第2話 過去の交わり 純潔と白銀の少女

はっきり言ってこの物語はクソだ。胸糞悪い最悪の記憶だ。忘れたくても忘れられない最低の思い出だ。でも今一度向き合わなければならない。自分が成長するために必要なことだから。


ずっと忘れたいと願っていた記憶。そういう記憶や思い出に限って、一生脳裏にこびりついて離れないものだ。

しかし、私にとってのその記憶というのは、他者と比べて遥かに重い記憶だった。


「これから霧島家にお仕えする、阿澄です。こちらは娘の奈月」


「………」


「挨拶しなさい」


「こんにちは……」


当時まだ小学1年生だった私は、見知らぬ人に挨拶をするという常識すら理解し難い年齢だった。


目の前には歳の同じ肥満な子供が同じ目線で立っており、その子の背後には大男が立って私の母と会話している。

どんな会話をしているかなんて興味はない。ただ不快に思ったことはある。


この肥満体型の男の子、のちに霧島聡太と名乗る男は私に色目を使っていたのだ。

その時の私はもちろん、色目を使われていただなんて知らなかった。ただ不快な気分になった事だけ分かる。そんな歳だった。


先祖代々、私の家はとある貴族の使用人として働いていた。だがその貴族の当主は無責任にも株を別の当社に売り渡し、夫人とともに逃げ出してしまった。

これから使用人一家の阿澄家は株を買った先の貴族に仕えることとなる。それがここ、霧島家だ。


それから私はメイド長にいろはを叩き込んでもらい、小学3年生辺りからはすでに立派なメイドとして働かせてもらうことができた。


「奈月、行くぞ」


「はい聡太様」


霧島様と同い年の私はもちろん、学校でも霧島様の側近として働く。

霧島様に何か不都合が生じた場合の後処理や、交友関係含めての仲裁役など、その時の霧島様は今よりも傲慢な方だったため、私は様々な雑務をこなしてきた。


そして、小学4年生の冬。初めて本気で人を殺したいと思ったあの日がやってくる。


私は今日もメイドとして霧島家で働いていた。ある日一人でトイレ掃除をしている最中の事。

芳香剤のおかげでそこまで臭うことのないトイレを入念に掃除をしていると、掃除中の看板を扉の前に置いていたにも関わらず、使用人長の男がトイレに入ってきた。


「掃除中です」


「分かっている」


「ここの掃除は私が担当しているので、お構いなく」


「分かっている。今日、君をここに配置したのは私だ。疑問に思うことはないのか?」


「………ない、というのは嘘になります」


本来であれば、男子トイレの掃除は男性の使用人に任され、女子トイレの掃除はメイドなどの女性の使用人に任される事になっている。

だが今日の掃除当番表には、男子トイレに私の名前が入っていた。


「ここは私の持ち場だ」


「…?ですが、先程ここに私を配置したのはあなただとおっしゃいませんでしたか?」


「その通りだ。お前が見た掃除当番表は昨日の物だ。今日は私がここの掃除当番になっている」


「……では、私は女子トイレの当番でしたか?」


「それも違う」


そう言って使用人長の男はニヤリと私を見てきた。当時の私は危険な状況にいる事は理解出来たが、これから何をされるのかまでは察することが出来なかった。


「今日、君にはここを掃除してもらうよ」


「………っ!?」


そこからはあまり覚えていない、と言いたいが、そここらの記憶も私はよく覚えている。

忘れたいと願う記憶ほど覚えていたいと思う記憶よりも鮮明に脳に刻まれる。


臭い、醜い、気色悪い、とにかく最悪な気分が身体全身に広がる。

まともに呼吸もさせてくれない勢いで腰を動かし、私の頭を強引に掴んでさせてくる。引き剥がそうと抵抗しても、非力な私は何も出来ない。


そこでようやく理解した。世のメイドの条理を。ただ家主たちの世話をするだけが仕事じゃないことを。身をもって知ってしまった。


しばらく私はされるがままにやられ、ようやくその気色悪い時間も終わりを迎える。

使用人の男はスッキリした様子で後始末を軽くして私にこう言った。


「この事を誰かに言ったら、この写真を晒す」


そう言って使用人長の男は屈辱的な私の写真を見せてくる。


「この写真が世に出回ったら、霧島家はお終いだ。そしてこの家が終われば、君たち阿澄家も雇い主を失い失業するだろう。そうなれば君の両親はどう思うのか」


「……………っ」


そう言って男は何事も無かったかのような面で去っていった。これかもこういう事が続いてしまうのかと考えると、吐き気がする。

色目を使っていた聡太様でもこのような事はしない。


それから1週間に3、4回程度の頻度で私は同じような事を同じ男からされた。

あまりにも気色悪いので終わるたびに私は歯磨き粉の半分を使って歯磨きをしていた。


そんな生活が続き、小学5年生の夏。新たに使用人が家にやってくる。


名前は横川傑。彼はとにかく察しがよく、勘のいい使用人だった。

霧島様や他の偉い人たちが何かを依頼する前に内容を察して先に行動ができるほどの察しの良さを持っていた彼は、たった数ヶ月程度で現在の使用人長の座を奪った。


その時使用人長だった私に好き勝手やってくる男は当然使用人長の座を奪われる。そして溜まっていったストレスを私で発散する。


掃除当番表を制作する仕事は新しい使用人長の横川傑に託されたため、配置を変更することが出来なくなった元使用人長の男は決まった時間に私を人気のないところに呼び出すようになった。


エスカレートしていく行為に、私は感情を失うほどにまで好き勝手にやらされていると、ある日の夕方頃に、希望の光が見えてきた。


「そこで何をやっている!」


「っ!よ、横川君!?」


屋敷の庭の茂みで隠れながらやっている所に、横川傑がやってきた。

察しの良い彼は、決まった時間に私と元使用人長がいないことに気づいたようで、使用人長になってからいつも探し回っていたそうだ。


「ち、違うんだ、これは彼女からやってほしいと頼まれたんだ!!」


「………っ?」


とことんクズな行動をする元使用人長に、私はもはや怒りすら感じなくなっていた。

だがそんな言い訳、勘の良い彼には当然通ずることはなく、彼は強引に私を元使用人長から引き剥がす。


「こんな幼い子が、そんな行為望むはずがないだろう!元使用人長として、俺はあなたを尊敬していた……だが、このような行為は絶対に許されない!この事は霧島様に報告させてもらう!」


「そ、そんな……待ってくれ!!本当にアイツから!奈月ちゃんから頼まれた事なんだ!信じてくれ〜〜!!」


そんな言い訳をする元使用人長の事を無視して、彼は私の胸部が見られないよう布で覆い隠し、私を抱っこして走って屋敷へと向かった。

取り残された元使用人長の叫び声が聞こえる。私は救われたのかと思い安堵し、大きな彼の胸に顔を埋めた。


やがて元使用人長の猥褻な行為は霧島様へと伝えられ、元使用人長の男はクビとなり、強制猥褻罪で警察へ突き出された。


「もう大丈夫だよ。怖かっただろう…辛かったね。もうあの人がここに来ることはない。安心して、またメイドの仕事に励みなさい」


横川傑に救われた。半年程にわたる気色の悪い行為から解放されたのだ。

その後しっかり身体を洗い、歯も磨いて私は新しいメイド服に身を包んで仕事に励むことにした。


気持ちを切り替え、もうこのような事は起こらないと確信し、モヤモヤが晴れたような気分で仕事をこなす。

周りのメイドさんは私の事情を知らないため、急に笑顔が増えたように思えただろう。私に対して親身に寄り添ってくれたり、友達になってくれたりした。とても充実したメイド生活を送ることが出来た。


そして身体の形が変わり、自分は発育が良い方なのかと気づいた小学6年生の春。


私は横川傑に犯された。

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初めて人を殺した。無理矢理迫ってくる彼に、力の弱い私は抵抗することもできずに、最後までしっかりとやられた。

そしてまたあっさりとした感じで、捨てるように私をその場に置いていく。

それが許せなかった私は、頭で考えることすら忘れ、無意識のうちに身体が動いており、ブラからワイヤーを取り出して後ろから刺し殺した。


その時は何も考えていない。怒りからきた謎の力にされるがままに身体を動かし、彼が動かなくなるまで刺し続けた。


やがて部屋は真っ赤に染まり、私は自分のやってしまった事を自覚する。

同時に、自分がされた事を理解し、色々な感情が混ざり合って、叫び声と涙に変わって発散された。


事態に気づき駆けつけてきたのは私の母だった。私の母は悲惨な光景を目の当たりにし、その場で嘔吐してしまうが、すぐに他の人を呼び出して処理を行った。


結局起こった事の全てが明らかになったが、それでも私が人を殺したことには変わりない。

だが当時の私は11歳。14歳未満の子どもが罪を犯しても罪に問われないため、特に何か不都合が生じることもなかった。


その後も私の両親や霧島家のおかげで何とか事態は丁寧に収まり、児童養護施設に行くこともなかった。

それでも、私は母親にひどく叱られた。その時の私はなぜ自分が怒られなくてはならないのか理解できなかった。


酷いことをされた、助けてくれたと思ったのに期待を裏切られた。二度と治らない傷を負わされた。それなのにそいつを殺してはいけないなんて、どうしてそんな事が許されないのだろう。


犯罪者はみんな死ぬべきだ。重罪を犯しているのにも関わらず平気な顔して人間社会に溶け込んでいるやつらはもはや人間とは呼べない、ただの醜い悪魔だ。

そういう奴らは全員死ぬべき、いや殺すべきだと当時小学6年生の私は思う。


そんな事を考えているうちに、私はいつの間にか裏ギルドへの登録を済ませていた。

どこで裏ギルドの存在を知ったのかなんてどうでもいい。当時の私はただ、自分のやりたいことを殺るだけ。


「死ぬまで殺してやる」


それから私はメイド活動と両立して、賞金稼ぎを行うことになった。

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