ロリータを捨てた彼女

未咲

第1話


夜にベッドで横になっていて。

もうほとんど眠りに落ちかけていたときに、写真系のSNSのリコメンドが来る。

あわい象牙のような色を背景にして、あるいは白を背景にしてといっていいかもしれないけど、散っているのは小さい猫や花だった。

ペルシャ猫、コスモス、イチゴの花、ヒマラヤン、、、。


眠たいねとかすむ視界に、踊る猫たちがいて、私の心になにかが生まれる。


そう、白猫。

白猫と真珠のペンダント。

それはいつかなくしてしまった。

小さくてかわいかった。

かわいいもの。

いつか作った白いコスモスの押し花。

イチゴの花、ヒマラヤン…。



勤務するロリータ服専門店で、休憩時間を迎える。

なんとはなしに手にかかる重みはスマートフォンで、流れるように開いたのは写真系SNSで、そこにはお目当てのアカウントがある。


昨日の夜にぼんやりと見た、白猫とお花のアカウントを、今度は一枚ずつスクロールしていく。丁寧に。


彼女も、もしかしたら彼かもしれない彼女も、私と同じようにロリータ服を好んでいるようだった。

写真はロリータ服に散った猫や花を、繰り返し、色んな角度で、色んな場所で映している。


たっぷり膨らませた生成り色のスカートに散る、たくさんのシロツメクサの花輪。

首元をふかふかと包み込む純白のケープの両端でうずくまる、クリーム色のラグドール…。


かわいいね、かわいいね。


緒方さん、もうお昼の休憩終わったから店内に戻ってね、そう声をかけられてしまったのが惜しかった。



アカウントのユーザー名は、「ゼゼ ユズカ」といった。



私は「ゼゼユズカ」をフォローする。



ある日、ジルコニアのピアスを片方だけ失くしてしまった。


残ったピアスを眺めながら、それを、もう失くさないように大切にしなければという気持ちが湧きあがる。

残ったピアスなんて、もう役に立たないのにね。


折よくというか、「ゼゼユズカ」のアカウントの更新が来て、この気持ちは、失くさないように大切にしなければという気持ちは、初めて「ゼゼユズカ」のアカウントをみつけたときに抱いた気持ちだな、とも思った。



そして、「ゼゼ ユズカ」は消えてしまう。


ある日、「ロリータやめます」その一言とともに、ロリータ服がビニール袋につめられて、ゴミ捨て場らしきプレハブの物置に置き去りにされている写真が投稿された。


わずかな期待もはかなく、数日後には、今までの投稿すべてが削除されていた。



夢を見た。

夢ではなくて、思い出といってもいいかもしれない。


私が中学生のとき、まだ雪深い場所に住んでいたときの風景だった。


冬、中学校へ向かう通学路には雪が積もる。


背後からは同級生の声が聞こえていた。


緒方がロリータ服の店に入っていったのを見たよ、そのうち学校にも着てくるかも、いまのうちに仲間はずれにしておいてよかったね、ときどきフリルやリボンまみれのパンフレットを見て笑ってるよね、もう手遅れだよね、何才ですかって聞きたいよね。


くすくす、くすくす、くすくす。


私の仲間はずれは、私がロリータ服を好きなことで、それだけのことで、決定的になったらしい。

わからないようで、よくわかった。

ぼやけた視界では、道端の樹氷が曇り空に溶けていた。



12月のはじめに、「是々柚香」の名前を見る。


美術館で、来館者名簿に記入中の自分の名前のすぐ上に「是々柚香」の文字をみる。


さっき、目の前でペンを置き、

入口のカーテンをくぐっていった、彼女が?


目をあげた先、

樹氷の並木がプリントされたレースのカーテン、その奥に「是々柚香」の姿が見える。


「是々柚香」は猫も花も纏っていない。


彼女は猫も花も捨ててしまった。


私は、「是々柚香」の文字の傍に子猫とコスモスを捧げ、祈りとする。


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ロリータを捨てた彼女 未咲 @miyakenziro

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