第7話
翌朝、3人はエルルの従者が待つであろう渋谷を目指して歩いていた。
バーレウス星人に見つからないように慎重に、時には大きな迂回を経て、ようやく世田谷区と呼ばれていたエリアに入る。
しばらく歩き続けていた3人は、路地裏で腰を落ち着けた。
「晴、あとどれくらいだ?」
「ここは多分、世田谷……かな。このまま順調に進めば、あと2時間か3時間だね」
「そう上手くいけばいいがな。万が一伯爵が軍に報告していないとしても、この辺りは兵は多い」
「あのクソ野郎が告げ口してないなんてことはねえだろ」
一希が悪態をついたところで、ガチャガチャと金属が擦れる音と共に声が聞こえる。
ノイズがかった低い声は、伯爵やエルルの護衛たちと同じバーレウス星人特有の声だ。
「こんなところに来てるのかねえ」
「伯爵様いわく、反逆者は軍の設備を狙うって言ってたぜ。だから遠くてもこの辺の配置で構わないってさ」
「俺だったら全軍で見つけた場所に攻め込むな」
「ばっか、お前それじゃ逃げられた時に大変じゃねえか」
ゲッゲッゲと、ガラガラした笑いと共に兵士たちは路地を素通りする。
息を殺していた3人は、大きく息を吐きながら構えを解いた。
「流石にもう知れ渡ってるみたいだな」
「指名手配ってやつだね。でも、エルルちゃんのことは知らなかったように聞こえたけど」
「ああ。俺もそう聞こえた」
一希と晴は「お前はどう思う?」というような目でエルルの方を見る。
「おそらくだが、軍の一部にしか知らされていないのだろう。王女が反旗を翻したともなれば、穏健派が勢いづくだろうしな」
「そういえばエルルちゃん、その穏健派とやらに助けを求められないの?」
「難しいだろうな。我々がこうして侵略行為を繰り返しているのも侵略派が全ての権利を握っているからで、穏健派閥は王族や貴族の関係なく地球との戦で無駄死にさせられたよ」
エルルは一希から借りていたパーカーのフードを深く被る。
緑色の肌に伝う雫は、ただ民を思う王女の言葉だけとは思えない何かを2人に感じさせた。
「なあ、お前は穏健派だったのか」
「ああ、そうだが」
「そこに大切な人がいたのか? 初めて会った時もそんなことを言ってただろ」
「……まあな」
「誰なんだ、その大切な人ってのは」
「言いたくない」
「あ?」
「言いたくない、と言っているのだ」
「なんでだよ。俺たち仲間なんじゃないのか」
2人の口ぶりはどんどん強くなっていく。
「仲間であっても言いたくないことだってあるのだ! そんなことも分からんか貴様は!」
「言わねえと分からねえだろ。理由がなきゃお前のことなんて信用しねえよ」
「ま、まあまあ2人とも一回落ち着こうよ。ね?」
晴の仲裁も構わず2人の間には険悪なムードが漂う。
「私は私のできることをしているはずだ! こちらの秘密くらい尊重しろ馬鹿者が!」
「知るかよ。勝手に戦争始めて偉そうにしてきたくせに」
パンッ、と乾いた音が響く。エルルが一希の頬を引っ叩いたのだ。
晴が間に入る間もなく、青年は目の色を変えて懐からサバイバルナイフを取り出す。
力強く握られたそれが思い切り振り上げられた時。
「何をしているのですか」
透き通る声が路地裏に鳴る。
ナイフを握った一希の手首から先が、ぼとりと落ちた。
緑の肌、額の右側にだけ生えている鋭い角。
着こなされたクラシックなメイド服の
「人間、お前たちがエルル様を……」
「ぐう、うお……手が、ぐ……」
溢れ出る血液と痛みを抑えようと、左手で腕を強く掴む一希。
エルルが何かを言う前にメイドは手をくいっと下から上に一振りする。
空中の何かが太陽の光を反射してきらりと光った。
「これは、糸か!」
晴が危険を感じて素早く物陰に身体を隠すと、目の前にあった業務用のゴミ箱が豆腐のように両断され、ゆっくりと崩れる。
「待て! ムウカ!」
両手を挙げ降伏の意志を示す晴にメイドが一歩近づいたところで、エルルの声がようやく彼女に届いた。
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