1-2. 如法暗夜にて
男は目を開いた。
男は暗闇に沈んでいた。その様はまるで男自身が暗闇であるかのようだった。いや、むしろ暗闇よりも暗く、漆黒よりも黒く、その男自身から闇が漏れ出ているかのようだった。
「僕には分からないことがある」
一切の明かりのない無明の空間で男は椅子に深く腰掛けている。
「人が生きる価値とは何か。生きているとは何か。死とは何か」
若い声だ。だが、その声には人生を何度も繰り返してきたかのような深みがあった。
「恐らくそれは時代によって変わる。太古の昔、人の生きることに価値などなかった。人は生きるために生き、ただひたすら子孫を残すことだけを考えて生きてきたのだろうね。動物と一緒だ」
ピアノの旋律のように紡がれる男の声。
「そして、幾つもの生と死を乗り越え、社会が発達して人の価値が重要視されるようになった。資本主義社会……とでも言えばいいのかな。生きるためにただ生きる人間は生ける屍と呼ばれ、人は値札をぶらさげて生きるようになった」
清濁を併せ吞むかのような声音で、詩を吟じるかのように語る男の表情は、まるで我が子に読み聞かせをしているかのように穏やかだった。
「それは良いことだと僕は思うよ。人にはひとりひとり違った価値がある。魂はひとりひとりが異なる輝きを持っている」
男は自身の胸に手を置く。
「そして、輝くことにより、影は生まれ、人の魂の優劣はより顕著になった。陰影のついたそれはまさしく芸術と呼ぶに相応しい。美しく、儚く、僕の心を惹きつけてやまない」
そうは思わないかい、と、彼は誰もいない空間に問い掛ける。
「そして今、人の生きる価値――その定義が再び変わりつつある。生と死が繋がったこの世界において、人の生きる価値とは何なのか」
男は闇を纏い立ち上がる。
「僕はそれを人の世に問おう」
男が一歩踏み出す。ゆらりと空気が揺れる。
後にはただ淀んだ闇だけが残された。
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