第3話 過去との交わり 神から守られた少女

お母さんは言ってくれた。あなたに悪影響を与える悪い人たちから神様があなたを守ってくれてるのよ。だからそんなに落ち込まないで。あなたはとって良い子なんだから、と。


嫌な事があった時はいつもお母さんがそう言ってくれた。でも私の不満は解消されなかった。


お医者さんに相談しても原因は分からない。そのような事例は今までにない。だからまともに相手してくれない。


私は生まれつき、自分と目を合わせた者に悪寒を与えることができる。私と目が合った人は身体全身に悪寒が走り、やがて高熱を出して風邪を引いた時のような状態になる。心身疲れ切ってしまい身体の節々が痛くなり数時間同じ状態が続けば気絶してしまう。


これは神様が私に与えてくれた力。何か原因があるわけでもない。私の方から何か仕掛けているわけでもない。ただ私と目を合わせた人が勝手に悪寒を感じるだけ。

レモンと塩と梅干しを同時に口の中に入れる事を想像してみてほしい。自然とよだれが垂れてくるはずだ。額に人差し指を当ててみてほしい。妙に当てている部分だけ敏感になってくるはずだ。


私が与える悪寒は人間の心理的な何かに近しいものだと思う。それらは全て自発的に引き起こるモノであり私から何かしているわけではない。


私は何も悪くない。私は何もしていない、ただ皆んなと仲良くなりたいだけ。それなのに皆んなは私の事を理解しようともせずに私から遠ざかっていく。私はとても悲しかった。


年齢を重ねるごとに相手に与える悪寒は強くなっていき、小学4年生のある日、事件が起こりました。


「ねえねえ氷依ちゃん。給食食べ終わったらさ、遊ぼうよ」


「……え、い、いいの?」


「うん!鬼ごっこする?かくれんぼとか?」


「か……かくれんぼ、かくれんぼしよ!」


「うんうん!じゃあ他のみんなも誘うね!」


初めて遊びに誘われた。いつも一人で過ごしていた給食の時間も不思議と今回だけは一人じゃないような気がした。


ようやく自分が周りから認められたと思い、軽快な気分で給食も食べ終わる。何故かその日の給食はいつも以上に美味しく、すぐに完食してしまった。


私が食べ終わった様子を見て、先程の女の子が話しかけにきてくれた。


「食べ終わった?じゃあいこ!私についてきて」


「うん!かくれんぼ楽しみだな〜」


その時の私は何も違和感など感じなかったのだろう。それもそのはず、私はその時心から喜びを感じていたのだから。自分が食べ終わるのを見計らっていた事や、私を一番避けていたであろう女の子が突然私を遊びに誘った事や、一度も目を合わせてくれなかった事など。散りばめられた違和感は回収されることなく放置され、私は軽やかなステップを踏みながら女の子についていった。


「ねぇねぇ、私ちょっとトイレいきたい」


「あ、うん。待ってるよ」


「違う違う、一緒にいこ」


「え?…あ、そうだね」


私は初めてだからよく分からなかった。けど思い返せば仲の良い女子同士は一緒にトイレに行っていたような気がする。そういうものなのかと思い私は女の子が入っている個室の隣の個室に入った。特に便意がない私は女の子に合わせたかっただけなので何もせず個室で女の子の用が終わるのを待っていた。


「…………あれ?」


ようやく違和感に気づいた。隣の個室で用を足しているはずの女の子。でも私は彼女の名前を知らないし顔もよく見たことがない。

それにすぐ隣で用を足している割にはかなり静かだ。プライベートな音もなければ服が掠れる音も聞こえない。

ただその時感じたのは、頭上付近の嫌な予感だけ。


「「「せーのっ!」」」


バッッシャーーン!!


と、大きな音をたて、私の頭上から大量の水が降りかかってきた。

びしょ濡れになった私は何をされたのか全く理解できなかった。でも一つだけ分かることはある。先程まであった浮かれた気持ちが今は一切ないということだ。


「あっははは!びしょ濡れじゃん!」


「ちょっと水多すぎじゃない?バケツに書いた線までって言ったよね?」


「ごめーん!楽しくなっちゃってさぁ、ちょっと多めにサービスしちゃった!」


「「「あはははは!!」」」


びしょ濡れの状態で突っ立っている私。両隣の個室からこちらの個室へと壁を越えて顔を見せている女の子たち。何故か女の子たちは心の底から笑っていた。


「ねぇ!本当に遊ぶと思ったの?」


「まぁ私たちは遊んでるようなものだけど」


「あなたなんかと遊ぶわけないでしょ〜?少しは考えなさいよ、この厄病神!」


次々と私を罵倒する声が聞こえる。何でそんなに笑っているのかと思い、私は壁から顔を覗かせている女の子たちに目を向けた。


「わっ!こっち見ないで!」


すると女の子たちはすぐに自分たちのいた個室に戻っていく。混乱していた私だが、その時の私は狂っていたのだろう。自分が虐められているなんて事思わずに、これが彼女たちのいう"遊び"なんだなと勝手に理解しようとしていた。


彼女たちが人間であれば私は鬼。これは鬼を倒す遊び。彼女たちはひたすら楽しんでいるだけなのだ。

きっとそうに違いない。そう思いながらまた彼女たちが壁から顔を出すのを待つかのように私は壁の上を見上げていた。


「第二布陣いくよー!せーのっ!」


するとまたもやバケツから大量の水が流され、私に降りかかってきた。見上げていた私は顔面にもろに水を食らってしまい、結構な量の水を飲み込んでしまった。


その時私は何を思ったのだろう。いつも飲んでいるはずの水道水だと思われるその水が、どんな液体よりも汚いモノに思えた。生まれてから一度も風呂に入ったことのないおじさんが三日三晩入った風呂のお湯よりも汚い、そんな水に見えてしまった。


そう感じた私はすぐに体内から水を出そうとトイレに向かって顔を向け、盛大に吐いた。


「っぅ……っ!ぅぇ」


「うっわぁ!きったなぁぁぁ!!こいつ吐いたよ!もう私この便所使えないわー!」


「本当だー!厄病神も吐くんだね!」


「あははは!」


そこで私は完全に気づいた。自分が今置かれている状況に。気づいたら私は抵抗することも考えずひたすら悲しい気持ちに支配され、涙を流した。


「あーあ、泣いちゃった。今その汚いゲロと一緒に流してあげるね!」


「せーのっ!」


トイレに顔を向けたまま、また大量の水が私に襲いかかってきた。涙も吐瀉物も流れたが、私の中に生まれた悲しみと憎しみが流されることはなかった。

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その後私に対する虐めはもちろん発覚し、私を虐めてきた女の子たちは全員転校するはずだった。しかし彼女たちのうちの一人の親は有権力者だったらしく、いちゃもんつけて今回の虐めを誤魔化していた。そのため今も彼女たちは転校することなく学校でのうのうと過ごしている。かなり派手な虐めだったため、あの後先生が駆けつけてきてくれたことによって、私はすぐに解放された。でもまだ悲しみの感情からは解放されていない。一生残るであろう深い傷を負ってしまった。


「……氷依?」


「…………」


「学校、やめよっか」


「…………」


「大丈夫よ。あんな所行かなくてもあなたの居場所はある。通信であなたに勉強を教えてくれる先生がいるの。女性の先生で、きっとあなたも気に入ると思うわ」


「…………」


「……………また、心の整理が出来たらいつでも言ってね。お母さんや氷太郎たちはあなたの味方よ」


お母さんは私にそう言ってくれた。あの後私も学校をやめて通信で学ぶことになった。

なぜこのような体質で生まれてきてしまったのだろう。なぜ家族は私の悪寒を感じないのだろう。どうして神様は私にこの力を与えたのだろう。


色々な事を考えていると、そっと両方に温もりを感じる。ふと見ると私の兄弟たちが私の事を包むように抱擁してくれていた。


「お姉ちゃん大丈夫?」


「元気ない?」


「…………大丈夫だよ。お姉ちゃんは元気」


「嘘ついてる。誰にやられたの?」


「だ、大丈夫だってば…」


私には二人の兄弟がいて、二人とも私によく似た見た目をしている。とても正義感が強くて頼もしい子たちだけど、家にいるとよく私に甘えてくる甘えん坊さんたちだ。


「………おれ、もう我慢できない!」


「え?」


弟たちは目を合わせ、何か決心した様子でいつも通りランドセルを背負って家を出た。

明らかにいつもとは雰囲気が違うので少し心配になる私だが、もう学校をやめた私がいつものようにランドセルを背負って登校することは出来ない。何かし兼ねないかと不安に思った。


その後私は昼頃から通信の学校が始まる。初回の授業だったのでオリエンテーション的なもので早く終わった。ひと段落つき、あの日のことを思い出さないよう気分転換しながら家で過ごしていると、妙な不安が脳裏をよぎった。


「………お母さん」


「どうしたの?」


「なんだか、氷太郎たち遅くない?」


「そうねぇ……友達と遊んで帰ってるんじゃない?」


「でも、遊びに行く時は必ずお母さんに伝えてから行くでしょ?ランドセルだって持ったまま遊びに行ったことは一度もなかったはず」


「う〜ん………氷依、大丈夫だと思うけれど、念の為近くの公園見に行ってくれない?」


「うん、分かった」


私はとても心配だったのでお母さんに頼まれなくても行っていただろう。すぐに支度を済ませて私は公園に向かった。

でも近くの公園じゃない。少し離れた○□公園に行く。私の不安が正しければそこに弟たちはいるはずだから。


得意じゃない運動。でも私は走って公園に向かった。数秒でも遅れたら不味い。そんな思考が私の頭の中にはずっとある。

弟たちは言った。もう我慢できないと。弟たちは目を合わせて学校を出て行った。あの決意を固めたようで固め切っていない瞳は何度も見てきた。


私の事を助けようとしてくれた男の子たちの瞳と一緒。でもその男の子たちは最終的に私の事を不快に思うようになって助けてくれた事はなかった。

一時の感情で好きになり、助けようとするが助けない。そしてまた一時の感情で嫌いになり、私を避けるようになる。そんな男の子たちはたくさん見てきた。今朝の弟たちはその子たちと同じ瞳をしていた。でも弟たちと今までの男の子たちには決定的な違いがある。


それは私の弟であるか否かだ。


「氷太郎!!氷介!!」


○□公園についた私は衝撃的な光景を目の当たりにした。弟たちはかつて私を虐めてきたあの女の子たちに立ち向かっており、彼女たちと喧嘩していた。男子と女子とはいえ、年の差は2年ある。女の子たちは弟たちの首を容赦なく締め付けていた。


「っ!?あ、あんたは」


「お姉……ちゃん……っ」


この○□公園は周りに人が住んでいるような家がなく、電灯もないので人があまり寄りつかない。誰かを陥れたりするのには持ってないの場所だ。ちょっとした虐めで私はここに呼び出されたことがある。その時はただ長い時間一人で同級生を待つというだけの軽い嫌がらせだったが。


目の前に私が現れたことに驚いたのか、女の子たちは咄嗟に弟たちから手を離す。

解放された弟たちは苦しい様子で意識を失いその場に倒れ込んだ。私は急いで弟たちの元に向かい、彼らを擁護した。


「何をしてるの!私だけじゃなく、家族にも手を出すなんて!!」


「ち、違う……私たちは自分の身を守るためにやっただけ……最初に喧嘩ふっかけてきたのはこの子たちだし」


「嘘つかないで!!」


いいや、嘘はついていないだろう。その時の私は大事な弟たちが苦しめられていたのを見たせいで冷静な判断ができていなかった。だが、女の子たちが言っていることは事実だろう。

弟たちは大好きなお姉ちゃんを虐めたやつらに復讐がしたかったのだ。それは今朝の彼らの様子を見て一目瞭然。


そんな事、当時の私も分かっていたはず。でもその時はついカッとなってそんな事も忘れてただ女の子たちを軽蔑していた。


「ほ、本当よ!あなたを虐めたことは本当に申し訳ないと思ってるし、反省もしてるわ!その事もこの子たちに言った!でも…この子達は私たちを人間じゃないとか、クソ野郎だとか言ってきて、私たちに暴力を………あなたの弟だってことは見た目で分かってた。でも喧嘩腰なのはそっちでしょ!?この件に関しては私たちは悪くない!正当防衛よ!」


顔を真っ赤にして大きな声で怒鳴るように言いつけてくる女の子たち。辺りは暗くなり夕焼けで若干彼女たちの顔が紅くなっているように見える。よく見たら涙も流していた。

今思えば彼女たちも辛かったのだろう。最初こそ虐めてきたが、後に反省し更生しようとした最中2コ下の男の子たちに強烈な暴言を吐かれたのだから。でも当時の私はそんな事考えもしなかった。


ただ弟たちが傷つけられた怒りに感情を支配され、私は自身の中にある憎い力に助けを求めることにした。


「大事な家族……手を出さないで!!」


「っ!」


私は女の子たちの目を睨みつけた。その瞬間、女の子たちの身体は震え上がり、とてつもない悪寒に襲われる。もはや人間の心理的なモノと呼ぶには本格的すぎるほどの悪寒に、彼女たちは震えが止まらなかった。


やがて女の子たちは体調が悪そうにその場に両膝をつく。自身の身体を抱いて身を震わせる。さらに体温は上昇していき、やがて身体の節々も痛くなる。


「私だけで良かったのに…もう許せない」


「な……なにを…?きゃっぁ!」


私は体調が悪く身体を思うように動かせない無抵抗な彼女たちの中のリーダーらしき一人を押し倒し、胴体の上に乗っかる。目線は合わせたまま、私は初めて人を殴った。


「痛いっ!やめてっ!!」


「……うるさい」


「ぅぅ…!い……っ!痛い!」


「…うるさい……うるさいうるさいうるさい!」


無抵抗な女の子をひたすら殴り続ける。非力な私は一発で済ませるはずがなく、何度も何度も殴り続ける。殴り続けているうちに彼女の鼻から血が噴き出てきた。それでも関係ない。殴って殴って殴り続ける。


「クソっ!……クソっ!……クソっ共がぁ!」


私らしくない声で、顔で、感情でひたすら殴り続けた。涙で前が見えない。今殴っている女の子の顔がどのような形に変形しているのかも見えない。ただひたすら怒りに身を任せて殴り続ける。


すると悪寒にさらされていた女の子が私の動きを止めるように私に抱きついてきた。


「もう、やめて!!」


「っ!?」


そして気づいた。自分が今何をしているのかを。こんな事したら親が悲しむだけで何にもならないのに。こんな事しても意味がないのに。

ボロボロになった女の子を見て私は思った。悪は裁かれるべきだと。


あの日を思い出す。トイレで水をぶっかけてきたあの子の楽しそうな顔が、今じゃ血まみれで不細工な顔になっている。それを見て私は申し訳なさなんてモノは感じず、ただひたすらに


「気持ちいい……ですね」


「………はあ?」


そこで気づいた。私は厄病神に愛されたい正義の奴隷であることに。他人を傷つけた者は自分も傷つくべきだ。人の痛みを知らない者は誰かを傷つける。その誰かなんて誰でもいい。

その日、弟のために怒っていると思われた私の感情だが、実は自分の快楽のために動いているのだと知ってしまった。


結局私はあの後私たちを探し回っていたお母さんに見つかり、こっぴどく叱られた。もちろん弟たちも含めて。

その後女の子たちの親、一人一人に謝罪をし、有権力者の親に対しては多額のお金を渡して許しを得た。結局あのゲスな女の子たちの親もゲスだというわけだ。


お金が少なくなり、あまり自由のきかなくなった私たち、氷川一家。一家をそんな状況にさせてしまった責任は私にある。

何か家族の助けになり、お金を稼げる方法はないかと小学生の私はネット中を駆け回った。


そしてとある裏社会の組織、裏ギルドを見つける。その組織は警察では手に負えないほどの凶悪犯を殺してお金を稼ぐことができるというもの。年齢制限はない、国際連合総会公認の裏社会組織だ。何があっても全ては自己責任。


私の悪寒があればどんな相手でもこちらの土俵へと持っていける。そして凶悪犯を殺してお金を稼げば小学生の私でも多額のお金が手に入る。


そう信じた私は小学5年生の冬。初めてナイフを握った。

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