【打切】赤い剣聖と呼ばれた吸血鬼の伯爵子息、家を追放され完詰み聖女の護衛になる

たしろ

第1話 血を飲まない吸血鬼

 吸血鬼ユリウスは立ち尽くしていた。

 片田舎にある優雅な城の謁見室にて。

 金髪から覗く赤い瞳はひとえに父であるモリス伯爵を映している。


「……父上、冗談を仰られているのですか?」

「お前に父と呼ばれる筋合いはない」


 元より冷徹なモリスが輪をかけてユリウスを突き放すのには訳がある。

 血液アレルギー。

 戦から帰ったユリウスが不調を訴え、医師が出した診療結果はモリスを大いに怒らせた。

 他者の血を飲むことで強大な力を得る吸血鬼族にとって、その病気は致命的な欠陥である。


「吸血鬼でありながら血が飲めないとは、ヒトにも劣る下等生物に成り下がりおって」


 ユリウスは返す言葉もなく閉口した。

 今の彼に残されたのは日に当たれば灰と化す不便な体と出涸らし程度の特殊能力。

 自身の血統に強い誇りを懐くモリスにとってすれば、今の息子は一族の面汚しに他ならない。

 ゆえに出てくる言葉は一つ。


「ユリウス、この家を出ていけ」


 低く冷たい声が部屋中に響き渡る。

 モリスの傍らには第二婦人のアンジェリカと、その息子マリウス。二人とも下卑た笑いを堪えられずにいる。


「しかし父上、僕がいなければこのモリス家を継ぐのは……」

「マリウスがいる、なにも案じることは無い」


 マリウスはユリウスの三つ下の弟で、来年には成人の儀をを済ませる年頃。

 歳だけ見れば家督を継がせるに申し分ない。

 が、そのマリウスの人格にユリウスは並々ならぬ不安があった。


「はたして民衆はマリウスをどう思っているでしょうか」


 ユリウスは言葉を濁すものの、マリウスの非道ぶりは領内でもたびたび問題になるほどのものだった。

 女癖が悪く、暴力沙汰も日常茶飯事。

 とても領主など務まる器ではない。

 が、当の本人はユリウスの失脚を見て有頂天になっている。


「大丈夫だよ父上、俺にはモリス家の血が色濃く流れているんだから。民も服従するに違いないさ」

「そうよ。こんな出来損ないの言うことなんて聞く必要もないわ」


 マリウスに追従してアンジェリカもユリウスを貶める。

 もはや対話が成立しないと悟ったユリウスはおもむろにモリスたちへ背を向ける。


「待て、なんだその態度は」


 振り返り「えっ?」と首をかしげるユリウス。

 その頬を深紅の刃が掠めた。

 一族固有の能力操血によって生み出された血の短剣。

 それを放ったのは他ならずモリスである。


「挨拶も無く帰ろうとするとは、貴族に対する礼儀がなっていないな」


 モリスの指先を血が滴り落ち、宙に浮いて短剣状に変形した。

 2つ3つとそれは増えていき、モリスの周囲を衛星のようにクルクルと回る。


「よく見ていろマリウス、愚民を躾けるのも貴族の役割だ」


 モリスが手を伸ばすと共に一斉に放たれる真紅の刃。

 ユリウスを痛めつけるように彼の周囲を飛び回り、ズタズタに服を割いていく。

 白い肌には無数の刀傷。しかしそれはモリスが付けたものではない。


「気が済みましたか、父上」


 並々ならぬ威圧感に真紅の刃がピタリと止まる。

 幾多の戦場で功績を上げて『赤い剣聖』と恐れられるユリウスにとっては、吸血鬼の持つ力すらも大したものではなかった。


「それでは僕はこれにて失礼します」


 大げさに頭を下げてユリウスは有無を言わせず部屋を後にした。

 バタリと閉じた扉の向こうではモリスたちが無理に高笑いを上げている。


「はぁ……」


 露骨に落ち込んだ様子でユリウスはとぼとぼと廊下を歩いて行く。

 あられもない姿に驚き、メイドたちは道を開ける。


「ああ、気を使わなくていいよ。僕はもうこの家の者ではないから」


 ユリウスは存外気に病んでいた。

 自分がこれまで成してきたことが全て否定されたような、そんな虚無感。

 扉を開き外に出て、門の前に差し掛かったところで番兵がユリウスを呼び止める。


「どうしたんですか、坊ちゃん!」


 同情の目を向けられた情けなさから、ユリウスは答えに詰まる。

 この番兵は戦で共に前線を駆け抜けた仲間。

 ユリウスは今のみすぼらしい姿を見せることに躊躇いがあった。

 そんな心中を察してか、番兵はユリウスの腕を掴んですぐ近くの宿舎へと連れて行く。


「ボロボロじゃないですか、俺の服でよければ来てください」


 自室に入ると番兵はすぐに棚から服を取り出してユリウスに差し出した。


「いや、そんな……」

「いいんですよ、遠慮しないでください」


 番兵は半ば強引に破れた布を剥いでユリウスに服を着せる。


「美男は何を着ても美男ですね!」

「茶化すなよ」


 陽気に振る舞う番兵に心を解され、ユリウスの口も軽くなる。


「実は僕、父上から縁を切られて家を追い出されたんだ」


 衝撃の展開に番兵は言葉を失った。

 しかしその命令を下したのは伯爵であるモリス。一介の兵士が口を出せる相手ではない。

 そうなると彼が取れる選択肢は一つ。

 番兵は腰元の剣を外してユリウスに差し出した。


「これ、持って行ってください」

「さすがにこれは……」

「いいんですよ、こんなもの倉庫に行けばいくらでもあるんですから」


 茶化しながらクイクイと剣を突き出す番兵。

 ユリウスはそれを受け取り、腰元のベルトに差した。


「悪いなハロルド、ありがたく受け取るよ」

「いえいえ。あっ、でも長旅になるなら……」


 番兵は思い立つままに部屋中からものを集め、次々とユリウスに渡していく。

 マント、ブーツ、ポーチにナイフ……

 全て受け取った時には、ユリウスは一人前の冒険者のような出立ちになっていた。


「本当にありがとう」


 番兵と抱擁を交わしてユリウスは宿舎を出る。

 行く先はなくとも、その心は城にいるより幾分晴れやかなものだった。


「さてと、まずは……」


 生活拠点を探すため、近隣の都市ファルムに向けてユリウスは歩みを進めた。

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