第5話

ユーゲンさんは相当に切羽詰まっているのか、まともに私の返事も聞かずに自分の言葉を続ける。


「じ、実は私たちの村が大変なことになっておりまして…。私たちの村は古くからたくさんの動物たちに囲まれ、彼らとともに生きてきたと言っても過言ではありません。お互いに協力し合い、互いに助け合う理想的な関係をずっとずっと築けていたのですが、最近動物たちの様子がおかしくなってしまい…」

「…動物たちが、おかしい?」


…正直相談に乗ることにはあまり乗り気ではなかったけれど、この世界の動物たちの事が大好きになっている私にとってそれは、なかなかスルーすることのできないものだった。


「そうなのです…。動物たちが毎日のようにばったばったと倒れていってしまって…。我々も思いつく限りの対策は行っているのですが、そのどれも効果を発することがなく、状況は日に日に悪くなっていく一方でして…。その時です!あなたの噂を耳にしたのは!」

「わ、私の噂…?」

「動物たちの言っている事が理解できる唯一の存在であると、村では噂でもちきりになっているのです!おそらく、獰猛どうもうな野生の動物たちを瞬く間に手懐けているあなたの姿を誰かが見たのでしょう!今まで一度もそんなことができる人間を見たことはありませんから、うわさが一気に広まるのも無理のないこと!」


この子たちを連れて楽しく散歩をしていた姿を、誰かから見られてしまっていたらしい…。


「お願いします!!うちの村で苦しんでいる動物たちが何を訴えているのか、それを理解でいるのはあなたを置いて他にはいないのです!!どうか!どうかお願いいたします!」

「えっと……」


…正直、一人でこの地でまったりスローライフを送るつもりだった私にとっては、誰かに関わることはあまり気の進むものではなかった。

でも、苦しんでいるらしい動物たちの姿を想像してしまったら、簡単に断ることができない私もいた…。

結局、ユーゲンさんに私が返した答えは…。


「…分かりました、私にできることがあれば…」

「あ、ありがとうございます!!本当にありがとうございます!!」


ユーゲンさんの言葉と動物たちへの思いに押され、私はその求めに応じることにしたのだった。


――――


「し、しかし本当にすごいですね…。ドライガーと言えば、決して人間になつくことのないであろう動物だと言われていたのですが…。そこまであなたになついておられるとは…」


ノラは散歩ついでのつもりなのか、私の横にピッタリついて歩いていた。

ノラは私と話をした後、普段ならそそくさと山の中に帰っていくことが多いのだけれど、今日はそういう気分でもない様子。


「そうなんですね…。私にはよくわからないですけど…」

「は、はぁ…。あ、あそこです!私たちの村!!」


雑談にもならない雑談を交わしていた最中、私たちは目的の場所に到着した。

その光景はいかにも”古風な村”といった雰囲気で、のどかで自然あふれる綺麗な場所だった。

…けれど早速、そこでなにか問題が起こっている様子…。


「大変だ!!また一匹倒れてしまった!!相変わらず原因が分からん!!」

「くっそ…。これじゃみんな死んじまうぞ…!」

「っ!」

「ちょ、ちょっと!!」


村の人たちの声が聞こえてきた時、私は反射的に彼らの元を目指して駆けだした。

その理由は他でもない、彼らのもとで横たわる動物たちの苦しそうな表情が目に入ったためだった。


「だ、大丈夫!?言ってみて!どこが苦しいの!?」

「気持ちが悪い…。ずっと気持ちが悪い…」

「気持ちが悪いの??いつから??何か食べてからなの??」

「え、えっと…。3日くらい前からかな…。水をたくさん飲んじゃって…」

「…水?」


普段と変わらない様子で動物たちに声をかける私。

ユーゲンさんの言った通り、そんな私の事はすでにこの村では有名になっているらしく、私に対して何かを言ってくる村の人は誰もいなかった。


…そして動物たちとの会話を進めていく中で、私は彼らがここまで体を悪くした原因に行きついた。


「ユーゲンさん!水です!水中毒だと思います!」

「み、水中毒??」

「この子たちみんな、異常なほど水を飲んでしまったって言ってます!多分暑さからくる脱水だと思って、それを補おうとして本能的に水をたくさん飲んだんだと思いますけど、それがかえって体を悪化させてしまったようです」

「あ、あぁ…!」


私の言葉を聞いたユーゲンさんは、なにか心当たりがあり気な表情を浮かべた。


「そ、そういえば…。村の子どもたちが暑さで倒れることが多くなったから、動物たちにもとにかく水を飲ませろという風潮が出来上がっていて…。だ、脱水症状に見えた動物たちには特に優先して水を飲ませていたのだが、それがよくなかったのか…」


私の推理に納得してくれた様子のユーゲンさんは、そのまま迅速にその事実を村の人々に説明して回って、事態の周知に努めてくれた。

…その結果、またたくまに村の動物たちの体調は改善されていき、気づいた時には私は村の動物の恩人だと言われてもてはやされていた…。


「ほ、本当はあなたに金貨でも特上のお肉でも差し上げたいのですが、恥ずかしながらこの村にはそのようなものがなく…」

「いらないですいらないです!私もう帰ろうと思いますので、本当にどうぞお気遣いなく」

「そ、そういうわけにもいきません!…村の仲間とも話し合ったのですが、せめてこれをアリッサ様に受け取っていただきたいと思いまして…!」

「…?」


そう言いながら彼が私に差し出したのは、一枚の招待状だった。

…この世界の事は全く知らない私には、それが何の招待状なのかもよくわからない…。


「アリッサ様、こちらは王宮で開催されます、仮面舞踏会の招待状です。…実は以前、うちで育った動物のお肉を王宮に納めたことがあるのですが、これはそのお礼にと送られたものなのです」

「そ、そんな大切なもの、私なんかが頂くわけには」

「いえいえ!これはアリッサ様にこそふさわしい招待状でございます!…そもそも、うちの村の人間が舞踏会に行ったところで、場違いもいい所なのです。これも何かの縁、アリッサ様、ぜひとも今回のお礼に、王宮で羽を伸ばしていただきたく思うのです!」

「う…」


…キラキラとした目をうかべながら、私の事を見つめてくるユーゲンさん。

そんな雰囲気を醸し出されてしまったら、断るものも断れず…。


「わ、分かりました…。あ、ありがたく受け取らせていただきます…」

「それはよかった!!あ、王宮からはその日に迎えの馬車が訪れるらしいので、なにも心配はいりませんよ!ぜひぜひお楽しみになってきてください!」

「は、はい…(ま、まぁ一晩だけのイベントみたいだし、適当にやり過ごして来ればいいか…。こういうのってどうせ、貴族や王族の生まれの人たちの親睦を深める会なんだろうし、誰も飛び入り参加の私の事なんて見ていないだろうし…)」


そう簡単に考える私だったけれど、まさかこの一枚の招待状がこれから先の私の人生を大きく変えていくことになろうとは、この時は全く想像だにしていなかった…。

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