信についてのことだった。


〈この前のは、自分を蔑ろにしないと言えない冗談だった。ほんとそうだった。私がやったことって結局、自分を蔑ろにすることの欠陥を、弱点を見せびらかしてるだけだった。馬鹿だ〉

 ウェンズデイは体全体を揺り動かして、飼い犬を身体の上から追いやった。そして布団をめくってベッドから抜け出ると、すぐさま振り返って、布団に包まっている自分と、目覚まし時計に起こされる自分、そしてそれらの繰り返しそのものかも知れない自分たちを、さも不快そうに見やった。その視線の向けられた所から察するに、彼らは枕のすぐ傍にでもいるらしかった。


 ウェンズデイは、衣替えの時期に発揮される様な無意識的な適応力を用いて、以前の自分を押入れの中の引き出しにしまった。そして彼女は、自分が複数に枝分かれしているという訳ではない、対立しているのでも、自分の仲裁に入ろうとしているのでもないという、否定的な衣服をクローゼットから取り出した。しかし、それを着るにはまだ早かった。無傷でそれを着こなすには、ウェンズデイが自分の身体をもっとよく知ることが必要だった。右を向きつつ左を向き、左を見ながら右を見る。亀を追い抜いていながら追い付けず、亀に追い付いていながら追い抜けはしない。これらを彼女の中で一つにし、またその中で彼女も一つに溶け込まなければならなかった。寝たり起きたりが、微睡みとして合一する様な、この一体化、融合を何度も繰り返し、更に彼女はその中に身を投じなければならなかった。


 ここでウェンズデイを巡って、一つの疑問が展開される。彼女は既に、その渦に、現実らしい現実に身を投じていたのではないか。先程クローゼットから取り出した、おそらく糸のほつれたボロボロのセーターと大した違いの見受けられない薄手の上衣は、彼女が今までに何度も着用していたものではないだろうか。今着ようとしている服こそが、彼女が押入れにしまおうとしていた服なのではないか、という疑問である。つまりウェンズデイは、彼女自身のちょっとした失念のお陰で、幾つもの服を押入れの中でごちゃ混ぜにしてしまったのである。もうこうなってしまうと、彼女にはお手上げだった。今日の服を選ぶ力も失ってしまい、彼女は暑さを和らげるために裸になるべきか、寒さを凌ぐために何枚も着込むべきか、裾をたくし込むべきか、袖を捲るべきか、その見当もつかず迷い果てていた。やがて迷うことすら覚束なくなった頃には、彼女は今日が何曜日かということすら思い出せなくなっていた。

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ウェンズデイ ぼくる @9stories

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