第8話 普通の女の子の暮らし

入学式が終わり、教室にて担任の先生からこれからの事を説明された後、放課後となった。

まだ皆んな新しいクラスに慣れていないからか、各々バックを持ってすぐに教室から出て行く。そんな中一人の少女は教室に顔を出して大声で翔雲を呼んだ。


「翔く〜〜ん!!一緒に帰ろ〜!」


「げっ…わざわざ来たのか」


胡桃は教室に入ると一目散に翔雲の元へと走ってくる。速すぎると不思議な目で見られるので目で追える程度の速さで。


「あのな、お前が急に教室に入って俺のところきたら変な噂が立つだろ。一緒に帰るなら校舎前とかで待ってろよ」


「え?なんで私がダーリンに会いに来たら変な噂が立つの?」


「俺はお前のダーリンじゃねぇし、それはお前が美人だからに決まってんだろ?実際今少しざわついてるのが分かんないのか?」


「んー、分からなーい!そんな事より早く帰ろ!」


胡桃は翔雲の手を取り走り出す。スピードがないと非力な彼女の小さな手は包める範囲でガッツリと翔雲の手を包んでいる。これからの学校生活が大変になりそうだとストレスを感じていると、廊下に出た途端、窓際にいる隣の席の例のギャルが話しかけてきた。


「え、柊くんって彼女いたの?」


「違う。こいつは俺の彼女じゃない」


「そうだよ。翔くんは私の彼氏じゃなくてダーリンだよ」


「何言ってんだお前。脳みそのしわ改善されてんのか?」


例のギャルは少し困惑している。この子は明るい子だから後にクラスの中心となるだろう。そんな子に変な誤解が生まれてしまったらすぐに広まること間違いなしだ。新たなるストレスに付き纏われてしまい、翔雲は心底重苦しくなってきた。


「え、でも彼女いないんじゃないの?」


「いやいないけどいないと言った覚えはないが?」


「クラスの女子が言ってたもん。柊くんは彼女いないって。いないはずだって。いないに決まってるって。いないと信じたいって」


「それいないやつだから。ただの妄想だから」


「まぁいっか。みこち別に柊くんの事狙ってる感じないし、彼女はいないって事にしとこ。また明日ね」


「おう」


そう言ってギャルは他の女友達と一緒に帰っていった。帰りながらもギャルはこちらを振り返って手を振っている。それに応じると胡桃は少しジト目で翔雲を見上げる。


「何?浮気?あの子誰?」


「違う。あいつは隣の席の……名前なんだっけ。そういえば話はしたけど名前聞いてないな」


「みこちって言ってたし、名前はみこちなんじゃない?ギャルって一人称が自分の下の名前とかあだ名だったりするんでしょ?」


「そうか?……確かにそうかもな」


「まぁそんなことよりさ、私帰り寄りたいところあるんだけど、付き合ってくれる?」


「えぇ……」


急な誘いを面倒くさがる翔雲。胡桃とどこかに寄ると何が起こるか分からないため、トラブルに巻き込まれたり面倒事が起きたりしてほしくないと思い渋い表情を見せる。


「何その顔。私は翔くんの暗殺を多少は手伝うんだよ?だったら翔くんは私の任務を手伝ってよ」


「は?任務?殺しの案件とかか?」


「ちーがーう!言ったでしょ?普通の女の子の暮らしを学ぶ、それが今私に課せられてる任務だって」


「あー…」


普通の女の子の暮らし。胡桃のファッションセンスからして世の中の流行やトレンドはおさえていると思いがちだが、彼女の普段の生活からしてそれはあり得ない。きっと服装は組織の誰かが決めているのだろう。


小さい頃から命を奪ってばっかりの人生。普通の子供のように遊具で遊んだりゲームをしたりしてこなかったのだろう。そう思うと翔雲は途端にこの絶妙にウザい賞金首が可哀想に思えてきてしまった。


「……何その目。同情されてる?可哀想なヤツだなって思ってる!?」


「よし、そうか、分かった。どこへでもついてってやるよ。どこに行く?ゲーセンか?カラオケか?近場のショッピングモールとか」


「分かった分かった!ありがとうありがとうっ!だからそんな食い気味にならないで。なんか気が引けちゃうから」


やる気になった翔雲に若干低く胡桃。だが内心では初めての"お出かけ"にワクワクが止まらなかった。

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