侵略のエルル
詩川幸
第1話
西暦2039年、突如現れた宇宙人によって地球は支配された。
観測所いわく、高速で動く物体を発見してから、それが大気圏に突入してくるまで1日もかからなかったと言う。
世界中のほとんどの人間には知らされないまま、それは現れた。
戦艦の何十倍もの巨大な質量を持つ物体がなぜ浮いているのか、そもそもあれが何なのか、地球人が啞然としていると空にノイズが走った。
「彼方の星、U1F728惑星・地球の諸君。只今より我々バーレウス星が諸君らを支配することを決定した」
一斉に声が上がる。困惑・怒声・悲鳴と、それはまさに阿鼻叫喚だった。
「惑星間侵略規定に基づき、これより現地時間から6時間の間に降伏か敗北のどちらかを選ばせてやろう」
悍ましい宣言の後、宇宙船は沈黙した。
そこからの世界の団結は早かった。国際連合による評議は異例の早さで進み、降伏の意見は棄却。
つまり戦争の決定、地球連合軍の発足である。しかし、敵の宇宙船は連合軍のいかなる攻撃も通さなかった。
また宇宙船から、荷電量子砲や人型の戦闘機など、未だ地球では空想科学上の兵器とされているものが現れる。未知の技術、想定をはるかに上回る威力の攻撃に、地球は成すすべもなく敗れたのだった。
時は流れ、西暦2044年。バーレウスによる地球侵略から5年の月日が経過した。
アメリカ・ロシア・中国など、大国は次々と異星人の居住地となり、わずか5年という歳月で、文化も伝統も破壊しつくされた。自然資源が豊富な国々は、主にリゾート地として開発され、地球人の強制労働施設となった。
この間に、ヨーロッパ・スペインを中心にレジスタンスが立ち上がり支配に対する抵抗を見せたが、1か月あまりで鎮圧され多くの地球人が処刑された。
そして、日本。
地球の中でも特異な文化と技術力が認められ、支配者たちの中でも階級の高い者が利用する場所となり、建造物や景観にあまり手が加えられていない稀有な土地となった。
元来、温和で柔軟性に長けた特性を持っていた日本国民も、この支配を受け入れるのは早かった。周囲の景色があまり変わらなかったことや、抵抗さえしなければ虐げられることも少なかったからかもしれない。
とにかく、バーレウスによる統治の後も日本人の生活が大きく変わることはなかった。
しかし、一人の侵略者と一人の反逆者の出会いによって運命の歯車が動き始める。
日本・トーキョー特別自治区。豪華な装飾が施されたドレスを身に纏う150センチメートルほどの緑色の肌と、可愛らしい角を持つ少女が、複数の屈強な男性を周囲に侍らせている。男性らも少女と同じような緑の肌をしていて、まるでスーツを着たリザードマンのようだった。
「エルル様、我儘を言わないでください」
「嫌だ。私にトーキョーを案内するニッポンジンを今すぐ用意しろ」
「危険です。王女の傍に地球人を置くなど、とても許可できません」
「許可? 許可だと。護衛ごときが私に許可を与えるか」
「いえ、そういうわけでは……エルル様、どうか怒りをお治めください」
「だったらニッポンジンを用意しろ!」
エルルと呼ばれる少女は、地団太を踏みそっぽを向いた。その時、視界に一人の青年が目に入る。
オーバーサイズの迷彩服、少しクセのある黒い短髪、小麦色に焼けた肌。そんな風貌の青年も、赤く鋭い目つきで少女を見ていた。二人の視線がばちりと合う。
「……決めたぞ。あいつだ」
エルルは青年を指さす。青年は無反応のまま、少女の方を見ている。すると、深いため息を吐いた護衛の一人が、「承知しました」と言い、青年を呼びつける。
青年は護衛に呼ばれると、ゆっくりと少女たちに向かって歩を進め目の前で止まる。
「なんだ」
「地球人、こちらにおわすはエルル・クエーテ・アマ様である。エルル様直々のご命令により、トーキョーを隅々まで案内せよ!」
「……分かった」
少女が喜び、青年と腕一本分くらいの距離まで近づく。
楽しみのあまり、少女がくるりとその場で回転をしようとしたその時、青年は少女を背中から抱きしめるように片腕を差し込む。もう片方の手にはいつの間にかサバイバルナイフが握られており、ナイフを彼女の首元にあてがっている。いわゆる人質を取るときの格好だ。
「エ、エルル様!」
「動くな、こいつを殺すぞ」
青年は鋭い目で護衛たちを睨みつける。少女を人質を取られている護衛たちは一歩も動くことができなかった。
肝心の少女はこの状況が分かっていないのか、はたまた恐怖により何も考えられないのか、ぽかんとした表情で青年のことを見ていた。
少女を連れたまま青年は護衛たちから距離を取る。そして、15メートルほど離れたところで、少女をお姫様抱っこの形で抱え走り去ってしまった。4人の護衛たちは、後を追う者とどこかに連絡を取る者と別れ、その場を離れた。
護衛を撒いた青年は、狭い路地の一角で少女を下した。
「大人しくしていろ。お前は人質だから、抵抗しなきゃ傷つけない」
「お前、面白いな! 私を連れ去って何をするんだ?」
「……自分のおかれている状況が分かってないのか。交渉だ。お前は随分と偉いみたいじゃないか」
「そうだな。私は惑星バーレウス・フォダイ帝国の王女であるぞ!」
「なるほど、そりゃとんだ大物が手に入った。俺はお前を使って異星人どもを引き上げさせる」
青年のその言葉に、少女は少し首を傾げる。数秒不思議そうな顔をした後、口を開く。
「そんなことしてどうするんだ? お前は私たちを撤退させて何を望む」
「地球の平和だ」
「……そうか」
少女がわずかに微笑んだように見えた時、「見つけたぞ」と背後から声が聞こえる。
青年が声の方を振り向いた時、護衛の屈強な腕が青年に向かって振り下ろされようとしていた。青年は、少女に被害が及ばないように咄嗟に彼女を離し、回転をして拳を避ける。
「早いな。だが、2人なら俺でもなんとかなるか?」
青年はサバイバルナイフを構える。護衛が素早く打撃を繰り出すも、青年は紙一重でそれを躱す。一度でも食らえば、青年などひしゃげてしまいそうな拳の連打を、青年恐れることなく見切り、捌く。
「小賢しいやつだ!」
そう言って大振りの拳を振り上げた護衛の男。しかし、隙を突いた青年のサバイバルナイフが護衛の首元に深く突き刺さる。赤黒い血がごぼごぼと零れ、屈強な男はその場に倒れた。青年は刺さったナイフを抜き、少女の方を振り向く。
「さて、エルルとか言ったな……」
「おい、後ろだ!」
青年の視界にはこちらに向かって叫ぶ少女しかおらず、エルルが叫ぶようにもう一人の護衛は、青年の背後にゆっくりと忍びよっていた。
反応が遅れた青年、体勢を整え回避の姿勢を取ろうとするが、先ほど倒れた護衛がわずかに息をしており、足止めには十分な力で青年の足を掴んでいた。
迫る拳に対して、防御はほとんど意味をなさない。しかし、危険信号を鳴らす青年の脳が本能的に防御態勢を取らせようとする。
青年が顔の前に腕を出し目を瞑る。己のあっけない最期に唇を噛み、痛みに耐える……はずだった。
「エルル……さ、ま」
振り下ろされるはずだった拳はだらんと下され、ずしりとした腕の重みだけが青年の腕に加わる。何事かと目を開ければ、
「どう、して。なぜだ……」
「なぜ、か。そうだな。貴様、名をなんと言う?」
「俺は、
護衛の胸を突いた尻尾を抜き「サカセガワ、イツキ……」と呟くエルル。
何かを思案しながら彼女は一希に向かってわずかに背を向ける。そして考えがまとまったという風に、ぴた、と立ち止まりゆっくりと振り向いた。
「イツキ、私とバーレウスを侵略しないか?」
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