第9話 初めての遊び
放課後になれば学生は皆友達と帰ったり遊んだりしがちだろう。入学式初日ということもあってか、ぎこちない空気を作りながらなんとか友達を作るために遊びに誘っている人がたくさんいる。
仲良くなりたい、友達を作りたい、ぼっちにはなりたくない。人は皆んなそう思い、行動に移す。しかしこの二人は違った。
「だぁぁぁぁぁ!!もうなんでそこまで上げたのに落とすの!?握力終わってない!?」
「クレーンゲームってそういうもんだろ」
入学式初日の放課後なんて遊ぶと必ず気まずい空気になるに決まっているのにこの二人は気まずいなんて思うこともなく、少女の方に関しては全力で遊んでいた。
「私が取れないんだから全世界の誰もが取れるはずないじゃん!そうやって豪華景品!とか言って可愛いぬいぐるみを置いて私みたいな可憐な少女を釣ろうという魂胆でしょ!おのれJapan!汚いぞ!」
クレーンゲームに負ける最凶の悪人。これほど滑稽な姿は親すら見たことがないだろう。
そんな悔しい思いをしていると、隣のクレーンゲーム台に小さい子供が100円1枚持ってやってきた。
その子供は台に100円を入れてゲームをスタートする。何も考えてなさそうなその純粋無垢な目線は常に大きくて可愛らしいぬいぐるみを見ており、クレーンは適当に動かしているように見える。
そしてキャッチボタンを勢いよく押したかと思えば、降ろされたクレーンはぬいぐるみの首根っこをガッチリとホールドし、いとも簡単に大きいぬいぐるみを持ち上げた。
持ち上げた角度は完璧であり、一切落ちる気配のない安定感に包まれたぬいぐるみはそのまま手前の穴に落とされ、子供は喜んでそのぬいぐるみを回収した。
「わーい!でぇかわのぬいぐるみげっとー!」
無邪気に喜ぶ子供。後から遅れて親らしき人がやってくる。
「あらぁ、それくー君が取ったの?」
「うん!これ、お母さんにあげるね!」
「えー本当に?ありがとう。くー君は優しいね」
「えへへ〜」
「……………………………は?」
微笑ましい家族愛を見せつけられ、さらにいとも容易くぬいぐるみを取る技術を見せつけられ、胡桃は家族に向けてはいけない目をしていた。
マジで殺そうとしている目だ。相当腹が立っている目だ。何やらポケットに手を入れようとしている。まさかそこからナイフでも取り出そうとしているのだろうか。
「おい、やめろその目。怖がるだろ」
「別にアイツはぬいぐるみに夢中なんだからいいじゃん。そう、クレーンゲーム中からずっとね」
「まぁ待て待て落ち着けって。俺が取ってやるから。だからそのナイフを取り出そうとする動作やめろって」
一向に歯軋りと舌打ちが止まらない胡桃を見てそろそろ不味いと思った翔雲はすぐに財布から100円を取り出してクレーンゲームに費やす。
昔少しやったことはあるが、その時は2000円以上費やしたもんだ。懐かしい気持ちに浸りながらクレーンを動かしていると、無意識のうちにキャッチボタンを押してしまっていた。
何も考えずただ思い出に浸っていたため、しまったと思った翔雲だが、降ろされたクレーンは偶然にもぬいぐるみの首根っこをガッチリとホールドし、持ち上げた。
嬉しい誤算にもぬいぐるみは穴の中に落とされ、翔雲の手元に渡った。
が、そんなこと気にも留めずに胡桃は家族に向かって舌打ちやら歯軋りやらを繰り返している。間違いが起こる前に翔雲は彼女の背後から視線の前にぬいぐるみを差し出した。
「…っ?」
「はい、でぇかわのぬいぐるみ。取ったぞ」
「え、自慢?」
「殺すぞ。殺せないけど…。これお前にやるから、機嫌直してくれ」
「え…」
胡桃にぬいぐるみを渡すと、彼女はすぐにぬいぐるみを抱いて顔を埋める。
「ありがと…」
こちらへ振り返りながら口元だけ隠して彼女はそう言った。少し顔が赤いように見えるが、気のせいだろう。
同い年とは思えないほど強い彼女だが、同時に同い年とは思えないほど子供らしい。
「ほら、帰るぞ」
「あ、待って」
出口へと振り返り帰ろうとすると、胡桃は翔雲の袖をきゅっと掴み呼び止める。
「なんだ?」
「あの、からおけ行きたい」
「……はぁ、いいぞ。お金は残ってるんだろうな?」
「うん。後22万くらいは財布に入ってる」
「うっ…これが、金持ちか」
その後も二人は遊び尽くし、胡桃は初めての事をたくさん経験して非常に充実した1日を過ごした。
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