第2話

「バーレウスを、しん、りゃくだと……?」

「ああ。我が星、バーレウスの侵略だ」


 逆瀬川一希さかせがわいつきは今までの無表情とは違い、明らかな動揺を見せる。それもそうだ。侵略者の惑星の王女とあろう者が、自分の国を侵略する。

 どうして、何のために? 疑問が脳を埋め尽くし、一希は言葉に詰まった。


「いや、信用できない。俺を騙そうとしているのだろう」

「だが私は護衛を倒せるほどには強い。貴様ごとき騙らずとも負けんわ!」

「どうだか。まさかお前が裏切るなんて夢にも思っていなかっただけだ」

「む……まあ、いきなり言われても理解できんのはそうかもしれないな」


 一瞬頬を膨らませたエルルだったが、一希の言葉に納得してしまったのか頭部に手を置いて、何かを考え込む。

 そしてぽつりと話し始めた。


「父上に代わって、私がバーレウスの女王になる」


 自国の王を討つと彼女は言った。それは明確な反逆の意志であり、父を殺すという覚悟である。


「何故だ?」

「大切なものを守るためだ」

「だが、王女ならいずれは後を継ぐことだってできるだろう。今じゃなきゃ駄目なのか」

「そうだ。今でなくては、消えてしまう」


 エルルは一希に向かって手を差し出す。青年を見上げ、少女は強気な笑みを見せる。

 その表情はひとつの曇りもなく、青年を真っ直ぐと見つめていた。


「私が女王になったあかつきには、君に地球を返すと約束しよう。イツキ」

「その言葉が本当かどうか、確かめてやるよ」


 一希は無愛想に彼女の手を取る。しっかりと掴まれた手にはお互いの体温が伝わり、生まれや育ちが違っていても相手が今自分と同じように生きていることを実感させた。

 ではこれからどうしようか、という風な雰囲気になったところで、倒れた護衛の無線から通信が送られてくる。


「こちらP3、P1,P2応答せよ……おい、応答せよ!」


 これはマズいと、咄嗟に無線を取ろうとした一希の手をエルルが止める。


「何故止める。偽装すれば幾分か時間は稼げるだろう」

「護衛が死んでいる以上誤魔化しきれない部分がある。それに一度奴らと合流してしまうと、ここに二度と戻ってこれないかもしれない」

「……分かった。ついてこい」


 エルルの心配事を理解した一希は、近くのマンホールを開きその中に入る。驚き目を見張るエルルも、一希に続いて中に入っていく。

 下水道を通り、ダンジョンのように複雑な道を迷わず進んでいく一希と、少し不安げについていくエルル。辿り着いたのは川に繋がる大きな横穴だった。橋の下はたくさんの石が敷き詰められており、川の流れに沿って道が作られている。


「こっちだ」


 一希に呼ばれエルルも横穴から出る。その時、苔の生えた石の上に乗り足を思い切り滑らせた。

「あっ」という声とともにエルルは咄嗟に一希の手を掴んだ。手をぐいっと引っ張られて態勢を崩すことはなかったが、一希は嫌そうな顔をした後にその手を振り払った。

 ぺち、とエルルが石道に尻餅をつく。


「なんで離すんだ!」

「慣れ合うわけじゃない。あくまで利害関係だろ」

「むう、ニッポンジンは穏やかで優しいんじゃないのか」


 その言葉を聞いて、一希は一人ですたすたと歩き始める。


「だとすればお前らは高圧的で他を害するだけだな」

「なっ、それは一部の過激派だけで……」

「日本人もそれと同じだが」

「それとこれとは話が違うだろう! おい、置いて行くな!」


 頬をふくらませるエルルと、そちらを見向きもしない一希は川下に向かって歩いていく。十数分歩けば、山の麓に出る。そこには木々に囲まれ一目見ただけでは気づけない、小さな野営地があった。

 ボロボロのテントの上に迷彩色のシートが敷かれており年季を感じさせる。そのようなテントが4つほどあった。


「一希、誰だそれ?」


 内1つのテントから青年が出てくる。一希に比べて少し背が高く、ボサボサの髪を後ろで雑に纏めている。

 手には軍手を着けていて一希を戦士と呼ぶのであれば、彼は技術者のように見えるだろう。


はれ、こいつは奴らの王女だ」

「王女! よく誘拐したもんだ」

「いや、そうじゃない。少し話したいんだが他の奴らは?」

「あいつらは府中の方に行ったから、戻ってくるまでもう少し掛かると思う」

「そうか、じゃあいい。先に晴に話しておく」


 一希はエルルと出会った経緯、彼女の目的について、そしてこれからの行動指針についてを晴に話した。

 晴は緩やかな笑みで話を聞いていたが、一希とエルルの話を聞き少しだけ困ったような顔をする。


「これからどう惑星に向かって侵入するかってところからだよな、まずは。うん」

「そうだ。情報共有は全員にしようと思っていたが、作戦の立案は晴の専売特許だ。だから先に伝えた」

「晴と言ったか、貴様は参謀だな? 私からもよろしく頼む」

「バーレウスの王女様に頼まれるとは、何だか変な感じだ……けど、うん。考えてみよう。一旦俺はテントに入るから、一希はエルルちゃんを案内してあげな」


 そう言って晴は頭を搔きながら、出てきたテントに戻っていく。


「さっきも話したが、あいつが反田晴はんだはれ。頭が良いからあいつに任せておけば問題ない」

「そうなのか! 晴はすごいのだな。で、私たちは今からどうする?」

「寝る。お前は勝手にしろ」

「は、おい! 私に案内するんじゃなかったのか!貴様!」


 面倒くさそうに自分のテントに入る一希と、彼の背中に手を伸ばし追いかけ、後に続くエルル。

 この後2人は互いに文句を言いながらも、少しの仮眠を取る。13時の出来事だった。

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