第19話 嫁の家
胡桃の家とは、市内にある高層マンションのとある一室のことをさす。
しかしその一室は世界トップクラスのセキュリティが特別に設置されており、一般人が胡桃の家に招待されていたとしても入ることができないだろう。
あの部屋に入るにはあの部屋の住人とともに数あるセキュリティを潜り抜けて入るしかないと、近隣住民からは噂されていた。
一体どんなお金持ちが泊まっているのだろうと想像を膨らませるが、そこには犯罪者が泊まっているとは誰も想像がつかない。
いくつものカードやパスワードを入力し最終的に扉の前に突っ立っている超デカいセキュリティマンに許可をもらってから部屋に入ることができた。
「いらっしゃ〜い!ようこそ私の家へ」
入った途端、胡桃は大声を出して翔雲を歓迎する。とても広い玄関で、数多くのスニーカーが棚に並んでおり、それでもまだスペースが余分に余りまくっている。
「広いな」
「まだ引っ越してきたばっかでさ、荷物全部出してないから広く見えるのかな。まだここは玄関だよ?もっと驚くのはここからだからね〜」
翔雲が呆気に取られていると、部屋の奥から玄関へと一人の女性がやってきた。背が高くスーツを着ており日本人離れした顔立ちの美人さんだ。
「お帰りなさいませ有沙様。では、荷物を……有沙様、そちらの男性は」
彼女は胡桃から学校の鞄を受け取ると同時に翔雲の存在に気づき、一気に警戒体制に入る。
「ど、どうも」
「彼は私の学校の友達。安心して?彼は私に何の危害を加えないから」
胡桃の雰囲気が少し変わる。いつもと声のトーンは同じだが、言葉の一つ一つに厚みがある。組織の人の前では最高幹部胡桃有沙でなければならないからかもしれない。
「本当ですか?何やら彼から少し……血の匂いが香ってきますね。それも脚…太もも辺りでしょうか」
胡桃に安心しろと言われても警戒心を解かない。翔雲には見えないように隠しているが、彼女はすぐに臨戦体制に入れるよう手首にナイフを隠していた。
「私は鼻が効くのです。それも、効きすぎて困ってしまうほどに。匂いを嗅ぐだけで、相手の思考までほんのりと読めてしまいます。一体何を企んでいるのですか」
翔雲の狙い、今はdirtyが開発した毒薬の入手だが、最終的な狙いはミシェルツィドラー暗殺。もっといえば胡桃有沙暗殺だ。
そこまでの思考を読めるのか読めないのか、彼女の技量次第で翔雲の物語はここで幕を閉じることになるかもしれない。
「………なぁ」
「ん?何」
「なんとかしてくれ」
「えぇ…?も〜しょうがないな」
胡桃は渋々承諾し、今にも刺してきそうな彼女の前に立って堂々と話す。
「クララ、この人は安全よ。だからその物騒なものは隠してないでしまいなさい」
「しかし有沙様、こんな極東の地で出会ったどこの馬の骨かも分からない人間と絡んでは危ないのでは」
「私から彼に話しかけた、それが仲良くなったきっかけよ。私が、彼は安全だと判断した。それに何か言い分でもあるのかしら?」
「そ、それは……ですが有沙様、ここで彼をこの部屋に通したとして、それで何かあった場合責任を背負うのはこの私です。いくら有沙様とはいえそのような事は私が決めるべきなのでは」
「これはあなたへの命令であり、私への任務よ、クララ。私がこの国へやってきた理由、忘れてないわよね?」
「…………付き合ってもない男を、家に迎え入れるなんて、普通の女の子ではありません……」
「違うの?じゃあ何?男を家に迎え入れることはやっちゃいけないことだっていうの?どうなのクララ、あなたが私と同じくらいの年齢だった頃はどうしたの?」
胡桃がクララ、と呼ばれる恐らく使いの人に問い詰める。するとクララは顔を真っ赤にしながら手で顔を覆い隠し、後ろへ振り返って小さく呟いた。
「破廉恥ですぅ……ぅ」
「………………」
「………………」
クララ・メフィ。32歳。9月9日生まれ。
代々胡桃家に仕えてきたメフィ家の長女。
現在は組織dirtyの最高幹部胡桃有沙の側近として活動している。
胡桃家に対してだけでなく組織dirtyの幹部、研究員、見習いにまで敬意を払っており、忠誠心が強く非常に優秀な教育を受けてきたエリート。
もちろん殺人術も備わっており、懸賞金はつけられていないが、仮につけられたら10億は超える。
そして彼女は、経験ゼロの処女であった。
「………クララ?大丈夫?」
「だ、大丈夫です。申し訳ありません、お客様の前で取り乱してしまいました」
いつの間にか不審者からお客様へと位上げされていた翔雲。
「有沙様、どうかご家族の皆様には迷惑がかからないよう、節度を保って行為に及んでください」
「え?あ、うん。分かった」
多分、分かっていない。胡桃は何も分かっていない。なぜ急にクララの態度が変わったのか。だが分からない方が翔雲にとっては得だろう。
クララがどんな勘違いをしているのかが胡桃に伝わってしまったら、翔雲が男として一歩進んではいけない道を進んでしまう羽目になるかもしれないからだ。
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