第4話
夕方、17時を過ぎた頃。がさがさと、何者かが茂みを搔き分ける音で逆瀬川一希は目を覚ました。
仲間たちが帰って来たのだろう、いつもなら。
今回は足音が明らかに違っている。音をたてないような訓練された歩き方ではなく、ガサガサと容赦なく草を踏み潰す、周囲を気にしない粗雑な足運び。
一希はその小さな違和感を見逃すことなく、すぐさまテントの端に立て掛けていた小銃を手に取る。
「一希、どうした!」
エルルは青年の頭に置いていた手をサッと隠して、事の詳細を訪ねる。
「おそらく敵だ。戦闘の準備をしておけ」
「なに、分かるのか?」
「ああ……ん、お前、俺の髪の毛触ったか」
「ん、いや別に……?」
エルルは咄嗟に誤魔化した。がっつり触っていたと言えば嫌な顔をされそうだったからである。
一希は自分の髪についた変な癖を直すこともなく、テントのフロントドアパネルに顔を近づける。
初めは何も見えず足音だけが響いていたが、その正体はようやく姿を現した。
一希が町中で殺したのと同じような見た目をした4人の異星人が、整列して歩いてくる。その中央には、周囲の者に比べ少し体格は劣るが、貴族のような気品を放つモノクルを着けた異星人が気持ち悪い笑みを浮かべている。
中央のバーレウス星人は、辺りを見て仰々しく「フン」だとか「ホォ」という反応をしている。
「こんなところに隠れていたか、こんなに地球人臭いのに気づかなかったよ。キヒヒ」
「ポントォ・デ・レトルノ伯爵……」
一希の後ろからエルルが名前を呟く。その声に反応して、伯爵と呼ばれる異星人は両手を広げた。
「おや、おや、おや。これはこれはご無事で何よりですエルル様! 今から我々が救出致しますよ」
「こいつは自分で選んだんだよ。お前らとの決別をな」
「黙れ地球人。その汚らしい口を閉じろ!」
伯爵は一希の言葉に割り込み罵倒する。そして面倒くさそうに後ろの護衛たちに「おい」を声を掛ける。
奥からさらに2人の護衛が現れ、彼らの手には、激しい怪我で生きているのか死んでいるのかも定かではない人間が持ち上げられていた。屈強な男たちは服の首部分を汚いものを触るように摘ままれていて、人間の頸部が圧迫されている。
「
「やはり賊の仲間だったようだな! さて、生意気な地球人。非常に癪だが貴様と取引としてやる」
「取引だと。そんな目にあわせておいて今更……」
この数年間一緒に暮してきた仲間の花丸と隆太の凄惨な姿を前に、一希は冷静な判断を失っていた。
今にも相手に襲い掛かりそうな構えをし、伯爵たちも戦闘態勢を取る。
ピリッとした風が周囲を流れ、一触即発の状態をさらに引き締める。しかしそこへ声が掛かった。
「ちょっと、待った待った!」
「まずは取引の内容でも聞こうよ。あいつらをぶっ殺すのはそれからでも遅くないだろ?」
晴の言葉を聞いて、一希は自分の興奮を静めようと深呼吸する。その後、こくりと頷いた。
「ホゥ、地球人の中にも聞き分けのあるやつが居たとはねえ。ダイトウリョーとか言う地球人より弁えてるじゃあないの。キヒヒ」
「ん? そりゃどうも。で、取引の内容は?」
「この地球人2匹とエルル様との交換だ。当然な、そしてエルル様の方から先に引き渡してもらう」
「なるほど……分かった? エルルちゃん」
エルルは晴の顔を見る。出会って数時間、言葉だって満足に交わしていないが、エルルは彼が何を伝えたいか理解した。
「おい晴、どう見たってこいつが約束守るとは思えないが」
「まあね。だから、取引をするんだ」
「ああ、そうか。なるほど」
一希が晴の言葉に理解を示し、口元を服の襟で抑える。
晴と一希はエルルを連れて伯爵の3メートルほど前に並ぶ。
「さ、エルルちゃん」
「ああ」
エルルが下卑た笑みを浮かべる男の元へ歩く。それを確認した伯爵は後ろの男たちに「やれ」と指示する。
同時に、晴と一希は人質を抱える男たちへ一斉に走り出した。
一希はサバイバルナイフを逆手に持ち男に急接近する。人質を抱えた男は反応が遅れたものの、右脚で前蹴りを繰り出した。
ヒュン、と空気を切り裂く蹴りで地面の草が舞い上がる。しかし同時に跳びあがった一希はその脚を踏み台にして、異星人を全力で切り裂いた。深い傷から赤い液体を大量に零して、男は崩れ落ちた。
一方で、晴は懐から小さな拳銃を取り出して男に向ける。それを見た護衛の男は、「そんなものが俺に効くか!」と言わんばかりに笑顔を浮かべる。発砲音が鳴り、やはり効くわけがないとニヤついた男は膝をついた。
「お、異星人にも毒って効くんだ」
「毒、だと。嘘を吐くな! 俺に毒は効かん!」
「そっかそっか、じゃあこの下水とか医療廃棄物とか諸々を混ぜたものは毒を超えるんだねえ」
「な、何を……!」
言葉を続けようとしたところで、男は泡を吹き絶命した。
「こ、こいつら……護衛ども、始末しろ!」
額に青筋を立てた伯爵は後ろに控えている男たちに命令する。
だが、背後から一本の尾が彼の首に巻き付き、「グエッ」という嗚咽と共に彼は背中から地面に叩きつけられる。
「動くな! これはエルル・クエーテ・アマの命令であるぞ」
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