第3話

 「行ってくる」

 「必ず帰ってくるからね」


 逆瀬川一希が最後に聞いた両親の言葉はたったこれだけだった。

 自衛隊に従事していた両親は、バーレウス星人がアメリカ・ロシアを陥落させたという凶報を受けた内閣総理大臣によって招集されたのだ。


 両親が家を出てから数日。まだ10歳だった一希は孤独と寂寥に耐えきれず、親を探しに家を飛び出した。それに、嫌な予感がした。

 だが、町に住む小さな子供がどう戦地まで向かうのだろうか。一希は己の不安をかき消すためにとにかく走った。しかし、両親に二度と会えないかもしれないという不安は、いつまでも拭えなかった。


 子供ながらに考え駅方面に走っていると、人を見た。それは近所に住む老人・アキジイだった。

 アキジイは元自衛官で一希の両親とよく交流があり、両親が家を空けている間はよく面倒を見てもらっていた。

 体には特徴的な傷がいくつもあり、一緒にお風呂に入った時には「男の勲章だ」とよく笑顔で見せてもらっていたから分かった。


 それはアキジイの首のない死体だ。

 溢れ出る血液はアキジイの服をぐっしょりと濡らし、手のサバイバルナイフは死後硬直によりがっしりと握られていた。


「あ、あ……」


 一希が人の死を見るのは当然初めてだった。初めての死体。それも、親しい人間の死体だ。

 少年は言葉にならない悲鳴を上げて腰を抜かした。

 また、この出来事が一希の不安を加速させる。両親もこうなっているのではないかと、嫌な予感がより鮮明になってしまったのだ。


「危なあい!」


 突然、大きな銃声と共に後ろから巨体がぐらりと倒れてきた。それは180センチメートルもある父親を上回る、ゴツゴツとした体を持つ全身緑色の化け物だった。胸部の中心には大きな穴が空いていて、そこから赤黒い血がどくどくと流れている。

 

 化け物の数メートル後ろからひょこりと現れたのは、「危ない」と一希に声を掛けた主だった。声の主は一希と大して年齢が変わらなさそうな少年で、ボサボサの髪をゴムを使って前の方で雑にまとめて、おでこを出していた。

 少年の持っている長い筒からは煙が上がっていた。


「キミ大丈夫、怪我はない?」

「あ、ありがとう。これは…」

「宇宙人らしい。ラジオで言ってた」

「宇宙人…」

「とにかく、ここはもう危険だ。一緒に行こう!」

「待って! 父さんと母さんに、会いたいんだ」


 少年は今にも泣きそうな一希を見て「うーん」と考え込むが、数秒もしないうちに


「うん、無理だ!」


 と笑って言う。一希もこんな断られ方をすると思っていなかったのか、啞然としていた。


「今はってことね。このまま行ってもどうにもならないから、とりあえず家に行こう」


 一希は少年に連れられ辿り着いたのが、浅間山せんげんやまにある草木が生い茂ったテントだった。

 一希をここまで導いた少年は名を反田晴はんだはれと言い、一希に多くのことを教えた。食べられる草花、テントの張り方、そして銃の使い方など。

 晴は捨て子だったが、知り合いのホームレスに生き方を教えてもらったり、図書館で毎日本を読み漁っていたから、それだけの豊富な知識があったらしい。


 2人は来たる日に備え、助け合い、己を鍛えながら5年の日々を過ごした。1つだったテントは2つになり、4つになった。

 下水道を使いあちこちで食料を確保し、諜報活動も行うようになった。晴は廃材から武器や機械を作る腕をさらに磨き、一希はひたすらに己を鍛えた。


 しかしいくら強くなっても、しばしば今日のように両親の夢を見る。

 そんな時は、決まって名前を口にしてしまうのだ。


「父さん、母さん……行かないで」


 エルルは一希が眠りながら涙を流すところを見た。何度も父と母の名前を呼び、不安そうな顔をする青年を見て、心がきゅっと痛くなった。


「貴様にも、大切な人がいるんだな。イツキ」


 エルルは、弟にそうしてやるように、一希の頭を優しく撫でてやった。

 一希の表情がほんの少しだけ穏やかになった気がした。

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