第26話 商品⑥ 生首ボール・Ⅰ


 「ほら」


 「うわわッ!」

 下段の棚から引っぱり出した生首を鼻先に突きつけられて、ぼくは声をあげた。


 「はははは、本物じゃないよ」

 おじさんが楽しそうに笑って言う。


 ぼくはムカッとした。

 本物だろうが、偽物だろうが、そんな気持ちの悪いものを突きつけられれば、誰だって声をあげて逃げ出したくなる。


 おじさんが手にしている生首は、一目で分かる作り物だった。

 サッカーボール大のゴムボールに、パーティグッズ用の安っぽいカツラを接着剤で貼り付けて作ったような生首だった。

 塗料でボール全体を肌色に塗り、目や鼻、口までも描かれている。

 しかも、絵心の無い人間が描いたのか、微妙に目や鼻の位置がズレていて、それがまた、おどろおどろしい。


 ボールは薄汚れている上、空気が半分近く抜けて凹んでいる。

 そのせいか、描かれた顔が泣いているようにも、怒っているようにも見える。

 それがまた不気味であった。


 「どうかな。

 この禍々しさは、掘り出し物だと思わないかい」

 おじさんが自慢そうに言ったが、全然、まったく、露ほどにも思わなかった。

 掘り出さずに、どこかに埋めてほしいシロモノである。


 「手に取って、よく見てもいいよ」

 「そんな気持ちの悪いもの、触りたくないです!」

 おじさんが生首ボールを差し出してきたが、ぼくは、さらに後退り、受け取ることを断固拒否した。


 「そうか、そんなに触りたくないのか……」

 おじさんは笑顔を引っ込め、寂しそうな顔になった。

 ……え? ぼくが悪いの?

 おじさんの寂しそうな顔に、痛まなくていい良心がチクリと痛んだ。


 「ねえ、きみは、サッカーは好きかな?」

 片手で不気味な生首ボールを抱き、逆の手で、その凹んだ頭をなでながら、おじさんは遠慮がちに聞いてきた。


 「サッカー?

 サッカーは、スポーツの中で一番好きだよ」

 おじさんからの意外な質問に、ぼくはそう答える。

 サッカーの話になると、ついつい笑顔が浮かんでしまう。

 それぐらい大好きなのだ。


 「サッカー・クラブにも入っているんだ。

 ポジションはフォワード。レギュラーなんだよ。

 この前の地区大会じゃ、累計で4ゴールを決めて……」

 話している途中、おじさんが「パス」と言って、いきなり生首を投げてきた。


 「うわわわわ!」

 のけぞったぼくは右足を下げて体を開き、歪んだ顔で迫ってきた生首を間一髪のところでよけた。

 生首のボールは短い弧を描いて床に落ちた。

 空気が抜けているので跳ねもせず、ベシュッと湿ったような音を立てて潰れる。

 その音が、生首が発した不満そうな声にも聞こえた。


 「ええええ!

 こういうときは、胸でボールをトラップをして、鮮やかにリフティングをするんじゃないのかい?」

 生首ボールをさけたぼくを見て、おじさんは不満そうに言う。


 「これは、サッカーボールじゃないでしょ!」

 おじさんに言い返した。

 そもそも、こんな空気の抜けたボールでリフティングはできない。

 と言うか、空気が入っていてもしたくない。


 しゃがみ込んだおじさんは、「よしよし」とペットに声をかけるようにして、生首のボールを拾いあげた。


 「サッカー少年なら、不気味なリフティングをする少年の話は知っているよね」

 「不気味なリフティング?」

 もう返事をするのもやめようかと思ったけれど、サッカー少年やリフティングなどの単語を出されると、つい反応してしまう。

 「……それも『都市伝説』なんでしょ」

 「うん。これも『都市伝説』なんだ。

 『生首でサッカーをする少年』の話だよ」


 おじさんは生首のボールを手に乗せながら、六つ目の『都市伝説』を話しはじめた。

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