第7話
「ではご案内させていただきます。こちらにどうぞ」
「は、はい…」
フルデントさんの後に続き、私は豪勢な装飾の施された建物の中を歩いていく。
きらびやかな雰囲気に包まれる王宮の中を歩けるだなんて、まるで夢の世界に紛れ込んだ住人のような胸のはずみようを感じられる……はずだったのだけれど、なんだか私はあまり落ち着かない思いを感じていた。
「(な、なにかおかしいような…。雰囲気が殺伐としているというか、空気が重苦しいというか…)」
そんな私の直感は、すぐに正しかったことが証明された。
というのも、フルデントさんの後ろをついて歩いていた時、おそらく舞踏会の参加者であろうと思われる人たちと何度かすれ違ったのだけれど、すれ違う人たちの全員が謎のやる気と闘志に満ち
そしてすれ違った人の中には、恐ろしいほど静かな口調でこんな言葉をつぶやく人もいた。
「…なにあの女?まさかあいつもノーレッド様の事を狙ってるわけ?」
「信じられないわ…。ノーレッド様の隣に立つにふさわしい人なんて、由緒ある貴族家の生まれの女性に決まってるじゃない。…どんな身の程知らずな考えをもってここに来たのかしらね…?」
「きっと貧しい品性しか持ち合わせていないのね…。見ていて可哀そうになっちゃうわ…」
…想像していた通りの生々しい貴族女性の言葉を耳にして、私は少し緊張感を抱き始める。
「(きょ、今日ってノーレッド第一王子は不在だから、フランクな雰囲気で進んでいくんじゃなかったっけ…?どうしてみんなこんなに躍起になってるんだろうか…?)」
「…アリッサ様?大丈夫ですか?」
「あ、だ、大丈夫です!」
「そうですか?それならいいのですが…」
…この家で使用人をされているフルデントさんに、ここは雰囲気悪いですねなんて言えるわけもない。
「アリッサ様、こちらでお好きな衣装をお選びになってください。そばに使用人が控えておりますので、不明な点がございましたらなんなりとお声がけくださいませ」
「ありがとうございます、フルデントさん」
…私はとりあえず、当たり触りなくこの舞踏会への参加を終わらせることを第一の目標にして、その準備に移っていくのだった…。
――――
そして時を同じくして、こちらにも緊張感を感じずにはいられない人物がいた。
「レブル?会場がなんだかすさまじい殺気に包まれているんだが?」
「これはまずいですね、ノーレッド様…」
「どういうことだ?今日私はいないと説明して回ったのだろう?なぜあんなにも参加者の……特に女性陣の雰囲気が殺伐としているのだ?」
「ええ…。ノーレッド様は今日は他の場所にお出かけになられているという話をたんまり流したのですが、それでも彼女たちの信念はすさまじいようで、どこからか仮面舞踏会にノーレッド様が参加されるという情報をつかまれてしまったようで…」
「どうしてそこまで……」
ノーレッドは控室から会場の雰囲気を観察しながら、弱弱しい口調でレブルにそう言葉を漏らす。
…そこに普段の威厳あふれる第一王子の姿はかけらもなく、いかに彼が女性を苦手にしているのかということを如実に表していた。
「どうされますか?ご参加を取りやめにされますか?今ならまだ間に合いますが…」
「……」
レブルからの提案を受け、ノーレッドは一体どうするべきかとその頭の中で考えを巡らせる…。
「(…しかし、ここで取りやめにしてしまったらそれこそ今までと同じことの繰り返し…。私が女性への苦手意識を変えていくには、こういう危険な場所に自らをさらけ出さなければだめなのではないだろうか…?)」
すでに会場を訪れている女性陣は、目元を隠す仮面をつけてはいるものの、その内心に抱いている思いは完全にノーレッドに見抜かれていた。
「(この仮面舞踏会、ノーレッド様との距離を縮める何よりのチャンスじゃない…!普段は直接的にお話をする機会なんてないけれど、今日は違うもの…!)」
「(仮面をつけた状態で心惹かれた人物がノーレッド様だった、それならまさに私たちは運命の出会いだったのですと演出できるじゃない!互いの素性が分からない状態で結ばれる方が、下心がないと分かってもらえるだろうし!)」
「(あぁ…。ノーレッド様、早く来てくださらないかしらぁ…。今日のために男性が喜ぶダンスの動きもマスターしてきたのだから、はやくお披露目したいわ…♪)」
「(うぅぅぅ……女性陣の下心がこんなにも……なんだかもう倒れてしまいそうだ……)」
「…ノーレッド様?大丈夫ですか?やはり取りやめになさいますか?」
「あ、いや、すまない…大丈夫だ…」
レブルからの声かけによって意識を戻したノーレッドは、ゆっくりと深く深呼吸を挟んだのちに、こう言葉を返した。
「参加させてもらうよ。せっかく君が用意してくれた舞台なのだから」
ノーレッドのその言葉を聞いたレブルは、若干の心配そうな表情を見せはしたものの、その後うれしそうな表情を浮かべて見せた。
「…それでは、我々も向かいましょうか」
「あぁ、行こう」
それぞれの思惑が交錯する中、いよいよ仮面舞踏会が幕を開けるのだった。
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