第4話 10万年後の景色
始まりはいつも突然に。終わりはいつも必然に。
この世に生を授かることは決まりきった運命。驚くことなんてない、奇跡的な確率であるわけでもない。
人類の歴史には次のような説がある。ホモ・サピエンスが誕生してから文明の発展に10万年もの時間がかかった期間があるという説だ。人々はそれを空白の10万年と呼ぶ。
数十年で光る魔法のような板、スマートフォンが開発できるのだ。
10万年もの間知性なくしてホモ・サピエンスがそこらをうろついていたはずがない。
この空白の10万年は我々今の人類が誕生する前の人類が存在していたのではないか、と言われている。
そして人類が同じような結末を辿っているのであれば、今この世で生きている人々が生まれてくることは必然的であったのだといえる。
そしてまた同時に、彼女と俺がこの美しい空間で出会うことも必然的であったのかもしれない。
また会おう、じゃない。また会うだろう。10万年後の君に。
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舞台はイギリスのロンドン。街の中にある店が並ぶ大通りにて、今日はお祭りが開催されていた。
街は賑やかな雰囲気に包まれ、人々は平和を謳歌している。
前を見ればシャボン玉が浮いており、たくさんの風船を持った子供や、その風船を配っている奇妙な着ぐるみを被っている人もおり、不思議な格好で素晴らしいパフォーマンスを披露している人もいる。
そんな最高に賑わっているこの街に、とある一人の最悪の極悪人である少女がやってきていた。
その少女は異質なオーラを放っており、茶髪に赤メッシュの入ったロングツインテールの髪型に黒のバケットハットを被っている。赤のネックセーターに黒のベスト。焦茶色のスカートに低い身長を誤魔化すような厚底の赤と黒のスニーカー。
まさに彼女のイメージカラーを存分に服に表したようなファッションセンス。そんな彼女はホットドッグを片手にお祭りを堪能していた。
「そこのお嬢ちゃん!よかったらこの本場から取り寄せた高級フランスパンでも食べていかないかい?」
街中を闊歩しているとパンを売っている店の少し年老いた店主に話しかけられる。店主は一個の短いフランスパンを彼女に見せながら誘ってきた。
そのパン屋からは焼きたてのような香ばしいパンの匂いが香っており、非常に食欲をそそられる。
「わぁ!とっても良い匂いね!これおいくら?」
「10£だよ!世界一うまいからね!」
「10£〜!?高い高い!4£!」
10£は日本円で約1830円。そこまで大きくもないフランスパン1本でこの値段は非常に高い。それでも彼女はおいしいフランスパンだと信じて少し高めに値切る。
「8£だ。この程度で我慢しよう」
「ええ〜?5!」
「せめてせめてせめまくっても7だ!これ未満の値段にはできん!手に入れるのにも苦労したんだぞ!」
「えええ〜〜??」
彼女は悩む。食いしん坊な彼女はホットドッグ片手にまだ物足りなさそうな感じがしていた。パンのよい匂いが鼻を通り抜けると増す増す食欲がそそられる。
高級フランスパン片手に見晴らしの良い野原でまったりする。なんて優雅なのだろう。
「じゃあ......7なら.......」
彼女はそんな暇ないのにもかかわらず理想的な想像をしてしまい、いつの間にか財布を開けようとしていた。
その時だった。
「っ..........!?」
背後から異常なまでの殺気を感じ取り、すぐさま後ろを振り返る。
背後に突然現れた者は男性で、彼女と歳が近いくらいに若い。
日本でいう平均的な身長。整った顔立ちに天然じみたパーマがミステリアスな雰囲気を醸し出しており、吸い込まれるような深緑の瞳で世の中の女性にとどめを刺しているようだ。
彼女が振り向くと同時に財布に大きな手が寄せられる。その手は非常に冷たく、財布を奪う、というより開ける行為を制止させるような、優しい手触りだった。
「やあ、こんにちはお嬢さん。今日は見晴らしの良い場所でゆっくりしたい気持ちになるような素晴らしい天気だね」
「えっ………」
「なっ..........お、お前は、柊ベーカリーの!?」
店主は彼が視界に入った途端に非常にバツが悪そうにする。何か都合の悪いことでもあるのか、そんなことも考えずに彼女は彼の目を見ながら呆然としている。
店主が慌てている様子を確認した彼は素敵な笑顔を浮かべながら店主に話しかける。
「やあ、Mr.モール。いい天気だね。調子はどう?」
「あ、ああ、最高に良いよ、うん。見ての通り、もちろん気分は最高さ」
「そうかな?僕から見たらすごーく焦っているように見えるけど」
「き、気の所為だろう」
店主は落ち着かない様子で話し続ける。彼女は彼の容姿に虜になりつつも、しっかり話を聞いており、明らかに店主の様子がおかしいことに気づく。
すると彼は店主が彼女に売りつけようとしていたフランスパンを手に取る。そのフランスパンを凝視して、訝しんだ表情を見せる。
「ん〜?」
「な、なんだ。その高級フランスパンがどうかしたか??」
「いやぁ、話変わるけど、モールさんさ、さっき路地裏にあるゴミ箱漁ってたよね?」
彼は思い出しながら言う。不意にそんなことを言われた店主は額にブワッと汗が浮かび、さらに焦った様子に切り替わる。
「なっ!?何を言っているんだ!」
店主のこの反応に彼は不敵な笑みを浮かべた。
「さっき路地裏で見かけたんですよ。職を失った社会不適合者の負け組が如くゴミ箱を虚しく漁っているモールさんを。そしてそのゴミ箱から漁り出した、一個の食べかけの短めなフランスパンも」
「んの〜〜!?な、何をいって!?」
「いやぁまさか歯型に部分を切り取って、炎で若干焼いて、焼きてパンのいい匂いがするネタ香水までつけて売り出すなんて思ってもいなかったよ」
「お、お前.........どこまで知って....」
彼は楽しそうに語る。あまりの情報の多さに店主は反論したり、弁明したりすることもなく、ただただ驚愕していた。
店主がした質問に、彼は何食わぬ顔で答える。
「どこまでって.......全部ですけど」
「ち、畜生〜〜〜〜!!柊ベーカリーめ!また俺の邪魔をしよって......次はないぞ!」
「ところでお嬢さん?パンが食べたいなら僕の親戚が営んでる柊ベーカリーにこない?」
「人の話を聞けーー!」
彼は店主を横目に彼女に話しかける。が、彼女は返事を忘れて彼に見入っていた。
「.....おーい?」
「!?は、はい!行きます!行かせてください!」
彼が心配していると、彼女は突然意識を取り戻し、即答で行くと言い放った。
そんな彼女に一瞬驚いた彼だが、すぐに表情を立て直し、笑顔で彼女の手を引いた。
「決まりだ!行こう!柊ベーカリーはイギリスでマイナーな人しか知らない隠しスポットさ!」
「はいっ!」
そうして彼らは街の向こうへと去っていった。
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