第6話

「ねぇルアン、私これから王宮の仮面舞踏会に参加してくるんだけど、大丈夫かな…」

「心配しすぎだよ。だって王様は参加しないんでしょ?」

「そうらしいの。なんでも別の場所に行ってるんだって」

「ならただの食事会みたいなものなんじゃないの?王様がいないんなら気合入れいてくる人も少ないんじゃない?知らんけど」

「知らんけどって…」


村での一件が無事に終わり、気づけば1週間の時が経過した。

今日はノラは私のもとに遊びに来ておらず、代わりに猫のような見た目のルアンが遊びに来ていた。

ルアンは比較的さばさばした性格で、動物らしからぬ不思議な感性をもっており、私がこうして相談した時は決まって適当な返事を返してくれる。


「気が向かないなら行かなきゃいいじゃん」

「そ、そうだけど…。でももうユーゲンさんが参加するって返事を出しちゃったらしいし、もうすぐしたらここに迎えの馬車が来るらしいし…」

「アリッサを迎えに王宮から馬車が?すっげぇなぁ…」

「か、感心してる場合じゃ……?」

「お、この音は」


迎えの馬車の話をしていたちょうどその時、私たちの耳に馬車が地をかける音が聞こえてくる。

人なんてめったに訪れないこの森の中にあって、それが私たちの場所を目的地として走っていることは、誰の目にも明らかだった。


「お出迎えのようですよ、お嬢様♪」

「か、からかわないでよルアン…。私、こんな経験したことないんだから…」

「まぁまぁ、適当に楽しんでおいでませ。それじゃあ、邪魔者はそろそろ消えるとしますか」

「あ!ちょ、ちょっと!」


ルアンは私にそう告げると、そそくさとその場から離れていき、森の中に姿を消していった。

そしてルアンと入れ違いになるかのように私の目の前に現れたのは、美しい毛並みと勇ましい体を持つ馬と、豪華な装飾が施された馬車だった。


「す、すごい…。本物の馬車だ…」


自動車なら死ぬほど見てきたけれど、馬に牽引けんいんされる車は今まで見たことがない私。

おとぎ話の世界のようなその光景に、私は心の高ぶりを少しだけ感じていた。


そして私の前にピタリと停止した馬車から、一人の男性が姿を現す。

お金持ちの家の執事さんのような雰囲気を醸し出すその人は、上品に会釈を行いながら丁寧な口調で私にこう言葉を発した。


「アリッサ様でいらっしゃいますね?私、王宮にて使用人をしております、フルデントと申します」

「は、はじめまして、アリッサです」


落ち着いた口調の彼とは全く異なり、なんだか上ずった口調になってしまう私…。


「本日は王宮にて開催されます、仮面舞踏会へのご参加のほど、誠にうれしく思います。僭越せんえつながら、このフルデントが会場までお送りさせていただきます」

「よ、よろしくお願いします」

「さぁ、それではこちらに」


フルデントさんはそう言うと、馬車の乗降扉の方向を手で示しながら、そこに向かうよう私に促した。

そのまま彼の案内に従おうとした私だったけれど、私はそれよりも気になることがあり、そのまま馬車の先頭の方向に向かっていった。

他でもない、この荷台を引くお馬さんと話がしたかったからだ。


「こんにちは!」

「(コクリ」

「ここまで来るの大変だったでしょう?本当にありがとう」

「別にお礼はいりませんよ、これが仕事なんで」

「そ、そう…?(しょ、職人気質のお馬さんなのね…)」

「え、えっと…アリッサ様…?」

「あ、ご、ごめんなさい!」

「い、いえ…」


フルデントさんから話しかけられたことで、現実に引き戻される私。

…お馬さんと話をする私の姿、かなりやばい人を見る目付きをされてしまったけれど、まぁどうせ一晩限りのお付き合いなのだからいいかと自分に言い聞かせ、私はそのまま馬車の中に乗ることとしたのだった。


――――


馬車には外がよく見える窓が備え付けられていて、移動中私はずっとそこから外の景色を見つめていた。

山の中を抜けて街の方に出ていけば出ていくほど、見える人の数も多くなり、華やかな建物や色とりどりの街並みも目に入っていった。

こういう景色を見ると、私は本当に異世界に来たのだと実感させられる。


「もうすぐで到着になります。ご準備をお願いできますか?」

「りょ、了解です」


フルデントさんがそう言葉を発した直後、馬車は大きな門をくぐり、見るからにお金持ちのお屋敷の中と思われる敷地内に入っていく。


「(大きな花壇…。それにお屋敷を囲う門もすっごい高い…。これが王宮なんだ…)」


これまで見たことのない景色を前にして、私は素直に心の中をときめかせていた。

このお屋敷の中は一体どうなっているんだろうか、どんな人がいるんだろうか。

色々な興味と好奇心が頭の中に湧き出て、私の心を大いにときめかせてくれる。


…もっとも、華やかな見た目のその一方でこういうところは厄介ごとや重苦しい人間関係が複雑に絡みあっていそうなので、ここに住みたいかと言われればあまり気は進まないのが正直な感想…。


などと私が考えを巡らせていたその時、馬車が所定の位置にゆっくりと停止し、目的の場所への到着が告げられた。


「アリッサ様、到着でございます。それでは王宮の中に向かいましょう。私がご案内させていただきます」

「は、はい…」


馬車の扉が開けられた時、目の前には自分には全く不釣り合いな景色が広がっていた。

「(ほ、ほんとに大丈夫なのかなぁ…)」


…ここまで来た以上、逃げ出すなんて選択肢は当然ないのだけれど、それでもそれなりに大きな不安感が私の中に広がっていくのだった…。

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