第2話 花と雪

「……あの……――ん」

「……」

「――きさ――……白井しらいゆきさんっ」

「わっ!?」


 ぼんやりとしていた意識の中で聞こえていた声音が不意に近づき、私は飛び起きた。五時間目の授業が眠くて仕方ないのは周知の事実だろうし、最早起こされることすらなかったのに。


「あ……あなたは、えっと」

「はい、その、美澄です。あの、雪さん寝ていたから、分かんなくなっちゃうかなって」

「……? 分かんなくなるって、何が?」

「え? その、……お、お勉強がっ」


 ――彼女は不思議な人だった。少しぱさついていて癖のある髪は乱雑に下ろされていて、前髪も目に刺さりそうなほど長い。視力は相当悪いのだろう、眼鏡の向こうの瞳はきゅっと縮んでいて――隙間から覗く瞳が目に入ってようやく、存外大きい事を知ったくらいだ。

 珍しい春の終わり頃に急に転校してきた彼女は極度のあがり症らしく、初日は自己紹介すらまともに出来ぬままずっと俯いていたと思う。

 そんな物静かな様子しか知らなかった私は、花子と名乗られても尚、彼女がくだんの転校生であることにしばらく気付けなかった。そういえば彼女の席は私の隣だった、だとか、ここ数日は連続で寝ちゃっていたな、だとか、そういうことを思い出してついに、彼女と転校生がイコールで結ばれたのだから。


「……変な人だね」

「……えっ?」

「初対面の私を心配してくれるなんて。ノート、取れてないけど……まぁ多分大丈夫だよ。もう塾でやってるところだったし」

「あ……そうだったんですね。それなら――」


 不安げな顔をしていた彼女は、その言葉に瞳をパチパチと瞬かせて――




「――よかった。お勉強についていけなくなったら、大変だもんね」




 ――ふわりと、花開くように笑った。


 その笑顔に目を奪われた瞬間から――私の運命は、決していたのだと思う。

 あの日から、今の今まで。




 私は、彼女のために生き続けている。

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