第8話

 エルルの声でムウカと呼ばれるメイドはピタッと動きを止める。彼女があと数ミリ指を動かせば、はれの首が飛ぶ。というところまで細い糸が彼に迫っていた。


「エルル様、なぜお止めになられるのですか」

「彼らが私の仲間だからだ」

「ですが、この地球人どもはエルル様に刃を向けました。信用できません」


 エルルのメイド、ムウカにぴしゃりと言い切られたエルルは、切られた腕を抑えムウカの方を睨む一希を見やる。


「確かに一希は激昂して私に襲いかかった。だがそれは私たちの意見の相違によるものだ」

「では意見の相違が起こる度にエルル様は殺されてしまうのですか。私はそれを見過ごすことはできません」


 む、と言葉に詰まるエルル。


「だが、私は2人と約束したのだ。それに、私たちはこれからきっと分かり合える」

「……かしこまりました」


 エルルの根拠のない笑顔を見て、ムウカは表情も変えずに彼女を睨む青年の方へコツコツと歩く。

 そして、吹き飛んだ手首から先を拾い上げ一希をお姫様抱っこの要領で抱えた。


「何しやがる、離せ異星人!」

「暴れると出血が酷くなります。お止めください」

「うるせえ!」


 メイドの腕の中で暴れる一希、弱弱しいながらも抵抗のために繰り出される拳をひょいと避けるムウカ。母親と駄々を捏ねる赤ん坊のような攻防が繰り広げられる。


「落ち着いてください」

「がっ……!」


 しばらくして面倒くさくなったのか、ムウカが一希に頭突きを食らわせ彼を気絶させた。

 ゴンッと鈍い音が路地に響く。流石にオーバーキルを心配したエルルと「やれやれ」という顔をした晴の方を向いて、ムウカは真面目な顔で話す。


「それでは参りましょう。お屋敷までは私が案内します」


 一希と晴の応急処置を施した後、彼女がエルルを探すために乗ってきた車に3人は乗る。

 バーレウス星人が侵略の際に使用していたのは軍事兵器がほとんどで、軍人ではないバーレウス星人が日常生活で使うものは地球産のものがほとんどである。ということを一希と晴は知った。


「これから数年もすれば我が星から移動手段なども輸送されると言われてはいます」

「ははあ、もしかして転送装置みたいなものも設置されるの?」


 晴はムウカに対してフランクに話しかける。ムウカは、一希に比べて穏やかすぎる彼を見て不思議がる表情で答える。


「私は詳しくありませんが、航行距離や規模を考えると未だ現実的とは言えません」

「宇宙人でもそれは難しいんだ」

「絵物語のような技術を再現するにはまだ遠いでしょうね」


 エルルが2人の会話に加わる。


「私はバーレウス星人と地球人とでは思ったより技術の差はないように感じた。先の侵略では私たちは圧倒的な力を誇ったかもしれないが、それでも最終的にはこちらにも中々の損害が出たと聞いている」

「暴力の技術は飛びぬけているけど、他は僕たちのあまり変わらないってことかな?」

「少なくとも私はそう感じたよ」


 エルルの何か思うところがある表情を見たムウカが、前を見て運転をしながら話す。


「エルル様、あのことはまだお2人には話されていないのですね」

「ああ、だが一希の治療が終われば話そうと思う。元はと言えばこれが原因だからな」

「エルルちゃん、それだけ話したくなかったことなのにいいのかい?」

「……ああ。未だに心の整理がついていないから話したくなかったが、そうも言っていられない」


 道中、バーレウスの兵士と何度かすれ違うことがあったが、誰もエルルについて聞かされなかったのだろう。ムウカを見て訝しむ者はいなかった。

 幸いにも、何かが起きることなく車は目的地へ到着する。

 そうして4人はとある豪邸の裏手に到着する。外側は協会を思わせる外観で、エルルとムウカしかいないと聞くと、部屋を持て余しているだろうと思うほど大きかった。


「到着しました。今なら見つかることはないと思いますが、警戒して屋敷へ入ってください」


 ムウカに促され晴はエルルと共に屋敷に入る。

 一希は再度、お姫様抱っこで運ばれることになった。


「……はっ、ここは」


 一希はベッドで目を覚ます。覚えている最後の記憶は憎きバーレウス星人腕を切られたこと。

 しかし手を見てみれば、失ったはずのそれは自分の右手にあった。痛々しい治療の痕とともに。


「つぅ……」


 自覚すれば痛みが右腕に戻ってくる。治療の影響もあるのか、接合部を搔きむしりたくて仕方がない痒みにも襲われる。

 一希が歯を食いしばってベッドのシーツを強く握っていると、扉を開く音がする。

 そこには食事や薬を載せたトレーを持ったムウカがそこに居た。後ろにはエルルと晴も控えている。


「一希、大丈夫? 腕はまだ痛むかい?」

「ようやく目が覚めたか」

「クソ、痛えよ……というかお前ら、これはどういうことだ」

「ここはエルル様のお屋敷です。あなたの腕は私が処置致しました」


 そう言ってムウカはトレーに載っていた品々を一希に差し出す。鎮痛剤と食事、それは今の一希に必要なものだった。

 おおよそ米と野菜炒めのような料理に勢いよくがっつく青年にエルルが声を掛ける。


「一希、大事な話がある」

「んあ、なんだよ今更」

「先ほど渋っていた話だ。貴様の言う通り仲間だからこそ話さねばならなかったな、すまない」

「……で、なんだよ」


 一希の反応に微笑んで、エルルは一呼吸おいて口を開く。


「私が侵略を止めさせたい理由は、兄弟を守りたいからなんだ」

「兄弟?」

「ああ。王には5人の子がいた。一番上の兄、次の兄、私、そして妹と弟だ」

「そうかよ」

「一番上の兄だけは、王の思想に賛同する侵略派だ。だが、二番目の兄と私たちは所謂いわゆる侵略に反対する穏健派というやつに当たる」

「侵略派と穏健派、内部で争ってたってわけか」

「ああ。だがここに来る前に話した通り、穏健派は内部抗争に敗れ発言権を失った。それどころか、王の命令で突撃部隊の捨て駒として使われる始末だ」


 一希と晴はその言葉にはっとする。彼女の傷は未だ癒えていないだろうことを理解した。


「穏健派の兄は、地球侵略で戦死した。ろくな武器も与えられずにな」

「エルルちゃん……」


 力なく告白するエルルに晴は言葉を漏らす。


「幸い私や兄弟はまだ疑惑で済んだからか、私はこの地に住むことを命じられただけだ。妹たちも、まだ惑星で暮らしている。だが、この状態がいつまで続くか分からない。だからこそ何かが起きる前に王を討たねばならないのだ!」


 力が入り声を荒げるエルル。一希はそれを見て、ぽつりと話し始める。


「お前の事情は分かった。それと、急に切ろうとして悪かった。すまん」


 エルルに向けてぼそぼそと話す一希。彼の頭をムウカはトレーでスパンと叩いた。

 アルミ製のトレーの軽快な音が鳴る。


「次にそのようなことをすれば私が殺しますので」

「てめえ何しやがん……痛え!」

「ともかくだ! これからよろしく頼む、一希、晴」


 喧嘩を始める一希とムウカの間に割って入るエルル。

 彼女の言葉を聞き2人は無言で頷いた。

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