第15話 最恐のプレッシャー

ロンドンの日でもそうだった。彼女は独特なオーラを醸し出しており、そのオーラは本体を見なくても感じることができる。それほどまでに完成された暗殺技術と暗殺者としての心得が彼女にはある。平和ボケしている一般人では到底感じることはできないだろう。だが何人も殺してきた人たちからしたら違う。

胡桃有沙という女性はまさに、人類最恐、いや全生物の頂点といえるだろう。人の皮を被った化け物という言葉がよく似合う。そんな彼女の取り柄は他者を圧倒するスピードにある。


「………は?」


「………え?」


「ここまできたら良い加減に気づきなよ〜。こんな戦い続けてたってジリ貧だってことくらいさ」


距離を詰めていた翔雲だが、いつの間にかうつ伏せで倒されていた。脚に巻き付いている銃を放とうとした阿澄だが、いつの間にかその銃は脚から取り外されており、綺麗でもちもちとした素足があらわになっていた。一瞬にして先程まで繰り広げられていた戦いがなくなり、かといってまた戦おうという意志すら湧いてこない。


一度聴けばクセになる美声、低い身長を誤魔化すかのような赤と黒のスニーカー。彼女風に改造された制服を着ており、スレンダーな体型。小さな顔についている悪魔のような深紅の瞳はいまにも吸い込まれてしまいそうな魅力がある。


間違いない。最強にして最凶がやってきた。


「くる……み?」


「やっほー翔くん。放課後私を置いて帰るなんて酷いよ〜?」


「いやだって、1年生は帰りのホームルームがあるから走って校門を出ないと霧島を待たせると思って」


「ま、どっちにしろ私ならこんな屋敷の警備なんてあってないようなもんだしね」


淡々と会話をする様子を見せつけられている阿澄は呆気に取られていた。目の前には見覚えのある顔がある。たしか柊の隣によくいる子だったような。


「お、メイドちゃんやっほー」


「え……いや、何?もしかして、あなたも賞金稼ぎ?」


「おっしい〜!不正解!正解は〜賞金"首"でした〜!」


「賞金、首??」


紛らわしくなってきたと思う翔雲。とりあえず立ち上がり胡桃に自己紹介するように促す。


「そう!あなたもそっち側の人間なら名前を聞けば分かるはずだよ。私の名前は胡桃有沙。組織dirtyの最高幹部にして、さいかわ最強の極悪賞金首だよ〜!よろしこ〜」


「え?え?胡桃、有沙ってあの?え?なんで?いや、嘘でしょ?」


「嘘じゃあねぇぞ?裏ギルドの毎日新聞とかで見た事ないのか?」


「………そういえば髪色一緒だ」


やはり胡桃有沙の判断基準は髪色らしい。阿澄は非常に驚いており、信じられないといった表情をしている。


「ね?胡桃有沙だよ〜」


「う、嘘よ。あなたがあの胡桃有沙なわけない。だって組織dirtyはアメリカにあるんでしょ?それなのに日本に胡桃有沙がいるはずがないじゃない!嘘つかないで!」


「なんで私が日本にいちゃダメなの…?組織dirtyは日本人設立の組織なんだけどなぁ」


「何か証明できるものはないの?まぁないわよね。だって嘘つきなんだし」


「むっ、翔くん私なんかムカついてきた」


本物だと認めてくれない阿澄に嫌気がさしてきた胡桃。いつ手を出すか分からないので、翔雲はとある提案をする。


「じゃあ、適当に芸でも披露したらどうだ?常人じゃ理解できないようなやつ」


「それしかないか〜。おっけ〜!」


そう言ってからは胡桃の凄技披露会が始まった。

部屋中を見えない速度で駆け回ったり、額に銃口をつけられた状態で引き金を引いても銃弾をかわしていたり、まばたきする間に手持ちの装備品を全て奪ったり。


「どう?これで私が胡桃有沙だって認めてくれた?」


「…………確かに凄いものばっか見せてもらったけど、あなたを胡桃有沙ではないとはっきり否定できる理由がもう一つあるわ」


「も〜何さ〜?頭の固い女の子だな〜」


「それは、胡桃有沙が、こんないけ好かない賞金稼ぎにベッタリなことよ!」


そう言われながら指を指される翔雲。普段モテていることすら面倒くさく気にしないタイプの翔雲だったが、実際に可愛い女の子にいけ好かないと言われ少しショックを受けていた。


「なっ!翔くんがいけ好かないだってぇ〜!?君の目は節穴か!いいかい?翔くんは私がめっちゃヤキモチ妬いちゃうくらいにモッテモテなんだよ!?そんで熱い時には熱いしクールな時はクール!たまに我を忘れて必死になっちゃうギャップまであっておまけに私のストライクゾーンど真ん中の容姿!こんなにも素晴らしくてカッコよくて良く出来た旦那さんを、今君はいけ好かないと言ったのか〜〜〜!」


「旦那じゃねぇよ」


「じゃあダーリン!」


「変わんねぇよ」


翔雲は褒めちぎられて少し嬉しかった。


「なぜ世界最悪の極悪人ともあろう胡桃有沙が、中堅程度の賞金稼ぎと行動を共にしているのかが甚だ疑問だってことよ。普通に考えておかしいでしょ?賞金首と賞金稼ぎが同じ高校にいて同じ時を過ごしててその上仲良くてその上賞金首は胡桃有沙?冗談もいきすぎてて滑ってるわよ」


「冗談じゃない。本気と書いてマジだ」


「嘘よ嘘。絶対嘘。私信じないから!」


阿澄がそう言った途端、目にも止まらぬ速さで胡桃は阿澄を押し倒し、彼女の首にナイフを突きつけた。


「っ!?」


「本当だって、言ってるでしょ?まぁ、嘘って言いたくなる理由も、分からなくはないよ。私だって信じたくない事実に何度も出会ってきたから」


「………は…?」


あまりにも速すぎて翔雲は何が起こったのか今理解した。胡桃はまたやるのだ。俺にやってきたように、格の違いを見せつけて、核心をつこうとしている。


「君は…白銀の阿澄は、怖がってる」


「……え」


「目の前には誰もが欲しい58億の首がある。けれど自分のレベルじゃ到底辿り着けない。それでも目の前にいる女が気に食わないことを言うから、事実を否定して自分を強くみせようとしているんでしょ?」


「…ち、ちが」







「何が違うの?」







「……っ!?」


やられた。胡桃有沙の殺気にやられた。生まれた瞬間から、人を殺すことだけを考えていた彼女は人間にとって、いや、全生物の頂点に立っていると、全生物にとっての天敵とまでいえるだろう。海でも陸でも空でも、彼女に勝てる生物がいるとは思えない。そう感じさせてしまうほどの殺気。マジで死ぬと思わせる瞳。


まるで走れなくなったネズミの前に猫が現れたような光景だ。


「自分に素直になった?じゃあ、聞くよ。私は誰?」


「……胡桃、有沙」


「柊翔雲は?」


「カッコよくて時に可愛い良い男……って何言わせてんの!?」


「あっはは!ごめんね脅しちゃって。立っていいよ」


一気に緊迫した空気が無くなり、いつもの胡桃が戻ってきた。やはり一番敵に回したくないのは彼女であり、一番敵としてみたいのも彼女なのかもしれない。


「そんで阿澄。今ここにコイツがいる限り、俺らは殺し合いができなくなるわけだが」


翔雲はそう言いながら胡桃の頭にポンと手を置く。されるがままの胡桃だが、嫌そうな顔はしていない。


「もう一度聞くぞ。俺の仲間にならないか?一緒にミシェルを殺そう」


「…あーもう。分かったわよ。あなたの仲間になってあげる。でも、勘違いしないでよね。私はあなたより強いから」


「はぁ?」


「こらこら喧嘩しないの!翔くん仲間ができてよかったねー!」


その後目が覚めた霧島が翔雲と再度一緒に歌いたいと言っていたそうだ。

機嫌が良い霧島だが、戦闘が起こった阿澄の部屋の惨事を見て、修繕手続きに頭を悩ませていた。

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