第25話 商品⑤ 遊園地のチケット・Ⅳ
しばらくすると、非常用の照明が点き、お化け屋敷の中が明るくなった。
別のスタッフも駆けつけ、連絡を受けた裕子たちの担任、同行していた学年主任も、息を切らして、お化け屋敷の中に現れた。
「みんな、大丈夫!?」
若い女性の担任が、三人に駆け寄った。
「先生が来てくれたよ。
もう大丈夫。
とりあえず、カートから降りようか」
スタッフが優しく誘導し、裕子たちはカートから降ろされると、死体から離れた壁際に移動させられた。
そして、大人たちは、マネキンの亡者たちの中に、ごろりと転がるアキ子の死体のそばに立った。
「どうして、こんな……」
死体を見下ろし、信じられないと言った顔で、学年主任の男性がつぶやいた。
「……警察に連絡は?」
「通報しています」
学年主任が問い、スタッフが答える。
「そちらの小学校の児童で、間違いないですか?」
今度はスタッフが質問し、担任が口を開いた。
「は、はい。
いや、でも、そんなはずは……。
でも、おかしいんです。
どうして、アキ子ちゃんが、ここにいるのか……。
違うんです。いるはずがないんです」
担任は混乱し、その答えは要領を得ない。
「……実は、事情があって、この女の子は、今日、欠席していたんです」
担任に替わって、学年主任がスタッフに説明する。
「欠席……?
遠足に来ていなかったって言うことですか?」
学年主任は、苦痛に歪んだアキ子の死に顔から視線をそらした。
「……ほかの子供たちには、動揺を与えないように知らせていなかったんですが、この女の子は、昨夜から行方不明になっていて、親御さんが捜索願を出していたんです」
「……」
説明を聞いたスタッフも困惑した顔になった。
担任が、裕子たちなら何かを知っているのかと思い、視線を向けた。
「……博美ちゃんが、アキ子ちゃんを見つけたの」
担任の視線を受け、小春がそう言った。
言った瞬間、ぽろぽろと涙をこぼす。
「アキ子ちゃん、かわいそう……」
博美も両手で顔をおおって泣き出した。
しかし、裕子の反応だけが違った。
首を振り、ヒステリックに叫んだのだ。
「違うわ! これは人形よ!
アキ子ちゃんの死体じゃないわ!」
「裕子ちゃん。気持ちは分かるけど……」
近寄った担任が、落ち着かせようと裕子を抱きしめる。
「違う違う違う違う」
裕子は担任の先生に抱きしめられたまま、うわ言のように何度も繰り返した。
目は見開き、息が荒くなっている。
「みんな、一度、外に出ようか」
このままでは良くないと判断した学年主任が、裕子たちに声を掛けた。
その瞬間、裕子が担任の手を振り払った。
「違うのよ!」
あまりの剣幕に、担任も学年主任も驚いた顔になる。
「アキ子がこんな場所にいるはずがないの!
アキ子は、学校裏の林の中にいるのよ!」
裕子の言葉に、全員が怪訝な顔になった。
「……どういうことなの?」
担任が声を掛ける。
「昨日の放課後、突き飛ばしてやったのよ!
いつも私に意地悪ばかりするから、林の中で突き飛ばしたの!
遠足でも仲間外れにしてやるって言うから、思い切り突き飛ばしてやったのよ!」
裕子の目は吊り上がっていた。
「そしたら、転んで頭を石にぶつけちゃって動かなくなったの!
アキ子は、今も林の中で転がったままよ!
だから、ここにいるはずがないの!
これはアキ子じゃない!」
「裕子ちゃん、あなた……」
蒼白になり、言葉を詰まらせた担任の肩を学年主任がつかんだ。
「……先生、死体が」
見ると、さっきまで転がっていたアキ子の死体が消えていた。
ほんの数秒、その場にいた全員が裕子に視線を移した間に、死体が消え失せていたのだ。
そこには他と同じ、マネキンの亡者が転がっているだけであった。
残ったマネキンは、一体としてカートに視線を向けてはいない。
まるで、マネキンの真似をしている何かのように、無機質な人形に戻っていた。
◆◇◆◇◆◇◆
「……それって、集団幻覚とかいうやつじゃないですか?」
話を聞き終えたぼくは、思いついた言葉を口にしてみた。
集団幻覚とは何かのきっかけで、その場にいる全員が、同じようにありもしないものを見てしまうことだと、何かの本で読んだことがあるのだ。
「集団幻覚か。
きみは本当に色んなことを知っているね」
ぼくの言葉に、おじさんが感心したような顔になる。
しかし、あまり嬉しくは無い。
自分で言いながらも、それが真相とは思えなかったのだ。
「だけどね、この話には、まだ続きがあるんだ。
裕子ちゃんの言った通り、林の中でアキ子ちゃんの死体が見つかったんだよ。
そしてね、警察が調べてみると、奇妙なことに、アキ子ちゃんのホホや指には、乾いて剥がれた、赤い塗料がついていたんだ」
「塗料?」
「お化け屋敷の中で、亡者のマネキンに塗られていた赤い塗料と同じ塗料だったそうだよ。
……これは一体、どういうことなんだろうね?」
ぼくは指先につまんだままの半券になった入園チケットを見た。
「どうかな、そのチケットは?」
おじさんの声が聞こえる。
ぼくが「気に入りました」とでも言うと思っているんだろうか?
「いりません」
正直に答え、チケットを棚に戻そうとした。
しかし、おじさんがどの棚から出したのかが、よく分からない。
「適当な場所に置いていいんだよ」
チケットをつまんだ指をさ迷わせていると、おじさんがそう言った。
ぼくは目の前の棚にチケットを乗せた。
「それより、きみの足元。
一番下の棚から、生首をとってくれないかな」
……生首!?
ぼくはおじさんの言葉を聞いて、思わず棚から一歩離れた。
足元を見ると、確かに一番下の棚から、髪の毛のようなものがはみ出している。
「おやおや、怖いのかい?」
しゃがみ込んだおじさんが、その棚に手を伸ばした。
「わわッ!」
ぼくは、さらに後ろに下がった。
おじさんは下の棚から、無造作に生首を引っぱり出したのだ。
つづく
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