第6話 奇跡的な確率すらも必然的
『今日の天気は一日中晴れ模様!気持ちのいい気温が続き、絶好の洗濯日和でしょう!今日のラッキーアイテムは〜ヘアアイロン!』
日本、神奈川県、横浜市にあるとあるマンションの一室にて、静かな部屋で朝のニュース番組が流れている。この部屋の主人からすればこのニュース番組は毎日見ている。
あの日から2年以上もの月日が経った。イギリスでのあの出会いから翌日、何事もなかったかのように一日が始まった時はまるで夢でもみていたかのような気分だった。
しかし翔雲は夢じゃなかったことを信じて二年間、実戦を積み重ね並々ならぬ修行と努力をしてきた。今となってはかなりの実力派だ。
そんな翔雲は現在、日本に暮らしており、今日から高校生となる。
学校指定の制服を着て、自身を鏡で見る。
「………意外と似合ってるな」
彼にとっては初めての制服であり、気分が浮かれていた。鏡の前でいくつかポージングを取り、自己満足した後、ふとスマホを見て時間を確認する。
「爺ちゃん……俺、爺ちゃんの言うような、暗殺者になれてるかな………行くか」
そして彼は鞄を持って、新生活への第一歩を踏み出した。
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高校生にもなれば体格もある程度形成され、中学生と比べてかなり大人に見える年頃だろう。
小学生や中学生と比べて高校生は一線を引くほど差別化されている気がする。
例えばジムの器具には年齢制限があり、そのほとんどが高校生以上であることが必須条件とされている。やはり高校生にもなれば周りはある程度大人になりつつあると判断しており、もちろんその人自身の見た目の変化も突然に起こる。
しかし、この、柊翔雲という男は違った。彼はすでに中学生の頃から大学生とさほど変わらない大人びた見た目をしており、学生定期を使用すれば何故か少し疑われることもあるほどの雰囲気を醸し出していた。
ーーーーーーそんな人間が高校生になればどうなるのか?
色気まで付きはじめるのだ。
「ねぇ…あの人、カッコよくない?」
「分かる。なんかユニークっていうか、ミステリアスっていうか、こう、大人っぽいというか、エロいというか…」
「私そこまで言ってないよ!?まぁでもちょっと分かるかも…デュフ」
入学式のために学校に着き、席に座れば周りから若干聞こえる程度の声で噂される。高校1年生にして大人っぽさと色気が付くことによって、他者との差別化がここまでハッキリとされるとは。人間の心理学とは奥が深い。
「狭いな…」
身長が高く脚が長い故、机と椅子の間の間隔に窮屈さを覚える。鍛えているためか着痩せして見えていないだけで筋肉も非常に発達しているため、狭い場所では身体がやや動かしづらい。
「声もカッコいい…」
「モデルさんかな?窮屈そう」
またもや少し聞こえる程度の声で噂話が耳に届く。彼は決してモデルなどやっていない。
しかしもちろん、このスタイルの良さからしてモデル業界などからのお声も掛かっていないはずがない。街を歩けばスカウトはされ、家に戻ればポストは封筒だらけ。
業界で活躍し大金持ちルートはすぐそこまできているのに、彼がそれに応じない理由。
それは、彼が暗殺者であるからだ。
「やっほ」
「……えぇ?」
翔雲は話しかけられた。隣の席に荷物を置き、軽やかに座りながらこちらへと挨拶をしてくる一人の女子に。『やっほ』と。
「高校生?背高いね。座ってるの見ても分かる」
「そりゃ高校生だろ。ここにいるんだし」
「あはは、そうだよね〜。で、何センチ?」
「187…」
「たっか!何食べてんの!?」
「普通の食事…」
初対面で訳の分からないことを言って、気になる相手の特徴について聞いてくるこの女子。まさに陽キャの部類に入る存在だ。
見た目の中々に奇抜で、金髪ロングワンサイドアップというギャルらしい髪に星やらハートやらの髪留めをつけている。制服も入学初日のくせに魔改造されていて、スカートの丈はもちろん基準のものより短い。しかし白い肌で清楚な印象があり、俗にいう清楚ギャルといった感じだ。
「この学校さ、文化祭とか体育祭とか修学旅行とかのイベントが他校よりも豊富らしいよ!頭が良い学校ってわけじゃないけど、通ってる人たちが皆んなお金持ちだから、羽振りが良いんだって」
「そうなんだ」
「それでねそれでね!」
すでに認知している情報を知らないと思われているのか、それともただ単に興奮して自分の楽しみな事を共有したいのか。まぁまぁどうでもいい話を聞かされていると、教室の扉が開く音と共に先生と思われる人物がやってきた。
その人は持っている荷物を教卓の上に置くと、突然チョークを持ち出し、黒板にまぁまぁ強めの殴り書きで自身の名前を書き出し始めた。
「生徒諸君!初めましてこんにちは!いや、おはようかな?私の名前は倉田秀子!今日からこの1年C組を担任することになったスーパーでエリートでパーフェクトなティーチャーだ!よろしくぅ!」
とにかくテンションが高い。声もデカい。この担任の声を毎朝聞かなくてはならないと思うと結構嫌な気分にさらされる。
「と、まぁ自己紹介は終わりにして、これからの流れについて説明しよう。ちょうど今から30分後に体育館で入学式が行われる。だからそれまで教室で談笑でもして優雅に時を過ごしてもらい、時間になったら各自で体育館に移動!おけ?」
「はーい!分かりました!」
清楚ギャルが元気よく声を出す。やはり陽キャ。今後の学校生活上手くいくこと間違いなしだ。
「よし!分かったならよし!じゃあ私職員室にいるから何かあったら気軽にきてね。じゃあの〜」
そう言って先生は教室から出て行った。その様子を見て自由になったと思った翔雲は席から立ち上がり、何も言わずに教室から出る。
(騒がしいクラスだな……まぁ全員が全員あんな感じなわけないか)
そんな事を考えながら教室が並ぶ廊下の突き当たりにある男子トイレに行った。
セットするまでもなく良い感じに整っているスパイラルパーマ。両親の面影を少しでも残すために緑色のメッシュをかけており、瞳は親譲りの綺麗な深緑色。鼻が高く、くりっとした目に長いまつ毛、美しいフェイスラインも持ち合わせている翔雲は、席から立ち上がるだけで周りの視線を集める。
しかし、そんな特徴的な彼だが、暗殺業界では現在、中々名が知れている人物となっており、ある程度この業界に浸かっている人なら翔雲の顔を見ればすぐに身バレしてしまう。
だから彼は現在、イメージアップメガネをかけている。そんなメガネが相まって清楚感を醸し出しており、文学系男子界隈などがあればぶっちぎりで1位を取ることが出来るだろう。
メガネをかけることによって翔雲程度の知名度ならバレることはなくなる。そもそも暗殺業界に浸かっている人は日本にそう多くない。
「……どこだっけ」
トイレから出た翔雲は廊下で一人、途方に暮れていた。並ぶ教室を見て、自身のクラスが何組だったのかを忘れていたからだ。
「手前からABCDEFGH……全部入って確認してたらキリがないな…」
この学校は進学クラスと特進クラスに分かれており、翔雲は特進クラスに属している。特進クラスはA〜C組。進学クラスはD〜H組となっており、翔雲が探るべきクラスは特進クラスのA〜C組なのだが、翔雲はそういう区別をされていることを知らない。
そこで翔雲は思い出した。朝のニュース番組にて、今日のラッキーアイテムはヘアアイロン。
「ヘアアイロンがラッキーアイテム……ヘアアイロン……ヘア…頭文字はH。よし、H組に入ろう」
どう考えても廊下の端から端まで歩いていないにも関わらず、翔雲はH組まで歩き出した。日頃の疲れが溜まってアホになっていたのだろう。
H組の扉を開け、真っ先に自分の席があったはずの場所を見る。
しかしもちろんそこには自分以外の生徒が座っており、隣の席に清楚ギャルがいるはずもなく、ただの清楚少女が座っていた。
H組の生徒たちからは"誰だこいつ"と言わんばかりの視線を受け、圧倒的なアウェイ感に飲み込まれる。割と精神的にキツい空気だ。
「………なるほど。H組はハズレ、か」
「は?」
翔雲はそう誤解を生むような事を言ってH組を立ち去ろうとした。その瞬間だった。
「待って!!痛っ!」
扉を閉めかけていた矢先に、一人の少女が非常に驚きながら焦っている様子でこちらへと駆け寄ってくる。途中で机に膝をぶつけ痛そうにしつつも駆け寄るスピードを緩めず翔雲の前でピタリと止まった。
「ねぇ、私だよ!私!」
「っ……!?どちら様…でしょうか??」
「え!?覚えてないの!?私だよ!わ、た、し!」
「オレオレ詐欺ならぬワタシワタシ詐欺でしょうか??」
「本当に覚えてないの!?私だよ!私!胡桃あr」
「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!静かにしろ!一回口を閉じるんだぁぁぁ!!」
見覚えのある顔、見覚えのある身体、聞き覚えのある声。五感、いや、第六感まで感じられる情報が全て一致するほど覚えのある人物。この人の事を考えて過ごした2年以上に渡る修行の日々。
相変わらず低い身長を誤魔化すようなスニーカーを履いており、制服も少し改造されていて、彼女のイメージカラーにそった色合いにされており、あの日ロンドンで見た彼女の姿と重なる。
何故この人がこの国にいる?何故この学校にいる?様々な謎が思い浮かびながらも、翔雲は世界中の暗殺業界で認知されている名前を口にしようとした彼女の口を手で強引に封鎖し、大声で叫んで誤魔化す。
どうしようかと、聞きたいことが山ほどある中で翔雲はふと周りを見ると、H組の生徒全員から謎めいた視線を浴びていることに気づき、ここで話すのも不味いと考え、彼女をやや強引に抱え持って教室から急いで出た。
強引に封鎖していた彼女の口も開放し、この場から退散することのみを考え、とりあえず屋上まで走ることにした。
「あんっ!そんな強引に私を連れ去るなんて!大人になったねダーリン♡」
「俺はお前のダーリンじゃあねぇ!いいから黙っとけ!後で色々聞くからなぁ!」
「はーい」
奇跡的な確率すらも必然的。翔雲と胡桃がここで再会することも、必然的な事なのかもしれない。だが、当の本人たちからすれば混乱状態だろう。
だが今の翔雲は聞きたいことを押し殺して、ひたすらに屋上に向かって走った。
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