第4話

こっちの世界に来てからの私の生活は、それはそれは信じられないほどに穏やかで心地の良いものだった。


「アリッサはやく―ー!!おなかすいたよーー!!」

「はいはいノラ、ちょっと待っててね」


前の世界での名前が”亜里沙”だった私は、この異世界での新しい名前をそこからもじって、”アリッサ”とすることにした。

そして神様の言っていた通り、私には動物や植物と会話ができる能力が備わっていた。

おかげで私の家に現れた野生の動物たちと会話を行うことができ、怪我をしていたがっている子の傷の手当てをしてあげたり、おなかが空いて困っている子にはご飯を分けてあげたりしたら、彼らとすぐに仲良くなることができた。


「はい、どうぞ」

「ありがとう!いただきまーす!」


見た目はライオンのような姿をしているこの子、私は”ノラ”という名前を付けたけれど、彼も最初はなかなかにやんちゃな子だった。

けれど会話を通じて私の思いが分かってくれたようで、今はこうして私のお友達になってくれている。

元気いっぱいに食事をするノラの姿を見て、私は自分の心が温かくなっていくのを感じる。


「たくさんあるから、遠慮せずにいっぱい食べてね」

「はーーい!」


私の手元には、この世界の動物たちがごはんにする食材が山ほどあった。

というのも、動物たちだけでなく植物たちの声も聞こえるおかげで、彼らが育つうえでストレスに感じているものをすぐに理解することができ、それをスムーズに取り除くことによって、ストレスフリーに木の実や野菜を栽培することができたのだった。


「みんな、日差しの強さは大丈夫?少し陰にしなくてもいい?」

「今がちょうどいいから大丈夫!なんならもう少し日差しの強い場所でも大丈夫!」

「まぁまぁ、強がらなくてもいいのよ?」

「そんなんじゃないって!ほんとのことだもん!」

「はいはい♪」


植物たちに水をやると、自然にこのような会話が繰り広げられる。

それは別に特別でもなんでもないような、ごくごく普通の会話。

けれど前世であんな思いをした私にとってそれは、まぶしいくらいに自分の心を照らしてくれるものだった。


こんな満ち足りた日々がこれからも毎日続いてく。

誰に邪魔をされることもなく、文句を言われることもなく、誰に気を遣うこともなく。

そう思えるだけで、私はこの世界に来て本当に良かったと思えていた。


「ねぇねぇ!あっちにすごくきれいな湖の見える場所があったの!一緒に行こう!」

「そうなの?それじゃあ行きましょうか♪」


ごはんを食べ終わった時、私への感謝の気持ちからか、彼らはこうしてお返しをしてくれることがよくあった。

今日もまた私はその言葉を素直に受け入れ、案内されるがままにその場所に向かうこととした。

…それが、この世界での私の運命を変える最初の一歩になるとも知らず…。


――――


「あそこだよアリッサ!言った通り水面がすごくきれいでしょ!」

「ほんと、綺麗ねー」


案内されたその場所は、それはそれは心の安らぐ美しい場所だった。

この子の言っていた通り、湖の水面には一つの汚れも存在せず、透き通った鮮やかな水色の景色が一面に広がっていた。

そのほとりには緑色の原っぱとカラフルなお花が顔をのぞかせ、上機嫌な心の声を私に伝えてくれる。


「(ほんとうに、綺麗…)」


それはもう、前世から数えても私の見てきた景色のランキングの中でも最上級と言ってもいいほどに…。


「ありがとうノラ、ここを私に紹介してくれて」

「♪」


ノラはえっへんと胸を張る様子を見せながら、上機嫌に笑う表情を私に見せてくれた。

そんな彼の体を優しく撫でてあげようとしたその時、突然にノラがそれまでと様子を変えた。


「っ!!!」

「…ノラ?どうかしたの?」


ノラはある一点を見つめながら、その体を緊張させていた。

私はそんな彼につられるように同じ方向を見つめ、いったい何が起こるのかと意識を向ける。

…その時、その方向から一人の男性が姿を現した。


「み、見つけましたよ!!あなたの事を探していました!!」


その男性は私よりもうんと年上に見えて、たぶん60歳代くらいの人だと思う。

私とは縁もゆかりもないと思うのだけれど、その人は私の顔を見るや否や私のいる方めがけてとぼとぼと歩み寄ってきた。


「はぁ…はぁ…やっと見つけた…」

「あ、あの…。多分人違いだと思うんですけど…?」


この異世界に私の知り合いなんて一人もいないのだから、人違いに違いないと思った。

けれどその人は人違いだとは思っていない様子で、そのまま私にこう言葉を返した。


「ひ、人違いなものですか…。現にあなた、そこにいる猛獣ドライガーを手懐けているではありませんか…。それこそ、私の探していた人物である何よりの証…」

「え、えっと…」

「あぁ、申し遅れました…。私、この近くの村で村長をしております、ユーゲンと申します」

「ユ、ユーゲンさん…?」


私の前に突然現れたユーゲンさんは、そう軽く自己紹介を行ったのち、意を決したような表情を浮かべながら、こう言葉を続けた。


「単刀直入に申し上げます!ぜひともあなたの!あなたのお力で私たちをお助けいただきたいのです!!」

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