第8話

「みなさま、本日は仮面舞踏会にお越しいただき誠にありがとうございます。ただ誠に残念ながら、この舞踏会の主催者であらせられますノーレッド第一王子は、本日所用にて欠席の運びとなっております。しかし皆様におかれましては、この場におられないノーレッド様の分まで、心ゆくまでダンスとお食事をご堪能くださいませ」


この会場を取り仕切る立場にある司会者が、丁寧な口調でそう言葉を発した。

普段ならばその言葉の終わりとともに無数の人々が入り乱れ、ダンスパーティーが幕を開けるのであるが、今日はそうはならなかった。


「(どこよ…!ノーレッド様はどこにいらっしゃるのよ…!)」

「(仮面で目元をお隠しになっても、私には絶対に分かるわ!この日のために徹底して準備を行ってきたんですもの!)」

「(一番最初にノーレッド様と踊るのは私よ…!最初は特別なのだから他の誰にも譲るものですか!)」


そう、この仮面舞踏会にノーレッド様が参加をするという情報をつかんだ女性陣は、ノーレッド以外のことなど全く見えていないといった様子でその目を光らせていた。

…それはどこか、獲物を狙う野生の猛獣のような視線であり、それらがこの会場の雰囲気をより一層重苦しいものとしていった。


そんな会場の端っこで、その心の中を震え上がらせている女性が一人だけいた。

他でもない、飛び入りでこの舞踏会に参加する形となったアリッサである。


「(やっぱりやばそうこの舞踏会…。雰囲気が殺伐としすぎというか、みんな目がやばいっていうか…。適当に食事だけ済ませてさっさと帰ろう…)」


彼女が身にまとうドレスは王宮のものであるため、周囲の女性たちに負けず劣らずのクオリティーのものではあるのだが、それでも埋め合わせられないほどにほかの女性陣と彼女とではオーラの濃さが違っていた。

他の女性陣はこの舞踏会に命を懸けているような雰囲気であるのに対し、アリッサだけはもう帰りたくてたまらないといった雰囲気を醸し出していた…。


そしてついに、ノーレッドを入れての仮面舞踏会が幕を開けた。


――――


舞踏会には貴族家の人物から、その家で使用人をしている人物、その家に仕えている人物など、本当にいろいろな人物が招待されていた。

ゆえに参加している人数も多く、あえてうす暗く設定されている会場の雰囲気も相まって、狙ってノーレッドを探し出すことはなかなかに難しいような状態であった。


しかしその場で周囲をきょろきょろばかりしていても周囲からの印象が良くないため、女性陣はしぶしぶと言った様子でほかの男性陣とダンスを踊っていた。


「(ノーレッド様…!どこなの…!ノーレッド様…!)」

「(常に周りを見ておかないと…!見逃しちゃったら誰かにとらるんだから…!)」


…どこか殺気さえ感じさせる女性陣を前にして、ペアを組んでダンスを行う男性陣の胸中はというと…。


「(楽しい舞踏会だって聞いてたのに、全然だよこれ…。この子たち取り繕ってはいるけど、目がどこ見てるのか分からないし…)」

「(この子絶対俺の事見てない…。自分では誤魔化してるみたいだけど、周りの事ばっかり見ちゃってるよ…)」


特に女性を苦手としない普通の男性でもこう思うくらいなのだから、当のノーレッドがどこでどうなっているのかは、想像に難しくない…。


「(ガクガクガクガク……)」


…ノーレッドは会場の隅でその体を震え上がらせ、目の前の現実から目を背けていた

…。

実は舞踏会の直前、レブルがいざという時は助け舟を出しましょうかと進言を行っていたのだが、意を決したノーレッドはその進言を断っていたのだった。


「(これはまずいこれはまずい…。今までに感じたことのないくらいのどす黒いオーラを感じてしまっている…。このままじゃこの場で私死んじゃうかも…。あぁぁ!!こんなことになるくらいならレブルの言葉を聞き入れておくんだった!!!!)」


過去の自分のかっこつけの言動に大きな後悔を感じ、自分の頭をぼさぼさとかきむしるノーレッド。

その時、自分と同じく会場の隅で挙動不審な動きを見せる一人の女性アリッサの姿が、彼の目に映った。


「…あれ?あの人は一体なにを…?」


この時ノーレッドはその心に、非常に不思議な感覚を抱いていた。

というのも、他の女性からは感じられるどす黒いオーラが、彼女からは全く感じられなかったからだ。

彼は今までそんな女性に会ったことがなかったため、大いにその興味をそそられた。


「(…よし、ここはひとつ勇気を出して、ダンスのお誘いを…!)」


覚悟を決めたノーレッドは、一歩、また一歩と、ゆっくりアリッサの方に足を進めていく。

そして軽く深呼吸を行って心を落ち着かせたのち、丁寧な口調でこう言葉を発した。


「はじめまして。よかったら、私と踊ってはいただけませんか?」

「え…?わ、私…?」

「はい。ぜひ、一緒に踊っていただきたいのです」


それが、二人の最初の出会いであった。

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