第16話 本当の友人
阿澄を仲間に引き入れてからさらに1週間ほどが経過した。4月も後半にさしかかり、入学式の時のようなよそよそしい空気はほとんど無くなっていた。
「よっ、柊。飯食おうぜ」
「柊君、僕たちとご飯食べない?」
「あぁ。悪いが、いつものアイツが一緒でも大丈夫か?」
「それは問題ないよ。むしろ大歓迎さ!」
「申し訳ない、助かる」
翔雲にも本当の意味で友達と呼べる存在が出来つつあった。気さくに話しかけてきた筋肉質体型男子生徒と、少し控えめな雰囲気のおデブ男子生徒。前者が村上和人。後者が田嶋孝介。二人とも入学式の時から翔雲とは仲良くなりたいと思っていたらしい。
そして休み時間やグループワークなどがあれば、この三人はいつも一緒にいる。だが、昼ご飯の時は違う。ヤツがもちろん現れる。
「やっほー!翔くんご飯食べよー!」
「まぁ放っておいてもくるよな…」
「く、胡桃ちゃん!待ってたよ〜!」
廊下から呼びかけてくる胡桃に対して、田嶋は歓迎するように手を振る。村上は少し気まずそうな表情を浮かべるが、胡桃は歓迎されているのかと思い、目には止まる程度の速さで翔雲の席にきた。
「翔くん!今日もお弁当作ってきたけど、食べる?」
「自分で作ったからいらない」
「あ、僕が食べるよ胡桃ちゃん」
「本当に?いつも悪いね〜田嶋くん。も〜、翔くんも田嶋くんを見習わないとダメだよ?」
胡桃がそう言うと田嶋は照れたような表情をする。胡桃は適当な席から椅子を持ってきて翔雲の隣に座った。
「いただきまーす!」
「い、いただきまーーす!!」
胡桃よりも大きな声を発し、美味しそうに胡桃からもらった弁当を食べる田嶋。一口食べるたびに美味い美味いと声を出して胡桃の弁当を褒めちぎる。
「美味しいよ胡桃ちゃん!」
「わーありがとー。ねぇ翔くん!私初めて自分でたまご焼き作ってきたんだけど、これだけでも食べてみない?」
「まぁ、たまご焼きくらいならいいぞ」
翔雲がそう言うと胡桃は嬉しそうに自身が使っていた箸でたまご焼きを翔雲の口の前に差し出す。
「はい、あ〜ん」
「やめろ恥ずかしい」
「え〜なんでよ〜!ほら、あ〜〜んっ」
「………」
あ〜んを強制してくる胡桃。翔雲は絶対にしたくないのか、たまご焼きのみを手で取ってそのまま自分で食べた。胡桃はあ〜ん出来なかったことに少し残念そうにする。
「……っ!?美味い…」
「え!?本当に!?」
「あぁ。初めてとは思えない美味さだな。冗談抜きでよく出来てる」
「やっっった〜〜〜〜!!!ありがと〜!もう一個いる?ねぇ翔くん翔くん〜!」
「いらない。田嶋にでもあげとけ」
一度褒めると調子に乗る。それが翔雲の前での胡桃有沙だ。殺気を立て、相手を震わす時か、こうしていつものように笑顔で無邪気に喜ぶ時か、どちらが本当の胡桃有沙なのかが分からない。
「はい田嶋くんあげる」
「あ、ありがとう。あ〜んしてくれないの?」
「うん、自分で食べて」
「なんかごめん。いただきます……んっ!すっごく美味しいよ胡桃ちゃん!!」
「ありがとー」
翔雲の時とは明らかにリアクションが薄い。これが差というものなのか、と思い知らされる村上である。しかしそんな事気にもせずに田嶋は純粋に喜んでいた。
「そういえば柊、お前最近あの人と仲良いよな」
「あの人って誰?」
「ほらあれだよあれ。霧島聡太、だっけ?1個上の先輩だよ。傲慢な性格故に友達が少ないって噂の」
「あー……まぁ、そうだな」
側から見れば翔雲が霧島と仲が良い理由なんて考えても考えても分からないだろう。
「なんで仲良くしてんだ?」
「別に仲良くなりてぇから仲良いわけじゃねぇよ?ただ、なんかその、ボッチなの可哀想だなぁって」
「うわ、同情心かよ。汚い絆だな」
「やめてくれ。霧島先輩との間に絆とか言われたら鳥肌が立つ」
実際霧島は阿澄に接触するための義務友人でしかない。そのため傲慢な霧島との間に絆やら友達やら噂されるのは不愉快だ。
「あっはは!よかったよかった。俺、柊がそういうヤツと仲良くなる変人かと疑っちまったよ」
「変人……だと」
「まぁ、単なる優しさだったんだな。でも気をつけたほうがいいぜ?あーいうタイプの人間と絡むと将来何されるか分かんないからな」
「別に何もされねぇだろ」
翔雲と村上が話に花を咲かせている様子を胡桃はジト目で見る。自分に全然構ってくれない翔雲に対してヤキモチを妬いているのだろう。
そんな胡桃の感情を察した田嶋は胡桃に話しかける。
「胡桃ちゃん、髪切った?」
「え?あぁ、ちょっとね。一定の長さ保ってるから」
「今結構長いけど、短くしようとか考えないの?」
「短くしてもいいんだけど、なんなら短くした方が支障がないんだけど……小さい頃からこのくらいの長さだから、愛着がわいたのかな?」
「へー!そうなんだー。胡桃ちゃん、小さい頃もさぞ可愛かったんだろうな〜」
本人の前で言う台詞じゃないランキングトップ50辺りに入るであろう言葉を吐く田嶋。普通の女の子ならともかく、胡桃にとって"小さい頃"の思い出はあまり良いものはない。
「……小さい頃は、今ほど楽しくなかったかな」
「え……何かあったの?言いづらいこと?」
「言いづらい、というか言えないことだね。言ったらここにいる翔くん以外の皆んな全員死んでもらうことになるかな!」
「あはは!死んでもらうって、怖いな〜胡桃ちゃん」
冗談だと捉える田嶋だが、多分マジで死んでもらうことになるだろう。田嶋は胡桃と会話をするのが楽しかったのか、知らぬ間に自身の水筒の中身が床に溢れていることに気づいていなかった。
「あれ?田嶋くんの椅子の下…なんか濡れてるよ?」
「あ、本当だ!いつの間にこぼしちゃった!ティッシュ持ってたりする?」
「ハンカチしかない」
中々派手にこぼれていたため、ハンカチ程度では拭き取れないだろう。翔雲はその事に気づいて、席から立ち上がった。
「俺、トイレから紙取ってくるわ」
「あ、ありがとう柊くん!」
「さっすが翔くん気が利くね〜〜!!」
翔雲が関わり一気にテンションが高くなる胡桃をよそに翔雲は急いで教室から出た。
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